東方幻影人   作:藍薔薇

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第361話

地霊殿の庭に立ち、手を組んで体を大きく伸ばす。それから両脚をゆっくりと伸ばしながら、少し離れたところに立つ妹紅を見遣る。彼女は既に準備が終わっているらしく、いつもの構えのない自然体を取っている。

 

「こうしてお前と組手をするのは久し振りだな」

「えぇ、そうですね。一年以上振りでしょうか」

 

そう返事をしつつ、わたしも両腕をダラリと下ろし無駄な力を排した自然体を取った。普段通りの呼吸を続け、わたしと対峙する妹紅の様子を伺う。…と言っても、少なくとも今の妹紅からはどう動くか分からない。

邪魔にならない場所にいるこいし、フラン、大ちゃん、はたてさんの視線を感じてそちらに目を向けると、手を振ってくれたり声援をくれたりと各々反応をしてくれた。…ただ、はたてさんだけ異様に強く反応したのは気のせいではないだろう。彼女はわたしに対して何かあったのだろうか…。

 

「ここじゃあよくも悪くも殴り合ってきたんだろ?どうだ、多少は強くなった気はしてるか?」

「ま、一応は。どのくらいか、と訊かれると答えにくいですが…」

「それじゃ、まずはそこからだな。…来いよ。一発全力で叩き込め」

「了解です」

 

身体を前に傾けて重心を前にずらし、大きく前に脚を踏み出して一気に駆け出す。自身の速度と歩幅、妹紅との距離を合わせ、妹紅の目の前で左脚を前に出す。左腕をピンと真っ直ぐ妹紅に伸ばして狙いを澄ます。右手の指先を揃えて伸ばし、右腕を思い切り引き絞る。腰を限界一杯まで捻る。

 

「シッ!」

 

右脚を踏み出し、駆け抜けた速度に腰と右腕を解放した加速を加えた最速の貫手を突き刺す!

 

「ッ…ぐ」

 

交差された両腕の中心に貫手が食い破り、生温く湿った感触を右手から感じる。引き抜くと共に跳ねた血がわたしの顔に数滴当たり、赤く染まった右手をボーッと眺めていた。その奥に映る妹紅の腕には、空いた穴の奥で折れた骨が覗いていた。

次の瞬間、傷口から炎が噴き出してみるみるうちに傷が塞がっていく。折れた骨も気付けば元通りになっていて、炎が払われたときには突き刺す以前の腕になっていた。…いくら全力でやれ、と言われたとはいえ、少し申し訳ない気分になってしまう。

対する妹紅は特に気にすることなく穴の空いていた場所を擦り、わたしに向かって結果を言った。

 

「いい威力だ。思ってた以上だな」

「…そうですか?」

「ああ。…出来れば貫手じゃなくて拳だと分かりやすかったんだがな」

「それは、そのー…。一番威力を出すならやっぱり貫手かなぁ、と」

 

同じ力なら接する面積が狭い方が強い。釘の先端が細く尖っている理由もこれだ。全力で、と言われたからには相手により強く伝わったほうがいいかなぁ、と思ってやったのだけど、あまりよくなかったらしい。反省。

血に濡れた右手を軽く振って血を飛ばしつつ乾かしていると、妹紅は改めて自然体を取った。それに倣い、わたしも自然体を取る。

 

「よし、続けるか。先手は譲る」

「分かりました。それでは…ッ!」

 

踏み込みながら肩の力だけで左拳を腹部に放つが、一歩下がりながら容易く腕で防御されてしまった。蹴り上げられた膝を回避するために左拳で妹紅を押し、後ろに跳んで距離を取る。

その後も攻守を入れ替えながらお互いに打ち込み続けた。躱し、躱される。往なし、往なされる。防ぎ、防がれる。決定打と言えるものはなく、わたしはひたすら妹紅に食らい付く。妹紅のほうが実力も経験も備わっていることは分かり切っている。それでも、少しでもその実力を引き出せるように、わたしは今よりも少しでも速く鋭い一撃を求め探り続ける。

 

「ここまでだな」

 

何百手繰り返しただろうか。時間が流れていることを忘れるほど続けていたが、妹紅の一声で突き出そうとしていた肘鉄の動きを止める。チラリとこの攻撃が向かう先を見遣ると、しっかりと掴み取れる位置に手があった。…駄目だったかぁ。まだ足りないなぁ…。

深呼吸を数回して荒れた呼吸を抑えながら流れていた汗を拭っていると、わたし達に向けられた拍手が聞こえてきた。

 

「お疲れ様です、幻香さん。それと、…妹紅さん」

「さとりさん…?」

「さとり…?萃香が言ってた心を読むとか言う…」

 

その音がした方向に顔を向けると、わたし達の組手を見ていた四人の奥で窓から見ていたらしいさとりさんがいた。

 

「さて、こんなところで会話を始めるのはよくないですね。少しそこで待っていてください。すぐにそちらへ向かいますので」

 

さとりさんはそう言うと、すぐにその場から立ち去ってしまった。…その窓から出ればすぐなのになぁ…。どうしてわざわざ回り道をするんだ…。

そんなことを考えていると、わたしの元にフランとこいしが歩み寄ってきた。その後ろには大ちゃんも付いてきている。

 

「お姉さん。あれがさとりなの?」

「ええ、そうですね」

「そうだよ!わたしのお姉ちゃん」

「えっと、大丈夫ですよね…?」

「多分…。わたしに会いに行け、って言っておいて許さない、はないと思いますけど…」

「ま、どうにかなるだろ。今すぐ帰れ、くらいなら言われるかもしれんが」

「それくらいなら有り得るかも。一応、地上と地底の不可侵条約がありますからね」

 

その不可侵条約が既に穴ぼこだらけだ、と頭を抱えていたけれど…。まぁ、理不尽なことを言われる僅かな可能性もあるので少しだけ備えておく。心を読むさとりさん相手に不意を討つのは容易ではないが、不可能ではない。思考する前に行動すればいい。…まぁ、そうしようとしていることを読まれそうだけども。

しばらく待っていると、さとりさんがようやく現れた。ちゃんと地霊殿の出入り口から出てここに来てくれたんだろうけれど、本当にどうして窓から出て来なかったんだろう…。

 

「始めまして、妹紅さん、フランチェスカさん、大妖精さん、…はたてさん。地霊殿の主、古明地さとりです。そこにいるこいしの姉でもありますね。短い間ですが、よろしくお願いします」

「名前言ってないのに分かるんだ…」

「ええ、フランチェスカさん。貴女のことは幻香さんから聞いていますよ。いいお友達だと」

 

そう言って微笑んでいるけれど、フランは少し警戒しているらしい。…まぁ、心を読まれている、って思うと警戒したくなる気持ちも分からなくもないよ。けど、いくら警戒したってあんまり意味ないんだし、気楽にしたほうがいいよ。うん。

 

「ええ、どうかそんなに警戒せずに気楽に接してくれると私としては助かります」

「そう?それじゃあ、とりあえず一枚いいかしら?」

「撮影ですか。あまりよろしくないのですが…。まあ、外に出さないことを確約出来るのならばいいでしょう」

「そのくらいの良識は持ってるわよ。…もしかして、私のことは信用出来ないかしら?」

「いえ、少なくとも今は信用しています」

 

いつの間にかわたしの後ろのいたらしいはたてさんは、二つ折りの機械を手にカシャリとさとりさんを撮った。どうやら、その機械はカメラだったらしい。あの虚構記者の頑丈な奴とは全然似てないな…。

撮影を終えて少ししてから、さとりさんはわたしの周りにいる妹紅、フラン、大ちゃん、はたてさんの四人に顔を向ける。

 

「さて、私の勝手な希望を言えば、出来るだけ早く帰っていただけると非常に助かりますが…。流石に幻香さんの友人に対して、そのような対応をするつもりはありません」

「いいんですか?」

「ええ。ただし、基本は地霊殿から出ず、外に出るならば幻香さんと共に行動してください。私からの最低条件です」

「あのさ、萃香じゃ駄目なのか?」

「…萃香はおそらくここに来ることはないでしょう。ですが、もしも来るならば可とします」

「分かった。私はいいよ。いつ帰るかは…、妹紅とかが決めて」

「え、私が?…まぁいいけどさぁ」

 

フランは即決し、さとりさんに手を伸ばした。どうやら握手のつもりらしい。さとりさんはフランに一度目を向けてから、その手をゆっくりと掴んだ。

他の三人もフランの言葉に同調し、その心を読んださとりさんは微笑んだ。

 

「ようこそ、地霊殿へ。私は貴女達を歓迎します」


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