「終わりましたよ。それで、話とは何ですか?」
「あそこでいざこざがあっただろ。そのことだよ」
「ですよね」
萃香が指差した方向は、わたし達が三人の妖怪を釣った小道だった。ちょっとした騒ぎにはなったけれど、ここまで早く来るとは予想外。思っているより警戒されてるのかも?…ま、いいや。わたしが地上の妖怪である以上、警戒なんていつもされているようなものだ。警戒の強弱なんて気にするだけ無駄だろう。
「わたしとしては勇儀さんか、せめて他の誰かが来ると思ってましたよ。少なくとも、萃香は来ないと」
「残念だが勇儀からの指名だよ。話しやすいだろうから、だとさ。…で、だ。実際どうなんだ?」
「小道に入ったら両側挟まれて攻撃されたからやり返しました。…信じますか?」
そう言って肩を竦めると、萃香は僅かに顔を歪めた。…どうやら、あまり納得していない様子。別に構わないけれど。
「妹紅は?」
「同じく。事実そうだったからな」
「フランは?」
「お姉さんと同じだよ。お姉さんに刃物向けたからやり返したの」
「大妖精は?」
「えっと、攻撃されてから仕返していた、としか…」
「はたては?」
「幻香が言った通りよ。証拠見る?」
「こいしは?」
「幻香に訊いてよ。わたしなんかよりよっぽど参考になるよ?」
皆してわたしが言っていたことと大体同じ事を返す。まぁ、半分くらい口裏を合わせているようなものだ。そりゃそうなるよ。
頭をガリガリと引っ掻いた萃香は、グイとわたしの目と鼻の先まで顔を近付けた。その表情は、何とも微妙な感じであった。
「…嘘は言ってねぇのは何となく分かるんだよ。だがな、どうも胡散臭ぇんだよなぁ」
「そう言われましてもねぇ…」
「はぁ。…はたて、その証拠とやらをちょいと見せろ」
萃香がそう言うと、はたてさんは二つ折りの機械を開き、特に何もない場所に向けてカシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャと連続で撮影した。…え、あれ何してるの?
何が起きているのかよく分からずに首を傾げているが、そんなわたしを気にすることなく萃香はその中身を眺めていく。…いや、本当によく分からないんですが。誰か説明して…。
「どう?ねえ、どうなの?」
「…あー、はいはい。よく分かったよ」
あの、二人の間だけで解決しないでほしいですが…。
置いてけぼりを喰らっていると、隣からチョイチョイと突かれた。
「どしたの、幻香?」
「勝手に話進んでて困惑してます」
あんな撮影で何が分かったというんだ…。今は訊けるような空気じゃないなぁ、と思いつつ後で訊けばいいや、と判断しかけたところでガッシリと両肩を掴まれた。熱い吐息が肌を撫でるほどに接近したはたてさんと目が合い、思わず頬が引きつるのを感じる。
「ねえ、今困ってるの?教えて。貴女のために、幻香だけのために、私は私が出来ることを何でもするわ」
「え、と。…さっきの撮影は何だったんですか?」
突然の出来事に頭が一瞬固まるのを感じつつ、どうにか疑問を絞り出す。というか、若干怖い。何て言ったらいいんだろう。貴女の命が欲しいと言えば、この場で即行自害してしまいそうな予感がする。…まぁ、そんなこと頼むつもりないからどうでもいいか。
「撮影!?訊きたい?私のこと、知りたいのねっ!?」
はたてさんの内側が垣間見えたような気がしていると、彼女は目を輝かせながら熱く語り出す。…あぁ、そうか。今、彼女は必要とされているんだ。他ならぬ、わたしに。
だったら、その期待に応えてあげるべきだろう。
「はい。知りたいです」
そう答えると、はたてさんは二つ折りの機械の画面をわたしに見せてくれた。…えぇと、これってさっきの小道だよね?わたしと思われる真っ白いのに黒い爪の妖怪が突進している瞬間を撮影したもののようだ。けど、この撮影位置はあの黒い爪の妖怪の背後。あの時はたてさんがいた場所とは大きく食い違っている。というか、そもそもあの瞬間彼女は撮影をしていたか?…いや、していなかったはずだ。
「これは念写。幻香のことを撮ったの。幻香の潔白を証明するために、あの瞬間に遡って撮影したのよ」
「…念写、ですか」
驚いた。そんな能力があるなんて。過去を好きな位置から撮影出来る…。まずいな、敵に回したくない。やること成すこと全てが筒抜けじゃないか。
「教えてくれてありがとうございます。助かりました」
「私のほうこそありがとねっ!…ふぅ…、はあぁ…っ」
礼を言っているけれど、わたしの頭の中ではこの念写の脅威性について考えていた。何をしていたのかバレる、というのは情報戦で致命的だ。また、潜伏していても即座に看破されてしまうだろう。考えれば考えるほど、敵じゃなくてよかったと思う。
…まぁ、流石に何かしらの条件くらいあるだろう。どの程度過去まで遡ることが可能か?どの程度距離までなら撮影可能か?高次元軸の彼方は撮影可能か?冥界、魔界、天界などの別の世界を撮影可能か?…いや、訊かないでおこう。何か訊くのが怖い。
「そっちの調子はどうだ?」
「積もる話もあったからな。まだ酒をお供に語り合ってる途中だよ」
「へぇ。例えば?」
「勇儀から聞かされるのは幻香のことだなぁ。気に入って、気に入らなくて、気にかけて、気に留めて、そんで迷惑してるとさ」
多分わたしが地底に落ちたことに真っ先に気付いたのははたてさんなんだろうなぁ、と推測していると、小道での襲撃の件の話を終えて気楽に話している萃香達の会話が耳に入ってきた。…悪いとは思ってますよ、勇儀さん。一応ね。
「あの、まどかさんは勇儀さんと何かあったんですか?」
「退屈凌ぎに本気でやりあっただけですよ。…あと、勇儀さんが騒ぎの後処理を担う役にいるってことですね」
「…えっと、もしかして、よく騒ぎを起こすんですか?」
「起きますねぇ。気付いたらそうなる、としか」
嘘だ。今回のように、自ら騒ぎが起きるように仕向けることだってよくある。賭博で万単位の勝ちを意図して得ることもある。その結果イカサマ扱いを受けて挑まれた喧嘩を返り討ちにしてしまう。弾幕遊戯で派手に魅せるために家々を破壊してしまうのはしょっちゅうだ。…そして、それら騒ぎの鎮圧や破壊された家々の建築など、旧都をまとめているのが鬼で、その頂点にいるのが勇儀さんだ。そういう意味で、わたしは相当迷惑をかけている。
さっきの弾幕遊戯でブチ抜いた家々だって、後で建て直す必要があるわけだ。わたしがまた仕事を増やしたということになる。申し訳ない。
「で、幻香よ」
「え?…あぁ。何でしょう、萃香」
せめて材木くらい創ったほうがいいかなぁ、なんて考えていると、妹紅達との会話をブチ切った萃香が振り向きながらわたしに訊いてきた。
「勇儀になんか隠し事してねぇか?」
「隠し事?」
「ああ。嘘は嫌いだが、隠し事はもっと嫌いなんだよ。特に、強い癖に弱い振りするとか、勝負事で手抜きするとか」
「あー…、してますよ」
「してんのかい」
わたしは『紅』まで勇儀さんに見せた。けれど、その先にあるものは見せていない。…というか、見せたくなかった。今思い返すと、途中で切り上げるように終わってくれてホッとする。
「だって、成り変わりですよ?反則でしょ、あんなの」
「…あぁ、そうだったなぁ…。あんたはそんなことが出来ちまうんだよなぁ…」
それにそもそも、それをした瞬間わたしではなくなる。わたしとの勝負、という条件を満たさなくなる。だからこそ、これは反則だ。好き好んで使おうとは思えない。…つまり、使うときは使うのだが。そう思っていないなら、こいしを貰うなんてしない。
「…なぁ、幻香。今更なことなんだが、一つ訊いていいか?」
「いいですよ?」
少し顎に手を添えて眉間に皺を寄せながら考えた萃香が、おもむろに訊ねてきた。
「あんたは、嘘吐きか?」
「はい。嘘吐きです」
「…救えねぇな、本当に」