東方幻影人   作:藍薔薇

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第357話

「うひぃっ」

「…無茶苦茶するなぁ、勇儀の奴…」

 

勇儀が一歩踏み込むたびに地面が陥没し、悲鳴を上げる。勇儀が腕を振るえば衝撃波が放たれ、周囲の家々が倒壊していく。私達が逃走しないようにここら一帯を囲んでいた鬼達も被害を受けるのは流石に嫌らしく、大きく距離を空けてしまっている。…ったく、根性見せろよなぁ。

空気の密度を操ってどうにか衝撃波を逸らしながら、二人の戦闘と言えるかどうかも怪しいものに目を向ける。

 

「シャアッ!」

「ふんっ!」

 

…本当に酷い有様だ。勇儀の一撃で妹紅の体の部位が吹き飛び、噴き出た炎から現れた新たな身体で攻撃する。妹紅の攻撃を勇儀が身体ごと壊すが、燃え盛る炎がその身体を治し無理矢理捻じ込む。妹紅は最早回避だとか防御だとか考えちゃいない。攻撃一辺倒。…正直、見るに堪えない。見てると嫌なものを思い出す。

 

「なあ、妹紅!」

「あん?…っ、何だよ」

「何故自らの身を壊す戦い方をする?んなことせんでも戦えるだろう?」

 

壊しても壊しても治り続け狂戦士の如く攻め続ける妹紅に、勇儀はその手を止めずに言葉を投げかけた。…まぁ、少なくとも一つ前の鬼相手では永い時の中で研鑽され続けた体術を扱っていたからなぁ。あれを見て強者と認めたのに、いざ戦ってみればまるで戦法が変わっていたら問い掛けるのもおかしくない。

 

「殺り合ったこと、っが、あるんだよ。…お前みたいな、圧倒的な力を持つ奴と」

「そうかい、それで?」

「小手先の技術なんて、…っ、丸ごとブチ壊すような、絶望的力量差。それでも勝つためなら、私はいくらでも、…死ねる!」

「…ああそうかい!死んで後悔すんなよなっ!」

「後悔なんざ腐るほどした。今もしてる。これからだってする。だが、死ぬことに後悔はねぇよ」

 

腕が千切れた。膝が吹き飛んだ。腹に風穴が空いた。足が粉砕した。胸が消し飛んだ。腕が折れた。手が破れた。脚が砕けた。手が千切れた。腕が吹き飛んだ。肩が千切れた。下半身が千切れた。腹を貫かれた。脚が消し飛んだ。肘が砕けた。胴体が消し飛んだ。手が潰れた。腕が粉砕した。足が握り潰された。腕が吹き飛んだ。胸が貫かれた。腹が抉れた。腰が折れた。腕が消し飛んだ。足が砕けた。膝が潰れた。腹が破れた。膝が砕けた。胸が抉れた。手が砕けた。下半身が千切れた。腕が爆ぜた。足が爆ぜた。肩が消し飛んだ。手が握り潰された。肋骨が圧し折れた。腕が粉砕した。腹が貫かれた。肩が吹き飛んだ。腰に風穴が空いた。脛が粉砕した。手が消し飛んだ。腹が抉れた。脚が折れた。肘が潰れた。肩が抉れた。脛が砕けた。手が爆ぜた。膝が圧し折れた。腕が吹き飛んだ。足が潰れた。手が握り潰された。胴体が消し飛んだ。

至る所に浅い傷が付いた勇儀の全身は妹紅の血に塗れ、周囲の地面は撒き散らされた血で赤黒く変色している。肉片が焼ける独特の香りが漂う、あまりにも凄惨な戦場。それでも妹紅はその身に不滅の炎を纏い、傷一つなく立っていた。

 

「…まだ死ねねぇなぁ。どうした。殺す気で来い、と言ったはずだが?」

「あんた、本当に人間か…?」

「悪いな。これでも人間だ」

 

そう言い切った妹紅に言葉に、勇儀は一旦手を止めて複雑そうに目を細めながら一歩引いた。だが、その目の奥にはまだ闘志があり、降参するために距離を取ったわけではない。

思わず顔をしかめながら二人の様子を見ていると、横からチョイチョイと腕を突かれた。

 

「…あのさ、萃香。もしかして…」

「だろうなぁ…。妹紅の目的は相手の戦意を折ることだろうよ」

「けど、それってかなり厳しそう…」

「簡単に諦めるような奴じゃないからな。…それに、ああいう戦いは好みじゃねぇ」

 

何より、好き放題死に放題になる友人を見せられて気分がよくなるわけがない。いくら死なないからって、死んでもいいわけではないのになぁ…。この勝利のために、妹紅はあと何回死ぬ?百回?千回?それ以上?…とてもじゃないが、見たくない。

後ろにいる大妖精は顔面蒼白で口元を手で押さえて震えている。見てられないのだろう。だが、出たところで何も変わらないことが分かってしまうから、何も出来ない。…あぁ、今すぐ交代してぇ。勇儀相手の勝敗はほぼ五分だが、それでも私が出て代わりに戦いてぇ。だが、他ならぬ妹紅に下がるつもりがない。だから、私は代われない。もしそうすれば、妹紅の覚悟を無下にすることになるのだから。

歯痒い感覚を抱きながら、再びぶつかり合う二人を見詰める。血肉が舞い散り、炎が舞い上がる。もう数える気にもなれない致命傷を炎と共に治し、勇儀の肌に浅い傷を付け続ける。

 

「シッ!」

「…っ、らぁっ!」

 

顎に掌底を受けた勇儀が、遂に唯一避けていたであろう部位に拳を叩き込んだ。それは、頭。頭蓋骨がひしゃげ、血やら脳やらがごちゃ混ぜになったものが辺りに飛び散る。首なしになった妹紅の身体がグラリと傾いたが、独りでに首から炎が噴き出すと即座に体勢を立て直す。その炎の中には当たり前のように妹紅の顔が覗いていた。

 

「…はは。冗談だろ?」

「冗談ならどれだけよかったかな。…いや、悪いのか?」

「頭吹き飛んでなお生きてる人間が、まさかいるとはなぁ…」

「いるんだよ。本当、嫌になる」

 

…見ている私も嫌になるよ。自らの身を犠牲に幻想郷半壊の破壊を全て背負い込んだあの姿と重なって、その時ただ見ることしかしていなかった情けない自分自身を思い出して本当に嫌になる。

 

「…あ、動いた」

 

そんな時、後ろからあまりにも能天気な声が聞こえてきた。その声の主は、目の前の戦闘なんて一瞥もせずに相変わらず二つ折りの機械を見続けていたはたて。

 

「あん?」

「幻香が窓を飛び出した」

「お姉さんが?」

「…って、なんかヤバくない?あれ、死ぬでしょ」

 

そんな今更なことに気付いたはたては、それ以上何も語ることはなく再び二つ折りの機械に目を向けてしまった。…しかし、幻香が地霊殿から飛び出しただぁ?まさか、こっちに来るのか?

そんなことを考えていると、二人の間に流れる雰囲気が大きく変わるのを感じ、考えを止める。

 

「止めだ止め。あんたがこの勝利に拘ってこれ以上意地張られると、やってるこっちがきつい」

「…なんだ?負けてくれるのか?」

「いや、これで最後にするさ。私の奥義で、な!」

 

そう言うと、勇儀は大きく距離を取った。強く握られた右拳。その腕は今までとは比にならないほど膨らみ、血管が浮き出てくる。…げ、まずい。本気でやる気か?ここら一帯まとめて消し飛ぶぞ!?

内心かなり焦っていると、それに気付いたらしいフランが心配げに声を掛けてきた。

 

「どうしたの?」

「…フラン。結界とか張れねぇか?」

「んー…、魔法陣を描けばちょっとくらい出来るよ」

「今すぐ頼む。出来るだけ硬く」

「了解」

 

フランが人差し指の先を切り、出てきた血で私達を中心とした円を描き始める。そこからかなり複雑な線やら模様やらを描き連ねていく。その様を見るのを途中で切り上げ、私は目の前の空気を萃め、これから来るであろう衝撃波に備える。

 

「これでもなお立っていられたなら負けを認めてやるよ」

「…はっ、いいね。立ってりゃいいんだろ?」

「あんたを丸ごと消し飛ばす…!死んで恨むなよ!」

「恨まねぇよ。死ねねぇからな」

 

勇儀が一歩踏み出すと、その足が着いた地面が大きく割れる。その一歩は、勇儀の体躯も相まって非常に大きい。かなり大きく開いたはずの妹紅との距離は、僅か三歩で埋まるだろう。

 

「四天王奥義『三歩必殺』ッ!」

「待った」

 

しかし、二歩目を踏み出そうとしたその瞬間、小さな乱入者が現れた。勇儀と妹紅のちょうど中間に静かに着地したその姿は、あまりにも私に酷似している。…あぁ、遂に出て来たのか。けれど、まさかこんな状況で、しかも勇儀の目の前に現れるなんて正気か?

 

「…ッ!幻香!?」

「久し振り」

 

勇儀が二歩目を踏み締めたときに、幻香は呑気にも驚愕している妹紅と短い再会の挨拶を交わす。その目は一瞬だが確かに私達にも向けられた。その瞳は血色だった。

あの状態からもう片脚を地面に突き刺し無理矢理停止しようと地面の砕き抉り割りながら滑る勇儀を、幻香はその場で受け止める。

 

「うぉ…ッ!?」

「っと。止まってくれましたね。信じてましたよ」

「…ったく、急に現れて水差すなよな」

 

既に力を抜いた右腕で幻香の頭を掴んで持ち上げた勇儀の顔は非常に苦く、持ち上げられた幻香はなお平然としている。

 

「水を差して悪いとは思っていますが、ちょっと見ていられなくてね。言うほど見てないですけど」

「…はぁ。どうせさとりだろ?」

「はい。出来れば、この場を治めてくれれば嬉しいですね」

「ったく、毎度毎度面倒だなおい。――おい、お前ら!もうこいつらに手を出すな!出したら、…分かってるな?」

 

勇儀の一声で、私達を遠巻きに囲んでいた鬼達のほとんどが撤収していく。そして、幻香はようやく頭から手を離され地に足を付けた。

 

「で、さとりは何て言ってた?」

「『すぐに会いに行って話を聞いて来なさい』と」

「…そうかよ」

 

そう言いながらただ一人残っていた鬼から星熊盃を受け取り、頭をバリボリと引っ掻いた。

そして、幻香はすみませんね、と軽く謝りながら私達に顔を向けた。

 

「久し振り、妹紅、フラン、萃香、大ちゃん。…それと、初めまして、…じゃないですね。お久し振りです。天狗さん」

 


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