東方幻影人   作:藍薔薇

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第370話

わたしの答えに苦笑いを浮かべた萃香が、勇儀さんに報告をしに行くと言ってわたし達の元を去っていくのを見送る。わたしが嘘吐きなんて、本当に今更な話だよね。…けど、まぁ、萃香相手に嘘を吐くのはあまりなかったかもなぁ。

 

「…お前、よくもまあ目の前で言えたなおい」

「そうですか?お互い分かり切ってたことの確認でしょ」

 

まぁ、正直者は正直者ゆえに正直者と答え、嘘吐きは嘘吐きゆえに正直者と答える場面だ。わたしが嘘吐きと答えるのは、どう考えても矛盾する。けれど、それでいい。外側がないくせに表も裏もある存在が、気紛れに正直に答えただけの話。辻褄が合わないくらいでちょうどいい。だってわたしは虚言も妄言も平然と吐く嘘吐きなのだから。隠し事の百や二百くらい、嘘八百に比べれば些細なものだ。

 

「けど、あの時の勇儀さんは隠し事なんざ気にしない、みたいなこと言ってたのになぁ」

 

腹に一物あろうと、脛に傷があろうと、後ろ暗いことがあろうと気にしない。そう言っていたはずなんだけどなぁ…。それなのに、勇儀さんは隠し事が嫌いと萃香が言う。萃香がそんなつまらないことに嘘を言うとは思えないし、ちょっと不思議だ。

そう呟きながら目玉の唐揚げが売っているお店に足を向けると、わたしの隣まで駆けてきたフランが何気なしに答えた。

 

「立場と本音の差じゃない?えーっと…、あれだよ、あれ。例えばさぁ、レミリア。紅魔館の主としてつまんない見え見えの見栄っ張りな威厳振る舞ってるけど、普段はただの吐き気がするほどむかつく吸血鬼だよね。あんな感じでしょ」

「…そ、そうですね。そんな感じ、なのかなぁ」

 

…思わぬ場面でフランとレミリアさんの関係が致命的に破壊されたことをフラン自身から見れてしまった。絶縁したとは聞かされていたし、フランが今までの名前すら捨ててしまったことも知っていた。…これは、思ったより深刻だなぁ。レミリアさん、かなり悲しんでそうだなぁ。…ま、どうでもいいや。自分の妹に刃を向けるような姉だったし。

何となく妖精という括りの中で上の立場にいる大ちゃんに目を向けると、微笑みながら軽く手を振られた。…あぁ、彼女はそういう食い違いはあんまりなさそうだね。

 

「そうよねぇ。縦社会なんてうんざり。上下関係なんて真っ平よ」

 

フランの答えに突然同調したのは、はたてさんだった。…けど、ちょっとズレてるような?

 

「下っ端はこき使われて、上司に媚びへつらう。責任逃れのために無理矢理濡れ衣着せられたのを、貼り付けた笑顔が貼り付いたまま剥がせなくなったのを、自分のために周りを落とすのを、私は知っている。この目で見て、この手で写したもの」

「…それは、とても悲しいですね…」

「仮に私が上に立ったとして、私はそんなの御免だわ。上に昇ってもいつ下から突き殺されるか分からないし、いつ横から崖に押し出されるか分からないし、いつ上から押し潰されるか分からない。そんな窮屈で綱渡りな立場は嫌」

「うげ、天狗の連中は面倒なことになってんだな…」

「上に立つ者はそれ相応の責任と代償を払ってる?幸福と不幸は皆平等?ハッ!んなわけないでしょ。上の連中がどれだけ責任と代償があろうと、こっちには関係ないわ。幸福と不幸を互いに打ち消し合えると思えるなんて、とんだ幸せ者ね」

「少なくとも後ろ半分は同意しますよ。善行と悪行は積み重なるだけですよね」

「かといって縦社会から外れても。決して外には出さない。好きなだけ排斥するくせに、その枠組みから逃れられない。私は自由に羽根を伸ばしたかったのに、その羽根をもがれる環境は耐えられない」

「…分かるよ。勝手に幽閉とか耐え難い苦痛だよね。外を知ると、特に」

「誰かが勝手に決めた立場の所為で私の決断を捻じ曲げないといけないなんて、私なら死んでも御免よ。…もう二度と、あんなところに戻ってやるものか。逃げ切ってみせる。追い返してみせる。覆してみせる。私の自由のために」

 

そこではたてさんは言葉を一度区切り、ドロリと融け落ちそうな熱の籠った視線をわたしに向けた。…いや、あの、熱いです。もうちょっと冷静になってください。

 

「んーと、長々と熱く語ってくれたけどさぁ、つまり立場が本音を覆すのは馬鹿みたい、ってことでいいの?」

「そそ!そういうことよ!だからさぁ、旧都の上に立つ者としての勇儀は隠し事を容認しても、実際本人は隠し事嫌いなんでしょ?私だったら嫌よ、そんな立場。どれだけ堂々と闊歩出来ても、そこに自由はないじゃない」

 

そう言い切って笑うはたてさんの言葉に、少しだけ納得した。彼女がわたしに自由を求めた理由。はたてさんと二人切りという押し付けられた立場にわたしを置かなかった理由。

けれど、わたしは自由に生きていられているのだろうか?地上でわたしは自由だったか?地底でわたしは自由だったか?これから先でわたしは自由でいられるか?改めて考えると、分からない。…自由って難しいなぁ。

 

「あー、もういっそ帰るの止めて幻香と一緒にいようかしら…」

 

そんな割とどうでもいいことに引っ掛かっていると、爆弾発言が耳に飛び込んできた。その言葉の意味を頭で理解し、その結果どうなるのか想像し、わたしは困惑する。あれ?前に言ってたこととちょっと違わない?

 

「あっ!ズルい!それなら私だってここに残りたい!」

「えっ、フラン!?急に何言って――」

「だってお姉さん、地上に戻らないかもなんでしょ?だったら、私は少しでも一緒に話して、遊んで、隣にいたい。…ねぇ、駄目?」

 

そんなフランの期待に満ちた目を向けられ、わたしは考える。フランを地上に帰した場合、地底に残した場合、どうなるだろうか。はたてさんを地上に帰した場合、地底に残した場合、どうなるだろうか。そして、わたしが地上に帰る可能性、地底に留まる可能性、別の世界に足を踏み入れる可能性。頭を急速回転させ、そんなもしもを並べていく。

 

「駄目。はたてさんもですよ」

「そっか。…あーあ、残念だなぁ」

「うん。幻香が言うなら…」

 

そして、わたしは答えを出した。フランもはたてさんも、地底に残すわけにはいかない。そうして欠けた存在が、わたしの存在に繋がりかねないから。さらに言えば、こうしてここに来たこと自体が既に危険だ。妹紅、フラン、大ちゃん、はたてさん、そして萃香。この五人が一斉にいなくなった事実から、もしかしたら地底に結び付けられるかもしれない。

そこまで考えたわたしは、フランの肩に手を添えた。フランと顔を合わせ、ゆっくりと口を開く。

 

「必ず戻りますから。別の世界に行くとしても、その前に地上へ。だから、待っててください」

 

こうして一度バレてしまったなら、次バレるのはきっとすぐだ。百年以上地底を隠れ蓑にするのは、おそらくもう不可能だろう。だから、わたしはさっさと決断しなければならない。

なら、ちょうどいい。頃合いを見つけて、わたしは一度地上に戻ろう。地上で居場所を無理矢理見出すとしても、地底で居場所を無理矢理見出すとしても、別の世界の入り口を見つけてそこがわたしの居場所となるとしても、必ず舞い戻ろう。今、決めた。

地上でやり残し、一人の少女を生贄にし、無様な負け逃げをした、歴代最強の博麗の巫女である博麗霊夢との再戦が残されているんだから。キチンと勝利をもぎ取って、後腐れもなく終わらせよう。そして、その先にあるかもしれない自由を謳歌させてもらいましょうか。

ゆらゆらと優柔不断に揺れていた意思がようやく目的を定め、それに伴って決意が満ちるのを感じる。この目的のために、わたしはまず何をするべきか?…とりあえず――

 

「痛っ」

「まどかさん。ここで難しいことを考えないでください。旧都の皆さんの邪魔になっちゃいますから」

 

大ちゃんが軽く当てた手刀を眺め、わたしは小さくため息を吐く。…まぁ、確かにその通りだけど。

ひとまず考えることを止め、この話の前に目的地として定めていた目玉の唐揚げを売るお店に改めて足を伸ばすことにした。

 


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