帰路の途中にあったお店で食べれそうなものをいくつか皆で購入しつつ、わたし達は地霊殿へと戻ってきた。手持ちの金がほとんどなくなったけれど、普段使わないのだからなくなったことに対して特に思うことはない。強いて何か言えと言われれば、ようやく使えた、とだけ。
買った食べ物は即席で創った皿代わりの板を机に並べ、祷類ごとに分けて置いておく。どうぞ、好きなものを好きな時に手に取って食べてください。
「これこれ!ほら、食べてみてって!」
「え、何こ――むがっ…うっ!酸っぱ!」
こいしがあの酸味を濃縮した菓子をフランの口に捻じ込んでいるのに苦笑いを浮かべつつ、わたしは引き出しの奥に仕舞ってある本物の金剛石を手に取る。
「さぁて、創るか」
空間把握をして分子構造を頭に叩き込みながら一つずつ創っていく。…四、五、六、…あ、これ以上はやばいかも。あと一つくらいはどうにか創れそうだけど、それをしたら妖力枯渇で倒れる気がする。多分。
一度深呼吸をし、残された妖力に意識を向ける。…うん、ほぼ一割。目を瞑り、腹の奥に力を込める感じで妖力回復を促していく。体力を絞り、新たな妖力へ変換していく。…あ、思ったより疲れるなこれ。全力疾走を延々と続けている気分だ。体力ガリガリ削られて持ってかれてる。
嫌な汗が額から滲み出るのを感じながら、新たな妖力から次々と金剛石を創っていく。眉間の奥がズキズキと響くような痛みが警鐘を鳴らしているが、そんなもの知ったことか。わたしは限界まで創り続ける。とりあえず、一回倒れるまでやっておこう。
「…あっ」
プツッと何かの糸が切れたような感覚。それと共に全身に張り詰めていた力が一瞬にして途切れ、フラリと体が傾く。咄嗟に体を直そうとするがそれすらも出来ず、そのまま無抵抗に床に倒れ込んだ。体が新たな熱を作ることを放棄し、徐々に冷えていくのを感じる。五感が遠ざかっていき、周りで何が起こっているのかよく分からない。…あれ、これって死ぬちょっと前のやつじゃない?
やってしまったかなぁ、と思っていると、肩の辺りから優しく暖かなものを感じ、そこから僅かだが活力が生まれてくる。持ち上げるのも辛かった瞼をゆっくりと開くと、そこには心配そうな表情で見下ろす大ちゃんとその後ろで呆れている妹紅、落ち着きのないフランと妙にニコニコ笑っているこいし、顔面蒼白で今にも死にそうなはたてさんが見えた。…えっと、どんな状況?
「…幻香さん、大丈夫ですか?」
「あ、うん。…大丈夫、かな?」
わたしの肩に手を添えて淡い黄緑色の光を当て続けている大ちゃんにそう訊かれ、とりあえずゆっくりと起き上がる。体中が酷くだるくてしょうがないが、死ぬ間際みたいな状況からは脱したのでそう答えておく。
「大丈夫、お姉さんッ!?」
「うわっ。…えぇ、大丈夫ですよ、はい」
跳びかかってきたフランを何とか受け止めつつ、もう一度大丈夫だと返す。そう思いつつ、やんわりとフランを剥がして隣に座らせた。すると、大ちゃんが添えている肩とは逆側に体を寄せてくる。…あの、今のわたしだとその体重も結構辛いんですが…。早速だけど前言撤回。まだ大丈夫じゃないです。もう少し妖力か体力をください。…複製回収はなしの方向で。
倒れた拍子に創った金剛石が派手に散らばってしまっており、その個数を数えてみると十九だった。妖力体力共にほぼ限界まで使い切って創ってこれだけか…。妖力が全快だったならば、二十個以上創れたなぁ。…うん、ちょっと少ない。
両脚が届く距離に散らばった金剛石を足の指でどうにか摘まんで拾い集めていると、こいしが他の金剛石を拾ってくれた。ありがとね。そのままこいしは集めた金剛石で小さな山を作ると、妹紅のとても大きなため息の音が聞こえてきた。そのため息は明らかにわたしに向けたものであることが嫌でも分かる。
「幻香、お前何やってんだよ?」
「え?金剛石の複製の量産」
「何のために?」
「魔界に妖力を流すための下準備、かな?」
「その下準備で死にかけてどうすんだ。本番迎える前に死んだら意味ないだろ」
その言葉の終わり際に、わたしの額に鈍い痛みが走った。…ちょっと痛い。軽く拳を当てられた額を擦り、ちょっとやり過ぎたかなぁ、と反省する。流石に血が出たり骨に罅が入ったような感触はないから、放っておけば痛みも引くだろう。
「前にも言ったじゃないですか。無茶しないでください、って。まどかさん、忘れちゃったんですか?」
「…いや、忘れてはいませんが…」
「だったら、しないでくださいよ…っ。突然倒れて、皆心配したんですからね」
淡い黄緑色の光を止め、わたしの目と鼻の先に人差し指を出した大ちゃんにそう怒られた。…うん、ごめん。こればっかりはわたしが悪かった。反省してます…。
大ちゃんの献身的な回復によって大分楽になったけれど、また創ろうとすればどうなるかなんて考えなくても分かる。流石に今日はもう止めておこう。
その代わりに、魔界含めた別の世界について考えてみる。とは言うものの、そう簡単にポンと出てくるものではない。…こういう時こそ膨大な知識を有するパチュリーに訊きたいけれど、生憎そんなことは出来ない。まさか、こんな至極個人的な用事のために地上と地底の不可侵条約を破らせてまでパチュリーをこちらに呼び寄せるわけにもいかないし…。
「あ、そうだ。お姉さん」
「…どうしました、フラン?」
そこまで考えたところで隣にいるフランに声を掛けられ、思考を一旦切り捨てる。無理そうだっし、ちょうどいい。
「魔界のこと調べてたよね?…地上に帰ったらさ、パチュリーに訊いてみるね」
「…まぁ、別に構いませんが…。けど、それって意味あります?」
「あるよ」
そう自信満々に断言されるが、わたしとしては首を捻ることしか出来ない。だって、それってフランがまたこっちにやって来るってことでしょ?駄目だよ。そんなことさせるつもりないから。地上の連中にバレたら困るし、ここまでくる道中で地底の妖怪達に何をされるか分からないし。
そのことを伝えると、フランは笑いながら分かっている、と返した。流石にフランもこの程度は分かっていたらしい。
「パチュリーなら、大丈夫だよ。幻香に伝える手段、もうあるからね」
「…え?地底に下りずにですか?」
「うん、そうだよ。…だからさ、パチュリーに幻香が生きていること、ここにいることを教えてもいい?」
そう訊かれ、わたしは考える。確かに、さっきまでパチュリーの知識がほしいと思っていたところだ。けれど、わたしが地底にいることをパチュリーに知られることになる。そこから他の地上の連中バレる可能性は?パチュリーはこのことを隠し通せるのか?伝えた場合と伝えなかった場合を並行して考え、そして結論を出した。
「…いいですよ」
色々考えたが、きっと大丈夫だろうと判断した。もう既に五人にバレているし、ここから先さらにバレる可能性が急上昇してしまっている。今更一人増えたところでなんだ。それに、基本的に大図書館から出ないパチュリーならば、秘匿すべき情報が漏れる可能性も低いだろう。それに何より、わたしがフランの破壊衝動を喰らったことを伝えても漏らさず口を閉ざすことが出来るパチュリーなら、隠すべきことを隠し通せる。わたしは、そう信じてる。
「ならよかった。それでね、そのために必要な髪の毛貰っていい?」
「髪の毛…?」
「そ、髪の毛。先っぽだけでもいいみたいけど、根元からあるといいかな」
唐突に髪の毛が欲しいと言われ目の前にある前髪を弄りながら困惑したが、ふと思い浮かぶものがあった。忌々しい記憶も一緒に流れてくるが、それは顔に出ないように抑え込む。
「…呪術…、いや、黒魔術」
「あ、知ってたんだ。パチュリーね、元々専門外だった黒魔術が大体出来るようになったみたい。今は自己流に改良してる、って」
「それでわたしに伝えられると?」
「そういうこと。元々黒魔術が一方的であることに特化してるから、会話も一方的みたいだけど」
パチュリー出来ると言うのなら、おそらく出来るのだろう。…正直、呪術に近しい黒魔術はちょっと怖いけれど。そんなことを考えながら皮袋を創造しつつ、後頭部の髪の中に手を入れて根元から数本引き抜く。ついでに鋏を創り、少し伸びてきた前髪を乱雑に切ってそのまま皮袋の中に落としていく。…ま、このくらいあればいいでしょ。
「はい、どうぞ」
「…こんなにいらないと思うけど、まっいっか。パチュリーにちゃんと渡すからね」
「パチュリーにも伝えておいてください。一年以内に再び帰る、と」
「!…うん、分かった」
ここにわたしがいるのがバレるのは時間の問題だと思っている。ならば、出来るだけ早い方がいい。だから、一年以内に全て終わらせてやる。