東方幻影人   作:藍薔薇

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第347話

少し重い体を起こし、ベッドからゆっくりと這い出る。耳を澄ませて周りの音を聞き、部屋の外とその周辺に誰かいないか確認する。…うん、近くにはいないね。

とりあえず衣装棚から端に掛けてある温かい服を手に取って素早く着替える。防寒着も着込み、両手を組んで大きく伸びをした。…暇だ。何やろうかなぁ…。簡単に出来るもののほうがいいんだけど。

 

「あ」

 

そこまで考えたところで、唐突にやりたいことが思い浮かぶ。しかし、後回しにしたほうがいいかもしれないな、とは思う。…いや、やろう。これは先延ばしにしたくない。

少し気分が乗っているわたしは部屋の隅に腰を下ろし、何の変哲もない球体を一つ創り出した。この球体と手に取り、一つ情報を入れてみた。跳ねろ、と。

 

「…駄目かぁ」

 

跳ねるどころか動く気配すらしない。人型でなくとも動くと思っていたのだけど、流石にただ情報を入れただけでは動くわけないか。そう思いながら過剰妖力を少し注ぎ込む。すると、球体は独りでにわたしの手から弾かれてポンポンと床の上を跳ねていった。本来なら徐々に跳ねる高度が下がっていくはずだが、一向に変わる気配はない。

この跳ねる球体を両手で挟み込み、床の上に静置する。案の定、勝手に跳ね始めた。しばらく放っておくとだんだん跳ねる高度が下がっていき、やがて動きを止めてしまった。球体を少し探ると、先程注ぎ込んだ過剰妖力がなくなっている。やはり、過剰妖力を消費して動いていたようだ。

 

「次は、っと」

 

球体から情報を引き抜いて回収し、わたしの元に戻れ、という情報と過剰妖力を入れてみてポイッと壁に向けて投げてみた。すると、床を跳ねていた球体がわたしに向かって跳ねる向きを切り替え、やがてコロコロと床の上を転がってわたしに軽くぶつかった。

球体を持って立ち上がり、窓から手を出して庭に落とす。頭の中で球体の位置を把握し、その動きを追っていると、地霊殿の外壁に向かって転がり続けていた。…どうやら、わたしと球体の間にある高さだとか壁だとかはお構いなしに直線かつ最短で向かおうとしているらしい。

思わず苦笑いを浮かべつつ、窓から跳び下りて球体を拾う。このままではこの球体は浮遊が出来ず、障害物を無視してしまう。そこで、複製(にんぎょう)を操って浮遊させる際に過剰妖力をどう扱っているか、何かにぶつかった場合はある程度方向転換してから帰還を再開させることの二つの情報を新たに入れ込む。

球体を遠くに投げると、その途中でゆっくりと速度を落として空中で止まり、フワフワと浮かびながらわたしの元へと戻ってくる。このまま手に取るのは癪なので、球体から逃げるように跳び上がって窓から部屋に戻り、球体が入って来る前に窓を閉めてみた。

 

「さぁて、どうなることやら」

 

少し期待しなががらフワフワと真っ直ぐわたしに向かって浮かんでくる球体の存在を頭に浮かべていると、その球体はやがて地霊殿の外壁にぶつかった。すると、一度距離を取ってから再びわたしに向かって真っ直ぐと浮かんでくる。それを何度も繰り返している中で窓に二回ほどぶつかった音がしたが、やがて過剰妖力がなくなって地面に落ちていった。…まぁ、流石に窓を破壊して戻るほどではないか。あと、ただ転がるよりも過剰妖力の減りが早かったな。

窓から跳び下りて球体を回収し、地霊殿の外壁に手を添える。その一部を複製し、過剰妖力を注ぎ込む。そして、殴られたらその方向に過剰妖力を炸裂させて反撃する、と入れようとして思い止まる。…たかがこの程度の情報で殴るとは何かを理解出来ているのだろうか?…無理そうな気がする。まぁ、物は試しか。やってみよう。

 

「そりゃ」

 

軽く拳を握り、複製した壁に向かって殴ってみた。…が、反応なし。一応蹴ってみたり、肩で体当たりしてみたり、頭突きをしてみたりしたが、どれも反応なし。衝撃が弱過ぎて反応するまでもないと判断されたかもしれない、という僅かな可能性に縋って今のわたしが出せる全力で殴り飛ばしてみると、ビシィと小気味いい音を立てながらわたしの拳を中心に壁全体に罅が走って砕けてしまった。残念ながら反応もなかった。

壁の欠片一つ一つに先程入れた情報が分散されて散り散りになってしまっているのを確認しながら全てを回収し、軽くため息を吐く。…まぁ、殴るじゃあ駄目ですよね。

仮に握り拳について情報を与えたとして、その情報からどれだけズレていたら握り拳から外れるのか、ということを考えてみて、自分でもよく分からなくなってきたので止めておく。

 

「難しいなぁ…」

 

何と言うか、単純なのだ。情報には従う。けれど、それだけ。それ以外には何も対処出来ない。殴るを理解するための握り拳を理解出来ていない。何も考えていない。…考えられない。

 

「自ら学習する情報。…つまり、意識、心、精神、なんかだよなぁ」

 

こいしとの弾幕遊戯で使った鏡符「百人組手」の複製達は、こいしに向けて妖力弾を撃つように指示した。多分、それは目の前にこいしがいたから出来たと思う。…いや、今ここで明確にこいしのことを思い浮かべながら同じような情報を入れれば出来るかもしれない。しかし、こいしを認識していない状態の複製は何もしないだろう。だって、こいしがいないのだから。ここで自ら探そう、という気の利いたことをしてはくれないのだ。そんな情報はないのだから。

もし、自ら考えて行動しろ、という情報を複製に入れたら、どうなるだろうか?…少しだけ考えてみて、サァッと血の気が引く。何もしないならまだいい。けれど、常識も条理も掟も禁忌も知らないのでは、何を考えてしまうのか分からない。そこからどのような行動を仕出かすか分からない。そもそも、考えろと言われても、その判断基準は?…分からない。下手すれば情報が破綻して自壊してしまうのではなかろうか。だったら、その判断基準を全て情報として組み込む?そうだとしても、それ以外が出た瞬間にお終いだ。全てを網羅するなんて不可能とほぼ同義だ。…そこまで考え、ひとまずこの件については先送りにして保留する。…もしかしたら、永久に保留のままかもしれないな。

 

「…切り替えよ」

 

少し重くなってしまった頭を軽く振るい、気持ちを切り替えるためにわざと声に出す。

もう一度壁を複製し、今度は具体的な衝撃の大きさを思い浮かべ、その衝撃よりも大きかった場合はその方向に過剰妖力を炸裂するように情報を入れてみた。…まぁ、壁に罅が入るくらいの威力で殴れば炸裂するようになっているはずだ。

情報の威力の十分の一以下を目標に殴ってみる。反応なし。五分の一を目標に殴ってみる。反応なし。三分の一を目標に殴る。反応なし。二分の一で殴る。反応なし。そこから徐々に威力を上げ続け、そろそろ炸裂するだろうと考え始めたところで壁から過剰妖力が炸裂した。そろそろだろうと備えていたので、すぐさま炸裂した妖力は回収することが出来、無傷で済んだ。…うん、大体上手くいったかな。過剰妖力全部使い果たしてるけど、それはどの程度使うか指示してなかったからなぁ。しょうがないか。

もう一度過剰妖力を注ぎ込み、全力で殴り付けた。全体に罅が走る寸前に過剰妖力は炸裂し、そのまま砕け散った。…うん、砕けて情報が散り散りになっちゃうのが先じゃなくてよかったよ。情報が散り散りになっちゃって過剰妖力を炸裂することが出来ませんでした、じゃあ使い物にならないからね。

…まぁ、今回はこのくらいでいいかな。時間を掛け過ぎたら悪いし。今度やるときは、もっと使い勝手のよさそうなことを目指してみよう。そう考えると、自己修復する武器、踏むと消える床、正しい鍵以外受け付けない南京錠、その他諸々とすぐに色々と面白そうなことが思い浮かぶ。けれど、これらはまた今後の話。

 

「…さぁて、戻ろ戻ろ」

 

今は飛び散った壁の欠片を回収して、大きく伸びをしてから急いで開けっ放しの窓に向かって飛ぶことのほうを優先しよう。

実は、当分休んでいろ、とさとりさんのペットを通してさとりさんに言われてから二日と経っていない。バレたらまた怒られそうだ。わたしとしてはもう動けるから平気だと思っているのだけど、さとりさんにとってはそうではないことくらいは想像が付く。けれど、思い付いたこれをやってみたいという欲求のほうが勝っただけなのだ。…まぁ、さっきの全力の拳も大した威力が出なかったし、言われた通りちゃんと休むとしましょうかねぇ。

その後、窓からわたしがやっていたことの一部を覗き見していたらしいさとりさんのペット数人がさとりさんに報告し、案の定さとりさんに無理をするなと厳命されてしまった。…無理はしてないつもりなんだけどなぁ。ちぇ。

 


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