東方幻影人   作:藍薔薇

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第356話

相手となる鬼を前に、妹紅は全身から無駄な力を取り除いた自然体を取った。

 

「おらあぁっ!」

 

大振りの右拳を左手で受け止め、続く左拳を右手で受け止めた。まさか両方とも受け止められるとは思っていなかったのか、僅かに目を見開いている隙に妹紅は顎を蹴り上げる。

 

「フ…ッ!」

 

その瞬間に両拳から両手を放して鬼の両肩に掌底を突き出すと、全身の肌が僅かに波打つのが見えた。…うわ、あれ喰らったときあんな風になってたのか…。道理で全身隈なく痛ぇわけだ。

相手の鬼が動けずに固まっている間に右腕を引き絞り腰を捻じり、捻りを加えた拳を鳩尾に捻じり込む。

 

「ごヴ…ッ!?」

「予想以上に期待外れだよ、お前は」

 

唾液と血と胃の中身が一緒になったものを吐き出した鬼に、容赦ない言葉を浴びせながら心臓部に肘打ちを突き刺した。バキボキと肋骨が砕ける嫌な音がここまで聞こえてくる。

その圧倒的衝撃に怯んでいる時には既に鬼の頭上で前方回転をしており、三回転分の加速と全体重を踵に上乗せした踵落としを叩き込んだ。その威力で歯がまとめて折れ、地面にばら撒かれる。…うへ、痛そうだなぁ…。

 

「…ふぅ。最後はどいつだ?」

 

一息吐いて白目をむいた邪魔な鬼を蹴飛ばして転がしながら、冷たい声色で最後の相手を求める。こっちからは見えないが、きっとその顔は完全な無表情なんだろう。

 

「うわぁ…。強いとは思ってたけど、あんなにだったんだ…」

「んー、いつもはもう少し余裕あるんだがなぁ…。いや、違うか」

 

あれは、神経を尖らせているんだ。極限まで。最後の相手のために、さっきの奴はその調整に使われたわけか。災難だなぁ…。けど、次に戦うやつは組手じゃあ見せない妹紅と戦えるわけか。そこはちょいと羨ましいな。

最後の相手であろう一際大きい体躯の鬼が前に出る。あれが最後の相手か…。かなり強いな。…だが、妹紅なら問題ないか。こりゃあ、私が出る幕はないか…。それはそれでちょいと寂しいな。

 

「ちょいと待ちな」

 

が、その頭を後ろから掴む声がした。それが誰かなんて、言われなくても分かる。

 

「悪いけど予定変更だ。私が出る」

「姐御…!?」

「あれだけの強者だ。見てるとどうしても力比べしたくなる!」

 

星熊勇儀。怪力乱神。剛力無双。山の四天王の一角が立ち上がり、星熊盃を手に妹紅の前に躍り出た。

 

「なぁ、名を聞かせてくれよ。私の前に立つ強者の名を」

「藤原妹紅。人間だ」

「ふっははは!そうかそうか、あんたが!こりゃ嬉しい誤算だねぇ!」

 

勇儀は高らかに笑い、右手を固く握り締めて前に出す。それに対し、妹紅は最初と変わらない自然体を取る。

 

「なぁ」

「あん?」

「熱燗は好きか?」

 

そう妹紅が問うた瞬間、遊戯の持つ星熊盃から炎が爆ぜた。中身は当然酒だ。よく燃えるだろう。…あぁー、あんなに酒が飛び散って…。もったいねぇなぁ…。

 

「…何しやがる」

「そりゃこっちの台詞だよ」

 

勇儀も酒をあんな風に扱われ、あまりいい気分ではないらしい。眉間に皺を寄せて妹紅を睨んだが、妹紅はそれと同等以上の怒りを抱いていた。

 

「手加減は許容出来ても手抜きは許容出来ねぇなぁ…。それともあれか?片腕なんぞ使わんでも十分だ、とでも言いたいのか?」

「ははっ。…そりゃあ悪いことしたね」

 

星熊盃に僅かに残った酒を呑み干すと、すぐに後ろに放り投げる。放り投げられたそれを鬼達が慌てて受け止めているが、勇儀自身はそんなもの見向きもせず、ただ目の前の強者にのみ意識を向けていた。

 

「その意気やよし。気に入った!駄目になるまで付いて来な!」

 

そう言い放った勇儀は僅か一歩で妹紅に肉薄し、左拳を突き出した。大きく横に跳んで躱したが、その拳から拳圧による衝撃波が爆ぜる。

 

「うおっ!?」

 

空中にいた妹紅の態勢が僅かに崩れるがすぐさま取り戻し、両脚片手を地に付けて地面を削りながら滑り、ようやく静止する。

 

「…危ねぇな、おい」

 

こちらに飛んできた衝撃波は目の前にある空気の密度を操って衝撃波を逸らせ、大妖精とはたてに被害が出来るだけ来ないようにする。そうしてもなお突き抜けて来る衝撃に対しては、私自身が壁となった。

全身から炎を噴き出してそのまま纏い、勇儀に突撃していく。勇儀の軽い右拳を僅かに屈んで躱し、屈んだ膝を一気に伸ばして掌底を顎に向けて打ち上げる。首を上げて躱されるが、その手の炎が一瞬で膨らみ、勇儀の全身を包む。

 

「はーははっ!いいねぇ!熱いねぇ!」

「ちっ、まるで効いてねぇなぁオイッ!」

 

片腕を真横に乱暴に薙ぎ払い、爆風と共に全身の炎を吹き飛ばしながら笑う。一瞬身体に纏っていた炎まで掻き消されたが、新たに炎を纏い直した。

勇儀が右脚を振り下ろすと、ここら一帯が大きく揺れた。その気になればその一歩で地割れを起こす勇儀の一歩だ。地震を起こすくらいは容易くやってのける。目の前の妹紅がその振動を一番に受け、その体勢が大きく崩れる。そして、それは死合では致命的な隙となってしまう。

 

「まず…ッ!」

「おらぁっ!」

「ぐッ!」

 

頭上に振り下ろされた右拳を、咄嗟に両腕を交差して防御する。妹紅は飽くまで人間だ。そんなことをすれば両腕が耐えられるはずもなく、喰らった箇所の骨が呆気なく砕けた音が響く。だが、そんなものは関係ないとばかりに両腕を解きながら横に跳び、噴き出した炎と共に右手を勇儀の横っ面に突き出した。

だが、その拳は片手で簡単に阻まれてしまった。しかし、その奥にある勇儀の顔は怪訝なものだった。…まぁ、そりゃそうだよな。

 

「…っかしいな。その腕、確実に圧し折ったと思ったんだが…」

「知ったところで意味ねぇよ」

 

片手で防御されはしたが、気にすることなく両腕両脚で乱打を叩き込んでいく。時折飛んでくる反撃を膝で受け骨が剥き出るが、次の瞬間には炎と共に治ってしまう。受けた右手が潰れるが、炎と共に治ってしまう。受けた足が砕けるが、炎と共に治ってしまう。

 

「…妹紅、こんな戦い方するんだ」

「いや、普段はしねぇよ。人間だからな」

「じゃあ、今はどうしてしてるの?」

「人間だからさ」

 

勇儀の攻撃がだんだん激しさを増していく。一発一発の重みが見るだけで上がっているのが分かる。受けた妹紅の腕が肉片と血をばら撒いて爆ぜた。が、その破断面から炎が噴き出して妹紅の腕は治っていた。

自らの身体を犠牲にした戦法。骨を断たせて皮を切るような、馬鹿げた戦い方。だが、それが妹紅の、人間(ほうらいびと)としての戦い方だ。

 

「ハッ!まだまだこんなもんじゃねぇだろッ!?」

「そうだなぁ!だが、死んでも知らねぇぞ!」

「んなこと言ってねぇで殺す気で来なァ!殺せるもんなら、殺してみやがれッ!」

 

激しい攻防の末、二人の足元には焼け焦げた肉と血が散乱する。周囲には異様な雰囲気が漂う。これがたった一人の人間のものだと言われ、それを一体何人が信じるだろうか?…きっと、この様を見ていたとしても信じちゃくれないだろうな。

上がり続ける勇儀の力の前に、遂に妹紅の身体が致命傷まで弾ける。左腕から心臓の辺りまでまとめて消し飛んだが、そこから炎が噴き出して既に治っていた。それを見た勇儀は、流石に目を見張っていた。

 

「…あんた、何者だ?」

「悪いが、これでも人間だよ」

 

そう不敵に笑い、何度も全身から炎を噴き出す。その背からは翼を模した炎が現れる。その姿は、まるで不死鳥のよう。そしてそれは冗談ではない。この死合、妹紅が負けることなどあり得ないのだ。文字通り、藤原妹紅は不死身なのだから。

 


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