東方幻影人   作:藍薔薇

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第367話

賭博場を出て相変わらずの視線を感じつつ、旧都を歩いていく。この先は妹紅と勇儀さんが戦っていた区画に近いんだけど、まぁ気にしなくてもいいや。

珍しく受付で返金せずに出て行くことに若干の違和感を覚えていると、後ろから袖を引っ張られた。振り返ってみると、袖を摘まんでいたのは大ちゃんだった。

 

「幻香さん。これ、お返しします」

「え?…あー、いいよ別に。好きなの自由に買っていいから」

「私はこれと言って欲しいものはありませんから」

「そうですか?じゃあ、受け取っておきますね。必要になったら言ってくださいな」

 

そう言って大ちゃんから金を受け取る。金額は渡したときと大して変わらない五十二。これの程度なら返してくれなくてもよかったけどなぁ…。ほら、はたてさんなんか一切賭博せずに自分のものにしてるよ?

 

「お金が動かなければ普通の遊びに出来そうなのになぁ」

「それなら、いくつか賽子創りましょうか?」

 

ボソリとフランが呟いた言葉を聞き、先程の賭博で使っていた賽子を手にして空間把握をし、とりあえず二十個ほど複製する。それから金を入れていた皮袋を複製し、その中に賽子を仕舞う。まぁ、これだけあれば十分でしょう。八面賽子とか二十面賽子とかあったほうがいいかもしれないけれど、それは考えるのが非常に面倒臭いから欲しかったらまた後でね。

ガラリと音を立てる皮袋をフランにあげると、中身を見たフランにありがと、とお礼を言われた。気にしなくていいのに。

軽く周りを見渡していると、フランと大ちゃんが賽子を手に話し合い始めた。何を話しているのかな、と思っていると、突然わたしの目の前にこいしがスッと現れた。…うわ、驚いた。気配あんま感じないから急に出て来ると流石に驚くよ。

 

「ねえ幻香!次は何処行くの?」

「全然考えてません。こいしは何処か行きたいところがあるんですか?」

「あるよー。何か食べに行こっ!」

 

ですよね。こいしならそう言うかなぁ、とは思ってたよ。けど、地上ではあまり見なさそうな食べ物を一緒に食べるのもいいかな。

そう思い、皆のほうを向く。はたてさんが金属板を愛おしそうに眺めているのが目に入ったが、気にしないことにしよう。うん。

 

「これから面白いもの食べに行くんですが、どうです?」

「食べる」

「面白い?美味しいじゃなくて?」

「美味しいかどうかは人に寄りますねぇ。ま、記念に食べてみようかなぁ、と」

「別に構わないよ。流石に食えないものじゃないんだろう?」

「そうだねぇ…。目玉の唐揚げとかー、イモリの串焼きとかー、地獄火炎鍋とかかなっ」

「め、目玉にイモリ…」

 

こいしが指折りしながら並べた食べ物を聞いた大ちゃんが若干引きつった笑みを浮かべるけれど、その偏見を押し退けて一度食べてみてほしい。意外といけるから。…ただし、地獄火炎鍋は除く。あれは美味しいの前に痛い。

そんなことを話しながら歩いていると、破壊された家々と真新しい家が見え始める。妹紅と勇儀さんが破壊した家々を頑張って建て直している妖怪達に軽く手を振って通り過ぎようとしたが、その内の一人に肩を思い切り掴まれた。

 

「ねぇ、これを見て手伝おう、って気にはならないかい?」

「なりません。頑張ってくださいね」

 

即答すると、ヤマメさんはわたしを、そしてその後ろにいる妹紅達を少し恨めしそうに睨む。…まぁ、彼女達が来なければこんな仕事が出来ることはなかっただろうしねぇ…。

 

「さ、この場は少し居辛いいでしょう?ちょっと急ぎましょうか」

 

そうは言うが、ここで何もしないと後で面倒なことになりそうな気がしてきた。そんな予感と共に肩を竦めながら、この場を早く去るために足を早める。…空間把握。新しく建てたばかりの家を把握し、瓦礫を撤去済みの場所へ去り際に三つほど並べて複製する。ま、飽くまでわたしの今後の身のためだ。貴女のためじゃない。…ふふっ。

早足で旧都を進み、周りを見渡す。…えぇと、唐揚げ売ってるお店ってどの辺だったかなぁ。少し急ぎたいんだよね。…おっと、またこいしが劇物めいた食べ物に惹かれてる。そのままフラッといなくなってしまう前に襟首を掴んで止めた。ぐえ、と変な声が聞こえたけれど、まぁ気にしないでおこう。

 

「なぁ、幻香」

「どうかしましたか、妹紅?」

 

頬を膨らませるこいしから手を離すと、いつの間にか隣にいたらしい妹紅が少し真剣な表情で話しかけてきた。

 

「さっきから後ろを付けられてるんだが」

「みたいですねぇ」

「みたい、ってお前随分気楽だなぁ」

「気楽ですよ。何せ、殺気混じりの視線で見られてるだけですし。直接何かしてこないならわたしはわざわざ気にしませんよ」

 

そう言いながらへらへら笑う。旧都でわたしに対する殺気なんてよくあることだし、そこから行動に移されることだってたまにある。いちいち警戒するのもいいけれど、そんなに気を張り詰め続けていると疲れてしまう。

 

「それに、わたしは地上の妖怪ですからね。出来る限り、被害者になりたいんですよ」

「はぁ?」

「あちらがやってきたから、わたしはやり返しました。こう言える状況が、今のわたしの立場としては好ましい」

 

わたしからやると、さとりさんと勇儀さんがうるさいからね。賭博の過剰な吊り上げを制限されるのも、この辺りの思惑を感じさせる。まぁ、それに関しては賭博場の経営的損失に大きく関わる、っていうのもあるだろうけど。

けれど、あの視線が鬱陶しいと思うことは分かる。殺気混じりの視線を常時浴びせられて落ち着けないのも分かる。わたしだって気にしないようにしてても嫌なものは嫌だ。面倒臭いし。だから、気にならないようにすればいい。…ま、上手くいったらだけどね。

 

「ということで、妹紅にははたてさんを頼んでいいですか?フランは大ちゃんを気にかけてるみたいですし、見失いがちなこいしはわたしがやりますから」

「…お前も大変だな。ま、任された」

「よろしくお願いします」

 

そう言うと、妹紅は自然とはたてさんの盾になれる位置取りをする。フランは大ちゃんと賽子を使った遊びについて話し合っているようだ。さて、わたしはこいしのことを見ていましょうかね。

 

「こいし、唐揚げって何処でしたっけ?」

「ここからだと串焼きのほうが近いけど?」

「あー…、じゃあそっちから買いましょうか」

「分かった!じゃあ買おうそうしよう!」

 

そう言ってはしゃぎながらイモリの串焼きを売っている屋台がある小道へと入ろうとするこいしを一旦止め、その一つ手前の小道で曲がるように促す。首を傾げられたが、幻香がそうしたいなら、と言って快く承諾してくれた。

 

「ここに売っているんですか?」

「いえ、違いますよ」

 

…さて、雑に隙は作った。来ないならそれでいい。が、来るなら来い。

ザッと砂を齧るような音が前後から同時に聞こえてくる。…あーあ、釣れちゃったよ。前に二人、後ろに一人。…空間把握。…ふむ。前の二人はパッと見素手だけど、一人は脇差みたいな武器を隠し持ち、もう一人は異形の爪が伸びている。後ろの一人は武器の類は何も持っていなさそうかなぁ。

 

「え?え?…え?」

「うわぁ、これってちょぉーっとまずい感じかも?」

「…やっちゃっていい感じ?」

「待てフラン。それだと私達は襲撃者だ」

「勝手なことして幻香に迷惑かけたら私許さないわよ」

「だんまりで何も話してくれないみたいでッ、すしッ!」

 

呑気に話していると、わたしの目の前に黒い爪が真っ直ぐと走り、咄嗟に上体を逸らして躱す。続く二人目が袖から脇差を抜き出しながら駆け出し、刺突を繰り出してくる。

 

「きゅっ!」

 

急所を外しながら大人しく刺されて理由作りにでも、なんて考えていたら、突然脇差の刀身が真ん中から砕け散った。直前のフランの声から察するに、脇差の『目』を潰したのだろう。持ち主も何の脈絡もなく壊れたことに目を見開いて驚愕しているようだし。あの妖怪の相手はフランに任せておきましょうか。

右手の五指から妖力を噴出させ、突き出された黒い爪目掛けて薙ぎ払うと、ジュッと音を立てて無抵抗に引き裂かれた黒い爪が宙を舞う。その爪を視認して過剰妖力込みで複製し、爪を引き裂いた妖怪の両肩に射出する。

 

「ぐあっ」

「ふ、ッ!」

 

両肩を貫かれて怯んだ隙に、仰け反った上半身でそのまま両手を地に付けて両脚を振り上げ、脚の先端が顎を蹴り抜いた。

わたしと相手の妖怪はほぼ同時に体勢を直して突進するが、悪いけれど容赦はしない。両肩に突き刺さってる黒い爪を炸裂させ、動きが鈍った瞬間に跳び上がって膝を曲げた足裏で顔面を潰す。そして、膝を思い切り伸ばして吹き飛ばし、小道から飛び出して転がっていった。

 

「ほい、っと。はい、お終い」

「あ?これ、そこらに捨ててよかったのか」

 

壁に叩き付けられて気絶している妖怪が二人。どうやら二人も終わったみたいだね。

出来れば誰か鬼でも来てくれれば後処理が楽なんだけどなぁ…。ま、そんな都合よく来てくれるわけないか。しょうがないし、放っておきましょう。吹き飛ばした妖怪もいるから、割と早く騒ぎになると思うし。あとで訊かれれば、あったことを正直に言えばいいだけだからね。彼らが攻撃してきたのでやり返しました、とね。

 

「さぁて、隣にイモリの串焼きが売ってるんですよ。一緒に食べましょう?」

 


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