東方幻影人   作:藍薔薇

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第366話

全員に五十ずつ金を手渡してから賭博場に入ると、より一層騒がしい声が耳に入ってくる。当たって歓喜の声を上げ、外して悲痛な声で叫ぶ。いつも通りだ。…まぁ、一部の客がわたし達を見てギョッとした顔を浮かべたけれども。一瞬だが、明らかに膨れ上がった殺意を受け止めつつ、彼らにわたしは微笑んだ。

来るなら来いよ、地底の妖怪達。手を出したら容赦しないことは既に決めているんだ。…まぁ、一応こいしは間に挟むよ。うん。

 

「それじゃ、好きな賭博をしててくださいな。貴女達に勝利がもたらされることを願ってますよ」

 

それだけ言って、わたしはとりあえず一番奥に進む。奥でやっているのは、賽子の出目で勝敗を決める賭博。わたしが初めて入った賭博場とは違い、親と同時に賽子を三つ転がす。一一一が最も強く、次に三つの六、五、四、三、二の順で強い。その次は二つの六、五、四、三、二、一。それ以外は等しく最弱。親と客の二つ揃った出目が同じなら、残り一つの出目の大小で勝敗を決める。引き分けの場合、賭け金は動かない。ちなみに、最強であるピンゾロが出た場合、賭け金の三倍を受け取れるそうな。…ただし、親が出しても三倍払うことになっている。

おっと。その前に一つ賭けておきたいものがあったのを忘れていたよ。

 

「…ん、地上のか…。あの白髪の娘はお前の連れか?」

「ええ。少しの間、さとりさんに許可を得て同行しています」

 

将棋モドキを前に座っている妹紅がわたしに気付くと、駒の動かし方が書かれている紙から顔を上げて軽く手を振ってくれたので、わたしも妹紅に軽く手を振っておく。

ついでに、賭け金の収集をしている妖怪に一本釘を刺しておく。周りにいる妖怪達にも少しでも聞こえるように、若干だが賭博場に響くハッキリとした声色で。

 

「…そうか。では、その連れに賭けるか?」

「はい。そうですねぇ、五十賭けましょうか」

 

この将棋モドキは二つの賭博が同時に行われる。一つは、対戦者同士の賭博。勝ったほうが賭け金を支払う。もう一つは、観戦者の賭博。どちらが勝つが予想して賭け、当たれば金を受け取れる。…まぁ、こちらは喧嘩のときと同じ感じだ。

わたしは、たとえ初めて触れるものだろうと妹紅が負けるほうに賭けたいとは思わない。なので、わたしは妹紅に賭ける五十を手渡した。

 

「分かった。…決着のときにここにいなければ受け取れんからな。忘れるなよ」

「分かってますよ。それでは、よろしくお願いしますね」

 

あの将棋モドキ、早く勝敗を決めるために一手に十秒までというかなりの早指しで進むらしい。まぁ、きっと大丈夫でしょう。

少し後ろのほうを見遣ると、皆がそれぞれの場所で賭博を楽しんでいる様子が見れる。…あ、フラン負けたっぽい。お、大ちゃん勝ったみたい。…楽しんでるねぇ。

さて、と。わたしはわたしで楽しむとしましょうか。…ま、自主的な賭け金の無理な吊り上げはしないようにしましょう。あちらから促されればするけど。そんなことを考えながら、空いている席に腰を下ろす。使う賽子はさっき創った。空間把握した感じ、グラ賽ではないだろう。

 

「おう、地上のかぁ!やるか?やるよな?はっはーっ!」

「ええ、やりますよ。最初は十からでいいでしょう?」

「んなチンケな額じゃつまんねぇだろぉ?三十だ」

「はい、分かりました」

 

景気良く言い放った親の勢いに流されて掛け金の額が早速吊り上がってしまったが、まぁしょうがないね。うん。手持ちの金は約三百。大丈夫でしょう。皮袋から三十を取り出し、手前に置いた。

 

「さ、始めましょうか」

「おうよ!」

 

そう言いながら親が取り出した賽子に、わたしは先程創ったばかりの賽子を二つ弾く。過剰妖力を噴出させて加速した賽子は、親の持つ賽子の二つを破壊した。

 

「…は?」

 

呆けた声を出す親をよそに、破壊された賽子は白色に濁った塊を飛び散らせる。空間把握したときに既に調べさせてもらったよ。あれは蝋だ。賽子の中の空間にある溶かした蝋を固めることで重心をずらし、出したい目を出やすくするグラ賽の一つ。重心が偏ったことで、あの賽子は六が出やすくなっていた。

席を立ち、わたしが撃ち出して床に転がった賽子を手に取る。そのとき、微笑みながら親を見遣った。この場は見逃してやる。だから、まともな賽子を出せよ。次出さなければ、分かってるよね…?

席に戻って賽子に傷が付いていないか確認していると、親は汗を拭いながら飛び散ったグラ賽の破片を払い、新しい賽子を取り出した。…ふむ、あれは普通の賽子だったかな。わたしの意図を汲み取ってくれてありがとね。

 

「さて、始めましょう?」

「お、おう…」

 

親の勢いが幾分か削がれてしまっているが、まぁどうでもいいか。イカサマがバレたら即喧嘩に発展しがちだが、まだ始まってすらいない今ならそんなことをせずに済む。それでいいじゃない。

賽子を転がすと、わたしの出目は三三二。対する親の出目は一一二。わたしの勝ちだ。親から三十を受け取り、賭け金の吊り上げをするかどうか考える。

 

「…あのぉ、賭け金そのままでしていいすか?」

「いいですよ。それじゃ、満足するまで三十のままで続けましょうか」

 

親に賭け金固定を懇願されるのは初めてだ。

 

 

 

 

 

 

勝ったり負けたりを繰り返し、手持ちの金額はあまり変わらず約五百。まぁ、勝ってるしこれでもいいか。それに、これならこの親から喧嘩を吹っ掛けられることもないでしょう。

 

「決着!」

 

次の賽子を振ろうとしたところで、後ろのほうから聞こえてきた声に顔を向ける。どうやら、将棋モドキの勝敗が決まったらしい。さて、妹紅は勝てたかなぁ?…おっと、賽子振らないと。出目は五五二と一三六。わたしの勝ちだ。

親から三十を受け取っていると、将棋モドキの賭け金の収集をしていた妖怪がわたしの元にやって来た。

 

「…ほら、百三十三だ」

「ありがとうございます」

 

よかった。妹紅が勝ったみたい。ついでなのか次も賭けるかと訊かれたが、妹紅は既に席を立っていたので断った。他の妖怪達はどっちのほうが強いとか弱いとか知らないしね。

 

「すみません。もう終わりにしますね」

「おう…。また来いよ」

 

随分と大人しくなった親に手を振り、こちらに歩いてきていた妹紅の元へ歩み寄る。

 

「どうでしたか?」

「あー、あの将棋なぁ…。あれだ。かなり面倒だったという印象しか残ってない…」

「ふぅん。例えばどんなところが?」

「王子に成る駒あるだろ?あれを持ち駒にされたら泥沼になる」

 

そう言って、妹紅は苦笑いを浮かべた。…まぁ、でしょうね。お互いに王将が二つずつあるようなものだ。王将は持ち駒に出来ないようだが、次世代の王様に成る酒呑みの酔っぱらいは持ち駒にして打てるのだから、何世代も王が入れ替わることが可能になる。下手すれば終わらない。

 

「ま、だから相手のをさっさと討って、こっちはすぐに角に固めたよ。それからもいくらか続いたがな、しばらくしたら相手が投了した」

「ちなみに、持ち駒にした酔っぱらいはどうしました?」

「放っといた。また奪われたくないし」

 

そんな会話をしつつ、フランの賭博の様子を後ろから眺める。前に出された両手の握り拳を睨んでいるが、あれは右にあるよ。教えないけど。

 

「どっちだと思います?」

「…右だな」

「ですよね」

 

妹紅の耳元で囁くように訊くと、同じようにわたしの耳に囁くように答えた。わたしでも分かるんだ。妹紅にもそのくらい分かるよねぇ。

 

「こっち!」

「残念だなぁ。外れだよ」

 

あ、外した。フラン、とっても悔しそう。けれど、賭博っていうのは負けるときは負けるんだよ。勝てるときは勝てるけど。

そんなことを考えながらフランの背中を見ていると、突然わたし達に振り向いた。そして、わたしと妹紅の腕をガッシリと掴まれる。皮手袋の中にあるフランの手は固く、簡単に振り解けそうにない。

 

「ねぇ、仇を取ってよ!負けっぱなしは癪だし!」

「…あぁー…。幻香、どうする?」

「…えぇーっとぉ…。どうしましょう?」

 

妹紅と目が合い、お互いに苦笑いを浮かべる。あの賭博が賭博にならないからこそなのだが、フランのことを考えるとなぁ…。

結局、フランと妹紅に促されるようにわたしが出てフランの負けた分だけ取り返した。勝つことよりも、金額合わせのほうが面倒だったよ…。はぁ…。

 


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