東方幻影人   作:藍薔薇

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第358話

ひとまず、幻香の言葉に従って私達は地霊殿に向かうことになった。この場に留まるよりは地霊殿の中にいたほうが安全だろうから、とのこと。…出来ることなら、さとりには会いたくねぇんだがなぁ…。

勇儀は自分で壊した諸々を修繕するための人員に声を掛けるらしく、私に『あとで話したいことがある』という言葉を残して去っていた。…まぁ、ヤマメとかに頼むんだろう。この惨事を見てやる気になるかどうか知らんけど。

 

「…とりあえず、先に軽いことをいくつか訊いておきましょうか。何故降りてきたんですか?」

 

その道中、幻香は私達に問うてきた。ま、訊かれて当然だよな。

 

「お姉さんに会いたいから」

「お前に言いたいことがいくつかあったからだな」

「…責任、です」

「あっ、あああ、あのっ!ですねっ!貴女に、こうして会えただけで…っ!…はふぅ」

「行きたい、って言うやつがここにいたからさ」

「お姉ちゃんと一緒に来ただけだよ!」

 

はたてが幻香を前に相当あたふたしているが、幻香は特に気にせずいつものように微笑んでいる。…いや、あれはとりあえず微笑んどけ、って感じだな。

 

「…こいし。しれっと混じらないでくださいよ」

「はーい」

 

突然幻香がそう言い、その返事が後ろから聞こえてきて思わず振り向く。にへー、と笑うこいしちゃんが私達の後ろに付いて来ていた。…いつの間にいたのか。そのこいしちゃんは私達を抜かし、幻香の隣を歩き始めた。

こいしへの対抗心でも芽生えたのか、フランが逆側に歩み寄り、その結果幻香が二人に挟まれた。そして二人は幻香を挟んで何やら睨み合い始める始末。当の幻香はそんな二人を交互に見下ろし、その微笑みの中にほんの少しだけ困惑を混入させる。実に居辛そうだ。

 

「なあ、幻香」

「え?何でしょう、萃香?」

 

少しくらい気を逸らせてやるか。私も少し気になることがあるしな。

 

「はたてといつ知り合ったんだ?」

「はたて?…あー、その天狗さんのことですか」

 

振り向いた幻香ははたてと言われ首を傾げられたので、上気した頬に両手を当てて融け切った表情を浮かべているはたてを指差すと、はたてが一体誰の事か把握出来たようだ。

 

「はたてさんはわたしに話し掛けた三人目ですよ。…まぁ、一度会っただけでそれっきり会ってなかったんですが、…こんなところで再会するとは思ってなかったですねぇ」

「へぇ、三人目ねぇ。…ちなみに、一人目と二人目はどいつなんだ?」

「わたし!わたし最初!」

「一人目はこいしで、二人目は八雲紫ですね」

 

はたてが念写で撮っていた写真には幻香と思われる真っ白な少女が写っていたが、私に出会う前と思われるものがあったので、私より早く知り合っていたとは考えていたが、まさかそこまで早いとは思っていなかった。というか、一番最初こいしちゃんなのかよ。

そう言えば、こいしちゃんから何か奪った、みたいなことを言ってたな。フランから破壊衝動を奪ったように、こいしちゃんからも何かを奪ったのだろう。何かは知らんけど。

そんなことを考えていると、はたてが幻香にグイグイと近付いて行った。…ただ、その融け切った表情をどうにかしてからのほうがよかったと思うぞ…。幻香の表情が完全にとりあえずの微笑みで固定になったからな。

 

「はぁ、はぁ…。あ、あのっ!姫海棠はたて、ですっ!」

「え、…鏡宮幻香です。改めて、お久し振りですね」

「私のこと、おおお覚えてくれていたんですねっ!?…はぅ、嬉しいなぁ…」

「その節はお世話になりました。人里と慧音のことを教えてくれて、ありがとうございます」

「気にしないでください!むしろ、私のほうこそありがとうございます!」

「…えと、どういたしまして…?」

 

…まぁ、何言ってるんだかサッパリ意味が分からんよなぁ…。はたての幻香に対する気持ちの重さは、幻香の知らないところで積み重ねられていったものだし。…というか、知らないほうが幸せかもしれない。

幻香の手を両手で握り締めてブンブン振るうはたてに付き合っていたが、いい加減話を進めるためかやんわりとその手を離してもらった幻香は、私を見て次の問いを言った。…その横で両手のひらを恍惚の表情を浮かべながら穴が開くほど見詰めているはたてには目を向けないようにする。

 

「えっと、次なんですが…。地上と地底の不可侵条約、知ってて破ったんですね?」

「ま、そうなるな」

「はぁ…。さとりさん、なんて言うかなぁ…」

「気にしないんじゃない?」

「そんなわけないでしょう…」

 

確かに、さとりに会ったら何を言われるか…。考えただけで嫌になる。改めてそう考えていると、地霊殿に向かっている足取りが重くなるのを感じた。さとりの奴、かなり面倒なんだよなぁ…。…はぁ。

 

「あの、まどかさん」

「何でしょう、大ちゃん?」

「まどかさんは、地上の妖怪ですか?それとも、地底の妖怪なんですか?」

「その二択なら、わたしは地上の妖怪ですよ」

 

その答えを聞き、予想通りだと思いながらも少しばかり驚いた。この地上の妖怪というだけで忌み嫌われる環境下で、なお地上の妖怪だと言い張っていたことに。そして、それを分かっているさとりが幻香を受け入れているであろうことに。

…まぁ、こう言い方はあまりしたくないが、幻香は使い方を誤らなければ非常に使い勝手がいい。さとりはそれら危険性を押して、その利用価値に目を向けたのだろう。そうだと思いたい。

 

「…大丈夫なのか?」

「はは。心配してくれるんですか、妹紅?」

「そりゃあなぁ…。ここに来るまでのことを思い返せば、な」

「大丈夫ですよ。悪意敵意殺意はよく向けられるし、時折殺されそうになりますが、特に問題はありません」

「みぃんな返り討ちにしちゃうもんねー」

 

こいしちゃんがそう言ったので、少し気になって幻香を見詰める。こいしちゃんの言い方だと、まるで力で勝っていると言っているように感じたからだ。

髪の毛が無駄に伸びているが、それは関係ないだろう。首に掛けていた緋々色金が金剛石に変わっているが、それも関係ないだろう。これと言って見た感じ変わった様子はなく、単純な力が向上しているようには見えない。…いや、幻香の強さはちょっと見たくらいじゃ分からないものだ。それは、単純な力も同様。実際に攻撃するところを見なければ分からない。

 

「ねえ、お姉さん」

「何でしょう、フラン?」

「どうして、ここに落ちたの?」

「霊夢さんに負けたから。情けない話ですよね」

 

そう言ってははは、と笑う幻香は明らかに無理をしていて、少し見たくなかった。ただ、幻香が霊夢に負けたのは知っていたし、霊夢に封印される前に逃げ出したことも大妖精が言っていたことから分かる。…確かに情けない話だ。幻香は私達を裏切ったのだから。

だが、幻香は既に言っていたのだ。私達を信用する、と。そして、その信用は裏切りを許容することだ、とも。だから、私はそのことにとやかく言わない。言いたいけどな。

 

「…それじゃあ、さ。お姉さんは、いつ地上に、私達のところに戻ってくるの?」

 

続くその質問は、私達が訊きたかったことだ。ただ、それを訊かれた幻香の表情は見るからに歪み、口を開いては閉じるを繰り返す。…こいしちゃんが言っていた幻香の悩み事はこれか。

しばらく待っていると、意を決した幻香はゆっくりと口を開いた。

 

「…わたしは、地上に居場所がない。何せ、霊夢さんに封印されていますからね。それに、人里じゃあ『禍』が封印されて狂喜乱舞していても何らおかしくない。そんな状況でわたしは霊夢さんに再戦して勝利して、無理矢理居場所を得ようと考えてました。…けれどさ、ハッキリ言って、わたしの友達全員が何を言おうと、わたしは地上に存在することを許されていないんですよ。…それに対して、地底も似たようなものです。わたしは、飽くまで地上の妖怪で、ここにいる妖怪達からすればただの異物。排除すべき存在。今は半ば受け入れられているけれど、それはわたしじゃなくて、さとりさんと勇儀さんが認めているからそうなっているだけなんだ。その二人が、…いえ、片方だけでも認めなければ一瞬でわたしはお終いでしょうよ。地霊殿で与えられた一室が今ある唯一の居場所ですが、それもさとりさんの判断一つで簡単に消える。…さとりさんがそんなことしないだろうとは思っていますよ。けれど、それ以外がどう思っているかなら、あまりよくないんですよね。だから、わたしは地底にも許されていない。そりゃそうだ。そもそもわたしは地上の妖怪ですからね。…つまり、ね。わたしは何処にいればいいんですか?」

 

幻香の言葉。言いたいことはたくさんあった。私達がいる、とか。地底はそこまで悪くない、とか。難しく考えすぎだ、とか。けれど、そんなことは口が裂けても言えなかった。

何故なら、そう言った幻香自身が、既にズタボロに傷付き膿んでいるのが嫌でも分かってしまったから。

 


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