東方幻影人   作:藍薔薇

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第349話

見上げれば雲一つなく、見渡す限り鮮やかな青色が広がっている。天上に昇る太陽は柔らかな光で地上を照らしている。爽やかな陽気に包まれており、頬を撫でる風はとても気持ちがいい。

 

「はあぁー…」

 

だというのに、私は思わず深いため息を吐いてしまった。これでは絶好の春日和も台無しだ。だが、理由は既に分かっている。

 

「凍符『パーフェクトフリーズ』ッ!」

「へっ!そんなのもう喰らわないよーだっ!」

「ムッカーッ!ぜーったい当ててやる!」

「…なぁんで私がこんな子守の真似事をせにゃならんかねぇ…」

 

霧の湖で今日も遊んでいるチルノとリグル、その審判をしている大妖精、周りで観戦をしているたくさんの妖精達を岸辺に胡坐をかいて眺めながら瓢箪を煽る。そして、こうなってしまった過程を思い返した。

日が昇ると妹紅は筍を求めて迷いの竹林を歩き回ると言って竹籠を背負って出て行った。ある程度採れたら慧音とフランのところに持っていく、とも言っていたので、どうせだからフランに会いに行くのもいいな、と考えた。

迷い家にあるフランの家に行ってみると、今日は妖精達と遊ぶのだと楽しそうに笑っていた。特にやることがあるわけでもなく、フランに付き合うのもいいな、と考えてやって来た妖精達と共に妖怪の山を下りた。

その途中、フランの足元にカサリと折り鶴が落ちた。フランはそれに気付いたらすぐに拾い丁寧に広げ、嬉しそうに顔を輝かせてから申し訳なさそうに妖精達に謝った。これからパチュリーに会いに行くことになった、と。そして、こう付け加えやがった。萃香が代わりに一緒に遊んでくれるから、と。

 

「うわーぉ、武骨ぅー」

「おいこらやたら角を撫でるな」

「お酒美味しそう!ちょうだい!」

「やらん。あんたが呑んだら潰れるぞ」

 

その結果がこれだ。フランと遊ぶ予定だった妖精達は、フランの言った通り代わりに私で遊んでいる。下手に動いたら面倒なことになりかねないから、私はこの場を碌に動けずにいた。

 

「くあーっ!負けたーっ!」

「よっしゃ勝ったー!」

「惜しかったね、チルノちゃん。お疲れ様、リグルちゃん」

 

瓢箪を煽っていたら、いつの間にか現代の決闘が終わっていた。観戦をしていた周りの妖精達はリグルに称賛の言葉を送ったり、チルノのことを煽ったりして楽しんでいる。その挑発にいちいち反応してチルノが跳びかかっていくのを楽しそうに見ていた大妖精は、私の視線に気付いてこちらに飛んできた。

 

「萃香さん。今日はいい天気ですね」

「ん、そうだな。今日は天気がいい」

「えっと、その…、ありがとうございます。わざわざ付き合ってくれて」

「気にすんな。どうせやることなんざ特になかったんだ。それに、騒がしいところは嫌いじゃない」

 

そう言いながら、チルノを中心とした妖精達の小突き合いを指差す。ギャーギャー言いながら頬を引っ張ったり髪の毛を掴んだり足にぶら下がったりと相変わらず騒がしい。

それを見て慌てた様子の大妖精は急いで妖精達を止めるために飛んでいこうとしたが、それはすんでのところで止まることとなった。

 

「あれぇ、ここに来てると思ったんだけどなぁ?」

「あん?」

「えっと、…どなたですか?」

 

何の脈絡もなく現れた一人の天狗によって。…誰だっけこいつ。見たことあるような、ないような…。駄目だ、思い出せん。

そのボーっとしているようにも見えるその目には、どうやら私が映っていないように見える。ここらにいる妖精達しか目に入っていない感じだ。そんな天狗は大妖精の前に立ち、つまり私の目の前に立って唐突に質問を投げかけた。

 

「私は姫海棠はたて。突然で悪いんだけど、ちょっと人を探してるの。黄色い髪の毛を横に縛ってて、大きな和傘を持ってて、宝石みたいな翼のある子なんだけど。何処にいるか知らない?」

「えっと、フランさんの事ですか?申し訳ありませんが、何処にいるかは…」

「その子、フランって言うの?…ふぅん、それなら真っ白な髪の毛をいくつか縛ってて、真っ赤なモンペを着てる人なら分かる?」

「あの、妹紅さんについては萃香さんのほうがよく知っていると思います」

「…萃香?」

「こっちだ、こっち」

 

そう言ってやると、振り返ったはたては私の捻じれた二本角を見てギョッと目を見開いた。うわ、本当に今気付いたのかよ。

 

「妹紅は迷いの竹り――」

「見つけたーっ!二本角の鬼と瓢箪!もうこの際貴女でもいいわ!ねえ!お願いがあるのっ!」

「うぉっ!?急になんだよ!」

 

私の言葉をぶった切って周りにいた妖精なんて意にも介せず両肩を掴んできたはたての眼は、一つの物事しか見ていなかった。他の事なんて何も眼中になく、私のこともその先にある目的のための通過点としか思っていない眼。

 

「ねえ!私を鏡宮幻香のいるところに連れて行って!」

「…はぁ?」

 

…何言ってんだこいつは。

 

「…博麗神社にでも行って来い。もしかしたら封印されてるとこを見せてもらえるかもしれんぞ」

「封印?…あー、そう言えばそんな記事もあったわね。ふふっ、あんな妄想新聞信じてるのねぇー…。鬼って実は意外と節穴?うふっ、うふふふふふふ…」

 

聞き捨てならない言葉を言われたが、そんな傲慢不敵な態度を見て僅かに思い留まった。何故なら、目の前にいるこいつはつまりこう言っているのだ。

幻香は封印されていない、と。

 

「…どういうことだおい」

「私を連れて行ってくれる?」

「待てよ」

「私を連れて行ってくれる?」

「人の話を聞け」

「私を連れて行ってくれる?」

「あのな」

「私を連れて行ってくれる?」

「だーっ!連れてくから人の話を聞けッ!」

「そう?ありがとっ!」

 

…何なんだこいつ…。やっぱりこいつも天狗だな、と場違いなことを思う。傲慢で不敵で不遜。ただ、鬼である私にまでそんな態度を取れる奴も珍しい。正直、もういないと思ってたんだが…。

気持ち的に若干引いていると、腰に付けていた四角い皮の小袋から写真の束を引っ張り出した。それをパラパラとめくっている最中、手を滑らせたのか数枚の写真が零れ落ちた。そして、その写真を見て思わず頬が引きつってしまう。

出来の悪い掘っ立て小屋の前で伸びをしている。慧音と料理をしている。箒の先端を背中から受けた瞬間。妖夢を踏んづけながら数枚の花びらを零している。餓鬼が両手で握り込んだ包丁に刺されている。妹紅と組み手をしている。私の拳同士がぶつけ合う後ろで嗤っている。真夜中にフランに引っ張られて林の中を駆け抜けている。永遠亭のベッドで眠っている。それらの写真には共通して写っている人物が一人だけいた。何処までも白く、ただ一つ瞳だけが薄い紫色をしている少女。こんな真っ白い存在を私は知らない。だが、それが誰なのかは見れば嫌でも理解出来た。

 

「…あ、落としてたんだ。なくしたら大惨事だよ、もうっ」

 

目的の写真を見つけたところでようやく自分が写真を零していたことに気付いたはたては、苦笑いを浮かべながらそれらを拾って綺麗に汚れを払ってから写真の束に混ぜ、皮の小袋に仕舞った。

そして、仕舞わなかった何枚かの写真を私に見せてきた。底の見えない穴を見下ろしていた。今となっては懐かしい場所を歩いていた。懐かしい友人と殴り合っていた。面倒臭いやつと話していた。それ以降は様々な妖怪と喧嘩していたり、弾幕を撃ち合っている写真ばかりであった。

 

「幻香はここにいるの。入り口はこの写真。場所は分かってるのよ。けど、私一人だと会う前に死んじゃうかもしれないもん」

「…よく分かった。だが、その前に一つ訊かせろ」

「何?何でも訊いていいよ」

「目的は何だ?…場合によっちゃあ、私はここであんたを消すかもしれないな」

 

そう言いながら僅かに殺気を込めて睨みを利かせ、目の前にあるはたての眉間にコツコツと指先を当てる。だが、はたては平然とした表情で笑いながら答えやがった。

 

「会うだけだよ?」

「…はぁ?」

「もしかしてさぁ、新聞にでもすると思った?するわけないじゃん。彼女を広げるなんて。ふふっ。私はただ彼女を独占したいだけ。あんなに不思議で奇妙で魅力的な鏡の少女を見て知って写したいのよ。分かる?初めて見たときから惹かれてた。声を聞いたらときめいた。動く姿は光り輝いてた!すぐに独り占めしようと思ったけど、そんなこと出来るはずなかった!私色に染めたらあっという間にくすんじゃうわ。彼女は純白だからこそよ!だから思うがままに生きていく様を、私は陰からずっと見てたんだよ?…けどさぁ、もういいよね?会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくてしょうがないんだもの!」

 

引いた。本気で引いた。捲し立てるように言ってのけたその言葉は、それだけの破壊力があった。それを言っているはたての表情が上気して融け切っているがその破壊力をこれでもかと押し上げている。

それを後ろで聞かされていた大妖精も、驚愕の表情でポカンと口を開けたまま固まっていた。その奥で小突き合いが激化していることも全く気にならないほどに、このはたての落とした超巨大爆弾に意識が完全に向けられていた。

 

「…どういうこと?ねえ、お姉さんのこと、だよね?」

「…フラン、さん…?」

 

だから、私は横から和傘を差して歩いてきたフランに気付けなかった。

 

「…なんか、凄いことになってんな。…私も混ぜてくれないか?」

「妹紅…」

 

だから、私は横から竹籠を背負って歩いてきた妹紅に気付けなかった。

…これは、かなりの大事に発展する。そんな予感めいたものを、私は感じていた。

 


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