東方幻影人   作:藍薔薇

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第351話

私が先頭になって地上と地底を繋ぐ穴を下り続けていくが、まだ底に辿り着く気配がしない。というか、全く底が見えない。地上と地底を繋ぐ穴が相当長いことは何となく覚えているのだが、それはどのくらいの距離だっただろうか?…駄目だ、思い出せん。

 

「しっかし暗いな…。それに、未だに底が見えん」

「そう?…まぁ、確かに底はまだ見えないけど」

「その、私達はそこまで夜目が利くわけではないので…」

 

妹紅は指先から蝋燭のような炎を点し、大妖精は手のひらの上に淡い光を浮かべながら下りている。大した明かりではないとしても、この真っ暗闇の中では確かな光源だ。

それからも何事もなく暇だ暇だと思いながら下り続けていると、時折はたてからうふっ、とかふふっ、みたいな笑い声が漏れ出ているのが聞こえてきた。暇であることも相まって、その笑い声の理由が嫌でも気になってくる。しかし、そのことを私が訊くのは何だか癪なので黙っていた。

 

「…ねぇ、何笑ってるの?」

「うふ――え?私、笑ってた?」

「うん、凄く」

「えっ、もしかして笑い漏れてたぁ?うっわ、恥ずかしーっ」

 

そんな私の思考をフランが代弁してくれたが、当のはたては頬に手を当てながら、しかし二つ折りの機械から目を離すことなく照れていた。…こいつ、さっきの笑いは無自覚だったのかよ。

その後も照れっぱなしでなかなか答えを言ってくれないはたてに呆れつつ、フランは再び同じ問いを投げかけた。

 

「で、何で笑ってたの?」

「気になる?貴女も見たい?見たいわよねっ!…実はぁ、幻香のことを見てたのっ!さっきまでクルクル糸を巻いてたのよ!けど、今は廊下を歩いてるわね。…あ、扉を叩いたわ」

「ちょっと待て。何か私のときと比べてやけに詳細だな」

「関係ないじゃないそんなこと。…あぁ、この見ただけで殺せそうなほど鋭い目付き!たまらないわぁ…」

 

妹紅の引っ掛かりを即行で関係ないと断じて切り捨て、二つ折りの機械の向こう側に写っているらしい幻香に完全に夢中になってしまった。私も少しだけ気にはなったが、たとえ訊いたところで同じ答えだろうと諦めた。それに、こいつはもう私達が何か言ったとしてもまともに聞いちゃいないだろう。

 

「…駄目だこいつ。もう放っとくぞ」

「お、おう…。それにしても、念写はどっちかと言うと呪術の側面が強いんだがな…。大丈夫なのか、あの天狗は?」

「あんだけ撮ってて代償を捧げてるように見えるか?そういう能力なんだろうよ」

 

…まぁ、こいつは仮に呪術で念写をしていたとしても躊躇いなく全てを代償に捧げてもおかしくなさそうだがな…。こいつからはそんな危うさをひしひしと感じる。

それからもはたてから漏れ出る笑いを聞かされ続けながら下り続けていると、急にフランが何かに反応した。

 

「あ、何か見える…」

「何が見えた?」

 

ピタリと動きを止めたフランに合わせ、私達も動きを止める。…それでも変わらず下り続けていくはたては首根っこを掴んで止めた。そこまでしても私が掴んで止めていることも服で首が軽く締まっていくのも気にすることなく二つ折りの機械を見続けているのを見ていると、呆れを通り越して尊敬出来るような気がしてきた。…いや、これっぽっちもしたくねぇな。

 

「んん…。えっと、糸?…いや、蜘蛛の巣かなぁ?とにかく細い糸が張り巡らされてる」

「へぇ、避けるのも面倒だし焼き払うか?」

「…ま、多分ヤマメあたりだろ。確かに避けて進むのは面倒だ。突き破るか」

「りょうかーい」

 

私は壁に手を当て、その周辺の壁を萃めて圧縮させる。ドロリと融解して橙色に発光するそれを手に取り、酒気の混じった吐息を吹きかけて発火させ下へと落ちていく。

妹紅はその背に不死鳥を模した炎の翼を噴き出し、全身に炎を纏いつつ片脚を伸ばして高速縦回転を繰り返しながら急降下していく。

フランは近くにあった壁を蹴り砕きながら下へ急加速し、その手に持ったレーヴァテインを振り上げて蜘蛛の巣へと迫っていく。

 

「そらァッ!」

「オラァッ!」

「えーいッ!」

 

追い風を受けながら蜘蛛の巣が視認出来る距離まで進み、発火しているそれを握り締めて右手に炎を纏わせて突き出し、全身から噴き出した炎で蹴り抜き、巨大な炎を纏った剣を振り下ろして、邪魔な蜘蛛の巣を一気に突き破っていく。

蜘蛛の巣があった地帯を抜け、握り込んでいたものを疎にして捨てながら見上げる。私達が突き破った蜘蛛の巣には炎が燃え移り、捕縛するための機能を完全に失っているのは明白だ。

 

「それじゃ、迎えに行ってくるね」

「おう、頼んだぞ」

 

フランはそう言って大妖精達のところに急上昇していった。私達はそれを見送り、帰ってくるのを暫し待つことにする。

フランが暗闇に紛れて見えなくなったくらいに、その身から噴き出していた炎を払った妹紅が軽い質問を投げかけてきた。

 

「なぁ、萃香」

「あん?」

「さっき言ってたヤマメ、ってのは何処のどいつだ?」

「あー、黒谷ヤマメ。地底に住む土蜘蛛だよ。たまにここで侵入者が来てないか見張ってる奴」

「ふぅん、そっか。…今日はいないみたいだな。それらしい気配がない」

「…あいつが私を見たらなんて言うだろうなぁ」

「さぁな」

 

どちらにせよ、帰ってきたことを歓迎されるのは確かだろう。その歓迎がどちらの意味かは知らんが。そんなことを考えながら瓢箪を煽いだ。それを見ていた妹紅に一口くれないか、と言われたので瓢箪を投げ渡して回し呑みしていると、ようやくフランが大妖精達を連れて下りてきた。

 

「ただいま」

「ありがとうございます、萃香さん、妹紅さん、フランさん」

「どういたしまして。大ちゃんもありがとね」

「いえ、私は大したことはしていませんから。気にしないでください」

「いいの。私が言いたかっただけなんだから受け取って。…で、萃香。この穴ってさぁ、あとどのくらい下りるの?」

「悪いが覚えてねぇ。下りてりゃ着く」

 

そう答えると、フランはあからさまに不満げな表情を浮かべてしまった。…まぁ、分からなくはない。ここまで単調な穴を下り続けるのは暇で暇でしょうがなくなるだろう。私もさっきの蜘蛛の巣の障害があるまでそう思っていた。

そこでフランは何を思ったのか、相変わらず二つ折りの機械に夢中なはたてに声を掛け始めた。

 

「むぅ…。ねぇ、その念写で後どれくらいの長さかとか分からないの?」

「あら、何だか少し張り詰めてる感じ?――え、何か言った?」

「地底までの距離は分からないの?念写で」

「無理。私の念写は撮れる場所からしか撮れないもの。穴の全貌を見るために壁に埋まったら何も写らないわ。それに、そんな興味ないもの写す気もない」

 

にべもなく否定されて頬を軽く膨らませたが、軽くため息を吐いて肩を落とした。どうやら、それ以上の追求は諦めたらしい。

 

「ちぇっ。…行こっ、萃香、妹紅、大ちゃん」

「はいはい。…おい、いい加減その機械から目を離せ。自分の身くらい自分の目で見て守れ」

「フラン、そんなに慌てるな。焦る気持ちは分からなくもないが、一旦落ち着け」

「皆さんで一緒に行動しましょう?離れ離れになるのが一番危険です」

「…ん。なんかしばらく変わりそうもないし」

 

それからも長いこと穴を下り続け、ようやく底に足を付けた。向こう側からは今はもう懐かしい旧都の光が見えてくる。私は遂に帰ってきたのだ。一度は完全に切り捨てた地底に。少しばかり懐かしさを覚えたが、それをすぐに奥底に仕舞い込んで気を引き締める。感傷に浸るのは後だ。

…さて、ここからが正念場だな。一体、どうなることやら…。

 


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