東方幻影人   作:藍薔薇

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第348話

右手に細長い棒を持ち、左手の親指と人差し指で挟んだところから創り続けられていく一本の純白に染色した繊維をクルクルと巻き取っていく。ある程度の長さまで巻き付けたところで一旦手を止め、机に山積みにされた金剛石をいくつか手に取り回収したら再び繊維を創って巻き取っていく。わたしはこの淡々とした作業を黙々と続けていた。

もちろん、この繊維はただの繊維ではない。繊維の集合体の集合体の繰り返しである、フェムトファイバー手前の繊維。これだけ細くてもしっかり密度百パーセント。圧倒的不変性は健在だ。…ただし、しっかりと研がれた切れ味のいい鋏で頑張れば切れる。

この繊維を使って薄い生地の服でも作れば、多少の耐斬性耐突性くらいは得られると思いたい。あと、繊維自体がそれなりの妖力を使って創られているから、緊急時にはこれを回収してもいい。

…ただ、わたしは裁縫が苦手だ。いくら繊維があったところで、服を縫うなんて出来るとは思えない。さて、どうしたものか…。

 

「…ま、とりあえずこれだけあれば一つくらい出来るでしょ」

 

出来上がった糸巻き棒を机に置き、どうせだから別の色でも創ろうかと思っていると、扉の向こう側からガチャッと金属がぶつかる音が響き、続いてガチャガチャと何度も弄る音が聞こえてくる。そのまましばらく待っていると、諦めたのかドンドンと扉を叩いてきた。…ふむ、最近勝手に創った鍵付き扉だけど、案外上手く出来ていたらしい。

カチャリと鍵を開けて扉を開くと、そこにはさとりさんのペットがいた。そして、何やらかなり焦った様子で簡潔に用件を伝えてくれた。どうやら、さとりさんがわたしを呼んでいるらしい。

 

「分かりました。それじゃ、行ってきますね。…あ、そうだ。これで薄めの服って作れますかね?採寸必要なら呼んでくれれば早めに行きますから」

 

快く了承してくれたので先程創った糸巻き棒を手渡すと、深くお辞儀をしたさとりさんのペットは、すぐに向かうようにと言いながら立ち去っていた。…それにしても、扉を破壊しようなんて考えなくてよかった。そんなことしたら過剰妖力を炸裂させて反撃するようになっていたのだから。

それにしても、すぐに、かぁ…。何やら慌てていたし、何かあったのだろうか。そんなことを考えながら、とある暗号めいた情報を入れ込んだ鍵を創り出して施錠する。これと同じ鍵を持っているのは、今のところ誰もいない。さとりさんとこいしには渡してもいいかなぁ、とは考えていたけれど、この鍵付き扉を創ってからは会っていないので渡す機会がなかったのだ。せっかくだし、この鍵をそのまま渡そうかな。

片手で軽く投げ上げた鍵を掴むを繰り返しながら気持ち大股でさとりさんの部屋へ向かい、扉を軽く叩く。

 

「呼ばれてきました」

「どうぞ」

 

中から聞こえてきたさとりさんの声色は普段よりも僅かに硬い。…どうやら、本当に何かあったらしい。少しだけ気を引き締めてから扉を開けた。

 

「温かくなってきましたね。もう春ですか?」

「ええ。ですが、今はそれどころではありません」

 

軽い挨拶と共に鍵を手渡そうとしたが、どうやらそんなことを出来るような雰囲気ではなさそうだ。そう考え、少々もったいないと思いながら鍵を回収する。

 

「はぁ、何があったんですか?」

「先程、地上からの侵入者の影が確認されたと伝達がありました」

 

そのさとりさんの言葉を理解し、思わず顔をしかめてしまう。…ふぅーん、そっかぁ。地上から、ねぇ…。へぇー、そっかそっか。…さて、どうしてくれようか。

 

「数は五。詳細、目的は不明です」

「…で、さとりさんはわたしに何を言いたいんですか?」

「逆に問いましょう。貴女はどうしたいですか?」

 

そう言われ、真っ先に思い浮かぶのは人里の人間共。ドロリと腐り落ちた真っ黒な悪意。全てを捧げた呪術。正義を謳った青い言葉。最後に見せつけたドス黒い執念。

 

「…何もしませんよ。ですが、場合によってはわたし自身がこの手で完膚なきまでに殺し尽くします」

「貴女の意思はよく分かりました。では、有事の際には貴女に侵入者の無力化を頼みます。生死は問いません。ですから、ひとまずここで待機していてください。…そうですね、やることがないようでしたら、その採寸でもしてもらって待つといいでしょう」

「分かりました。さとりさんの言う通り、採寸でもしてもらって待っていますね」

 

僅かに纏っていた殺意を内に留め、ゆっくりと近くの椅子に腰を下ろした。長く息を吐き、いつの間には張り詰めていた緊張を少しだけ緩める。

…地上からの侵入者、か。それも五人。命知らずだ、と少しだけ思うけれど、それ以前によくもまぁあんな見つけ辛い気にも留めることもなさそうな地上と地底を繋ぐ穴を見つけられたな、と思った。飛翔能力がなければ真っ逆さまに落ちて即死は免れないだろうから、飛べる者かとんでもなく長い紐を持っているかだろう。そこまで考えたところで、侵入者について考えることを止める。どんな存在かなんて、相手にすれば大体分かる。今の段階で可能性を洗ったところで大して意味はない。

両手を開いたり閉じたりしていると、いつの間にかさとりさんが呼んだらしいペット達が扉を開けて入ってきた。その手にはわたしが手渡した糸巻き棒と巻き尺、裁縫道具などを持っている。

 

「…私が考えている有事は、旧都から救援要請が通達された場合か、長期に渡り侵入者の排除の通達がない場合か、地霊殿に侵入された場合です。…何事もなければいいのですが」

「侵入されている時点で何事もない、はないでしょう。…まぁ、勇儀さん含めた旧都の妖怪達を易々と突破出来るとは思ってはいませんが」

 

椅子から立ち上がって両腕を開いたままさとりさんの言葉に対して返す。巻き尺を持ったさとりさんのペットがわたしの体の長さを図ってくれているが、服を着たままで大丈夫だろうか?…まぁ、そのくらいは調節してくれると信じましょうか。

 

「…それもそうですね。…ですが、こうして短期間で二度目の侵入が起きてしまいました。何百年に一度なら何とか許容出来ますが、これでは地上と地底の不可侵条約は穴ぼこだらけですよ」

「…それは申し訳ないと思っています…」

「貴女を責めるつもりはそこまでありませんよ。…ただ、それよりも貴女は――いえ、これ以上は私が言うことではありませんね」

 

少し気になることを言われたが、さとりさんがそう言ったのにわざわざ聞き返すのは野暮だと思い、訊くのを止める。

そんなことを話しているうちにわたしの採寸が終わったらしく、裁縫道具を準備してわたしが手渡した繊維を使ってチマチマと縫い始めた。その途中で糸を裁ち挟で切ろうとして難航しているのを少しだけ申し訳なく思いながら、わたしは黙っていつか来るであろう何らかの通達を待ち続けた。

いつでも出撃出来るように呼吸を整えていると、突然バタンと勢いよく扉が開かれた。すぐに扉へ顔を向けると、肩で大きく息をしているお燐さんが早足でさとりさんの元へ向かっていく。

 

「さ、さとり様…。あの」

「…そう、よく分かったわ。急いでくれてありがとう、お燐」

「どうなんですか?」

 

わたしがさとりさんに詳細を問うと、軽く頭を押さえながらゆっくりと口を開いた。…え、何か嫌なことでもあったの?

 

「幻香さん。…出来ることなら、今すぐ旧都へ向かってください」

「分かりました。では、無力化でしたね?…行ってきます」

「違います」

「え?」

 

思わず足を止めてポカンを口を開いてしまった。そして、その先に続いた言葉でさらなる驚愕がわたしの頭の中を支配した。

 

「どうやら萃香とその友人が貴女を探してやって来たそうです」

 


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