東方幻影人   作:藍薔薇

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第374話

窓枠に足を掛け、一気に跳び出す。着地する際に地面から来る衝撃を前方へ流れるように受け、そのまま速度を落とすことなく地霊殿から旧都へ駆け出した。視界に映る妖怪達を見遣り、これからどう動くか推測し、一応接触しないように走り抜けていく。悲鳴を上げられたり怒鳴られたりされるが知ったことか。無視だ無視。

近くで破壊の音が響く。そこに妹紅と勇儀さんがいるはずだ。地面から屋根へ、屋根から屋根へ跳び、宙にいる間に目的の場所を探す。…あそこか。うへぇ、家々が丸ごと崩壊してるよ。あ、萃香も近くにいる。

それなりに長い一本のガラス棒がわたしを貫通するように創造し、跳ぶ方角を萃香がいる方角へ弾かれて無理矢理変更する。弾き出された瞬間にガラス棒を回収することも忘れない。

空中で態勢を整えつつ着地。そのまま真っ直ぐと駆け出し、人垣を大きく跳び越えて戦闘中の妹紅と勇儀さんの遥か上を通り、胡坐をかいて瓢箪を煽いでいる萃香の隣にスタリと下りた。

 

「うおっ。…何だ、幻香か」

「どんな状況ですか?」

「見りゃ分かるだろ?喧嘩だよ、喧嘩」

 

そう言われ、改めて二人の戦闘を見遣る。勇儀さんが突き出した右腕を妹紅が裏拳で外側へ弾き、その隙に空いた胴体に潜り込みながら拳を捻じり込んでいる。…んー、効いてはいるけれど、有効打とは言い難い感じかなぁ。

そんなことを思いながら、妹紅の動きを頭の中で思い描く。そして、その動きをわたし自身が出来るか少し考えてみる。…うん、出来そうかな。ちょっと粗悪になりそうだけど。

 

「これ、妹紅勝てると思いますか?」

「死合ならともかく、試合なら無理だろ」

「ですよねぇ…」

 

わたしとしては是非とも妹紅には勝利してほしいとは思っているし、技術では勝っているのだろう。けれど、勇儀さんは妹紅の攻撃を防御せずに受け止め、そして耐え切っている。鬼ってのはかなり頑丈だからなぁ…。こればっかりはどうしようもない。

妹紅が大きく跳び退って距離を取り、一瞬前までいた場所に勇儀さんの左脚が振り上げられる。妹紅が遠くに着地すると同時に、勇儀さんが左脚を大きく踏みしめて地面を抉りながら真っ直ぐと跳び出した。蹴り出した地面が爆ぜ、細かな土がこちらに飛び散る。…うわ、これ結構痛いんですけど。

 

「じゃあ、どうして二人が喧嘩を?」

「勇儀が求めたからさ。これでキッチリ妹紅との決着を付けるんだと」

「必勝の茶番にしかならないのに?」

「言ったさ。結果は見ての通りだよ」

 

勇儀さんの拳を妹紅が真っ直ぐと受け止め、そして逆側の腕で勇儀さんの顔面を殴り付けた。何と言うか、受け止めると言うより受け入れた感じなのが少し引っ掛かったけれど、それでも勇儀さんは笑っている。嬉しそうに、楽しそうに、腹の底から笑っていた。

 

「はっはっは!やっぱ期待以上だよ、あんた!いいねぇ、もっと本気を見せろ!」

「だから言っただろうが!どうせ勝てねぇって!技術で穴埋め出来る程度の差じゃねぇんだよ!」

「いいや、あんたは強い。もしかしたらこのまま私に勝てるかもしれないくらいにな。何せ、こっちの攻撃は一つも入っちゃいねぇ」

「そりゃ一撃でお陀仏だからなぁ!」

 

…うん。わたしもそう思うよ。あるいは、妹紅が自分の身体の損傷をお構いなしに全てを攻撃一辺倒にして『攻め』のみにしてしまえば、勇儀さんに勝てるかもしれない。いくら傷付いても、たとえ死んでも元通りに戻ってしまうのだから、何時間も何日も地味に削り続けて勝利することが出来るかもしれない。けれど、それは流石に喧嘩でやってはいけない事だろう。

 

「…ちなみに、この喧嘩の賭博はどうなってます?」

「知らね。けど、チョコマカ走り回ってるのがいたからやってるだろ。ま、やってるとすれば勇儀に賭けたのがほとんどだろうなぁ」

 

そう言って萃香は瓢箪を煽ぎ、妹紅は勇儀さんの攻撃を往なす。往なした衝撃がそのまま周りの家々を破壊していくが、その原因である二人は、そして観戦している妖怪達も気にしていなさそうだ。…あぁ、建て直しする妖怪達は苦労しそうだなぁ。

そんなことを思いながら、わたしは妹紅の往なす動きを模倣する。えぇと、こんな感じだったよね。…まぁ、実際にやったらあそこまで上手くいくとは思えないんだよなぁ。手の甲とか罅入りそう。

 

「なあ、幻香」

「どうしました、萃香?」

「妹紅から度々聞かされてることなんだが、あんたは相当強くなれる素質があるそうなんだよ。…どうだ、実感くらいないか?」

「素質ぅ?…ないですね。欠片も、微塵も、これっぽっちも」

 

わたしにその手の才能、つまり天賦の才とは無縁だと思っている。そういう言葉は、あの博麗霊夢さんにこそ相応しい。わたしは、ただ単に積み重ねて、それらしく誤魔化して、ほころびを取り繕って、それらしく見せているだけなのだから。

山を崩す怪力も、音を置き去りにする速度も、奇想天外な能力も、皆を引き付ける素質も、広大な人脈も、伝説となる名声も、何もかもが足りていない。才能ある存在なら手軽に持ち得ているものを、わたしは残念ながら持ち得ていない。わたしにあるのは創造能力と忌み嫌われる素性と悪声くらい。その代わりに、わたしの周りはわたしなんかより凄い人ばっかりだ。

 

「けれど、一つ言えるとすれば、妹紅がそう言うなら、わたしなんかにもそんな素質があるんだろうな、ってことですかね」

 

以前、妹紅に言われた。出来るはずのことが出来ないように感じる、と。あの頃はまだ複製止まりだったのだが、今では言われた通りに創造を出来るようになっている。それを見抜いた妹紅がそう言うのなら、きっとあるのだろう。実感のない素質とやらが。

そんな曖昧なことを言いながら微笑むと、萃香はニヤリと笑いながら瓢箪を一気に煽いだ。

 

「妹紅、言ってたぜ。想像以上の速さで強くなってる、って。私としちゃあ、ちょいと気になってんだよ」

「…はぁ。わたしなんてまだまだですよ?期待外れもいいとこだと思いますが」

 

何せ、今目の前で勇儀さんと喧嘩をしている妹紅より弱い。その時点で基準点を大きく下回る。

そう言いながら、先程妹紅が勇儀さんに放っていた両手を大きく広げた平手を同時に叩き付ける動きを真似する。全身に隈なく衝撃が走っていたけれど、あれだけ綺麗に出来る気がしない。何度か反復練習すればちょっとくらい出来そうな気がするけど。

両手をどう広げればいいだろうか、と思いながら自分の手のひらを眺めていると、萃香がケラケラと笑いながら言い放ってきた。

 

「そう自分を卑下すんなって。ま、あれだ。あの喧嘩が終わったら、今度は私と喧嘩しような」

「え?…いや、え?…あの、本気で言ってるんですか?あれ以上の茶番にしかならないでしょ絶対に!」

「大丈夫大丈夫、安心しろって。死なねぇように手抜かりなくキッチリ手ぇ抜いてやるからさ。それに、喧嘩はここの娯楽だからな。スペルカード戦したときみたいに気楽に構えてくれよ」

「…まぁ、いいですよ。やりましょうか、喧嘩」

「おっ、ありがとよ。実はな、あの頃から再戦を結構楽しみにしてたんだぜ?」

 

瓢箪を煽ぐ萃香にそう言われると、不思議と悪い気はしない。少しだけだけど、楽しみになってくる。わたしの現状の本気を出してみて、高い壁を感じておくのもいいだろう。

両手を組んで上に大きく伸ばしていると、勇儀さんの蹴りの衝撃波がこちらまで届き、伸ばしっぱなしの髪を大きくなびかせた。…萃香もあのくらいの攻撃を仕掛けてくるんだろうなぁ。妹紅は両脚で踏ん張って耐えているが、わたしはどう対処すればいいのやら。

わたしは心の中で妹紅を応援しつつ、この後でやることになった萃香との喧嘩に備えていた。

 


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