東方幻影人   作:藍薔薇

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第373話

「あ、幻香。おはよっ」

「ん…、おはようございます、はたてさん」

 

寝起きのまま部屋を見渡すと、人数が少なく感じた。こいしは自分の部屋に戻ったとして、後は机に腕枕をして眠っている大ちゃんしかいない。…妹紅とフランは何処へ行ったのだろう?

 

「あの、妹紅とフランは何処に行ったか知りませんか?」

「幻香が寝てる間に萃香が窓から現れて、そのまま妹紅を連れて行っちゃったわよ。それからしばらくしてフランが急に慌てた様子で地上に帰る、って言って一人で出て行ったわ」

「一人で?…あぁ、そういうこと」

 

きっと、こいしと一緒に出て行ったのだろう。パチュリーにいち早く事情を伝えるためだろうか?…いや、それなら急に慌てることはないか。出来るだけ早く地上に戻らなければならない事情でも思い出したのだろう。

何となくフランに手渡した賽子が入った皮袋を思い浮かべると、かなり遠い場所にあることが分かった。その場所は上方へ伸びているため、もう地上に辿り着いているのだろう。

 

「ありがとうございます、はたてさん」

「困ったことがあればいつでも言ってね?私に出来ることなら何でもするわ」

 

そう言って微笑むはたてさんだけど、わたしはそこまで何でもかんでも頼むつもりはない。困ったら頼ってほしい、とは言われた。けれど、多少の困難で誰かに頼ってばかりでは、成長が滞りかねない。困難とは壁であり、乗り越えるべきものだ。そう簡単に誰かに引き上げてもらうものではない。

 

「そうですね。何かあったときは、頼らせてください」

 

…まぁ、そう思うだけでわざわざ口にするつもりはない。けれど、あの念写能力にはいつか頼ることになりそうだ。情報収集とかで。

そんなことを考えていると、トントンと扉を叩く音が聞こえてきた。その音で大ちゃんがモゾモゾと動き始めるのを見つつ、ベッドから出てガチャリと扉を開けた。そこには、さとりさんのペットがわたしを見上げていた。用件は既に察している。

 

「幻香さん。頼まれていたものが完成しましたので、お届けに来ました」

「ありがとうございます。…あれ、二着も出来たんですか?」

「はい。一着に半分程度しか使わなかったので、せっかくだからと。あと、これは余った糸です」

 

そう言われ、フェムトファイバー製の服二着と、ほんの少し余った繊維を受け取った。余った繊維のほうは、糸巻き棒と一緒に即座に回収する。今は少しでも妖力が欲しい。

用件は済んだので、と言ってお辞儀をして去っていくさとりさんのペットを見送ってから扉を施錠する。

 

「…ふむ、思ったより早かったかな?」

「それ、数日前に採寸してた?」

「え、何で知って――あー、はい。そうですよ」

 

はたてさんが地霊殿に来る前の事なのに、と思ったが、念写でもしたのだろうと察する。下手したら、わたし自身よりもわたしがやってきた行動について詳しいかもしれない。やはり、彼女を敵に回すのは危険だ。…実際敵になるかどうかは、正直分からないけれど。

そんなことを考えながら、早速この服を着てみることにした。上着をさっさと脱ぎ捨て、先程受け取ったばかりの新たな服を身に付ける。…うん、思ったより普通だ。生地が非常に薄く、触ってみるととても滑らか。この感じは服と言うより肌着かな。この上に普段通りの服を着ても特に支障はなさそう。

 

「…あとは耐久性かなぁ」

 

繊維があのフェムトファイバーだし、多少はあると思うけれど、どの程度まで大丈夫だろうか?不意討ちで背後から斬られたとして、突き刺されたとして、この肌着はわたしをどれだけ守ってくれるだろうか?

…あぁ、なんだ。もう一着あるじゃないか。それで調べればいいんだ。そう思い当たり、もう一着の肌着をわたしの体の形を把握して創った複製(にんぎょう)に着せる。

 

「んん…。おはようございます、まどかさん…」

「あ、おはようございます、大ちゃん。ちょうどいい。ちょっと危ないですから、離れててくれませんか?」

「へ?…あの、その刀は…?」

「創った」

 

刀を手に、複製の前に立つ。目覚めたばかりの大ちゃんがそそくさと離れていったのを確認してから、わたしは肌着に向けて軽く袈裟斬りを振るう。複製にはそのままの態勢を出来るだけ維持するようにわたし自身が操作し、肌着は刀による斬撃を受けた。グッと抵抗を手で感じ、肌着から先に進むことが出来ていない刀。…ふむ、この程度なら受け止められるらしい。…まぁ、斬られなくても鉄の棒を叩き付けられるようなものだから滅茶苦茶痛いだろうけど。

続いて、刀を持ち替えて刺突を繰り出す。僅かに刺さった感触はあったが、切っ先が生地の隙間をほんの少しだけ広げて先端が刺さっただけで、肌着が斬れたわけではなかった。皮が切れて血は流れそうだが、その先にある骨や内臓までは届かないだろう。…まぁ、刺されなくても鉄の棒で突かれるようなものだから滅茶苦茶痛いだろうけど。

 

「…ふぅ。こんなものかな」

 

それから何度も刀を振るい続けていったが、どうやらわたしの素人染みた剣術ではこの肌着を斬ることは出来なさそうだ、という結論に至った。繊維一本ならばよく研いだ鋏で何とか切れるのだが、こうやって編み込まれるとやはり強度は増すものなのだろう。少なくとも、外傷を抑えるくらいはしてくれそうだ。

刀と肌着を着させた複製を回収し、刺突によって僅かに広がった部分を指でどうにか戻す。…うん、まぁ、こんなもんでしょう。刺突はちょっと不安だけど、斬撃なら問題なさそうだし。

 

「ふふ…。思ったよりいいものになったかも」

「あの、その肌着は一体何なんですか?」

「さっき出来上がったものでね、ちょっと強い生地で出来てるだけのただの肌着だよ」

「ちょっと…?」

 

大ちゃんは首を傾げているが、こんなものは月の都で複製した服に比べれば相当ショボい。あの頃のわたしでは具体的にどうやって創ればいいのか全く理解出来ないまま分子構造そのままで複製したから、今になって再現することも出来ない。あんなものが兵隊全員に支給されていると考えると、やはり月の技術の高さが伺える。わたしが使っている技術なんて、その初歩もいいところだろう。

もう一度月に行けたりしないかなぁー、なんて無理難題が頭を過ぎったとき、突然爆音が鼓膜を大きく振るわせた。

 

「キャッ!?」

「何事ッ!?」

「…旧都からみたいね」

 

すぐさま窓を開け、そこから顔を出して旧都に目を遣る。そして、旧都の一角が丸ごと吹き飛んでいるのが見えた。…うわぁ、また建て直しの仕事が増えてるよ。今後は何があったの…?

 

「…はたてさん、あそこで何があったか分かりますか?」

「幻香…。うん、任せてっ!」

 

意気揚々と二つ折りの機械を弄り始めるはたてさんを見遣り、わたしはため息を吐く。わたしが自分の脚で見に行けばいいのかもしれないけれど、関係のないことに首を突っ込みたくない。空間把握でもして調べればいいのだろうけれど、今はその妖力が惜しい。なら、はたてさんの念写に頼るのが一番いいだろう。うん。…いつかと思ったこと、今になっちゃったよ。

 

「…妹紅と勇儀が戦ってるみたいね」

「はぁ?…ちょっと見せてくれませんか?」

「いいわよ、はい」

 

はたてさんから受け取った写真を見てみると、確かに妹紅が勇儀さんの身体に潜り込んで肘鉄を心臓部に突き出している。他の写真も見てみると、勇儀さんが妹紅に蹴りを真っ直ぐと突き出していたり、妹紅が勇儀さんの背後に回り込んでいたり…。そして、その写真の背景にも鬼含めた地底の妖怪達が囲んでいるように見える。数ある写真の一枚には、萃香がニヤニヤ笑いながら瓢箪を煽っている。…どうやら、二人は喧嘩でもしているようだ。

 

「…ちょっと、見に行ってきますね」

「いってらっしゃい、まどかさん」

「そう…。幻香、行ってらっしゃい」

 


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