「旧都はともかく、窓直せとかおかしいだろ。んなもん買えよ。金なら無駄にあるだろ?」
「知るかよ。意外と財政難かもよ?」
「いや、そりゃねぇな。ここには使わねぇ金銀宝石がゴロゴロあるんだよ。最悪、それを売っぱらえばいくらでも金に出来る」
「へぇ…。盗む気はないが、気にはなるな。そんな風にゴロゴロ置かれた部屋を一度見てみたい」
「…あのさ、喋ってないでさっさと直してほしいんだけど」
わたしが目を瞑ってベッドで横になっている間に、代償として萃香と妹紅は蹴破った窓を嵌め直しをさとりさんに指示されたようだ。ついでに旧都の喧嘩跡地の建て直しもやるように言われたらしい。扉がないことも相まって、廊下で萃香が愚痴ってたのが直接聞こえてきた。
気付いたら、はたてさんはわたしに抱き付いたまま寝てしまった。顔を向けると、非常に嬉しそうな寝顔を浮かべている。そんな彼女を起こすのは流石に忍びないので、わたしは動かないほうがよさそうだ。…まぁ、元から休むつもりなんだけども。
「大ちゃん」
「はい、何でしょうか?」
「いつ帰りますか?」
「んー、ちょっと心配な方が二人もいますからね。放っておけないんですけれど、早く戻らないとチルノちゃん達が心配しそうですし…」
心配な方?…まぁ、一人はわたしでいいとして、もう一人は誰だろう?そう思っていると、大ちゃんの視線が若干はたてさんに寄っていくのが見えた。…あぁ、もう一人ははたてさんですか。わたしが言うのも何だけど、ちょっと変なところあるからね。
そこまで言うと、大ちゃんは考え始めた。わたしが訊いたいつ帰るかについて考えているのだろう。わたしも少し同じこと、地上に戻るのはいつになるのかを考える。わたしの居場所と成り得る場所を見つけたら、と思っているのだが…。とりあえず、別の世界候補の一つとして挙がっている魔界に関してはフランを介してパチュリーに任せるとして、他の可能性も考えておこう。…とりあえず、冥界は止めておこう。妖夢さんと幽々子さんがいるし、何よりあの閻魔様が現れそうだ。月の都も無理そう。行き方がよく分からないし、そもそもわたしを受け入れてくれなさそう。天界はよく分からない。名前しか知らないのだから、しょうがない。外の世界は一応幻想の存在であるわたしが出たら消えてなくなりかねないので一応却下。問題は、それ以外の世界の存在の有無。正直言えば、ないと困る。魔界が駄目でしたとなったとき、それでお終いになってしまう。だから、どうにかして調べなければいけない。そのためにわたしがやることは、認識出来る次元軸を増やすこと。百次元を目標に掲げたけれど、それで足りるだろうか?
「…あの、まどかさん?」
「え、はい。何でしょう?」
「いつ戻るかなのですが、はたてさんと一緒に戻れたらと思っています。何と言うか、彼女を一人にするのが心配なんです」
一人でい続けた結果、思い詰めて自殺しようとしていたんだ。そのことを大ちゃんが気付いているとは思えないけれど、何処か別の部分でもちょっと壊れかけなところが多過ぎる。わたしなんかを生きる希望に置いてしまうあたりが特に心配だ。
「…まぁ、出来るなら時折顔を合わせてあげてください。彼女、色々と苦労が多かったみたいなので」
「のようですね。…ですが、天狗が住む妖怪の山にお邪魔するのは厳しく取り締まられているので、簡単にはいかなさそうです」
確かに、妖怪の山の上のほうに行こうとすると、あのおそらく超視力の妖怪が妖怪の山の領域だ、って言いながら剣と盾を構えて妨害してくるからなぁ。それ相応の理由があれば監視付きで容認されそうだけど、遊びに来たでは駄目そうな気がする。
それなら、迷い家へ入るための護符を創るか?ものの中にある情報を把握出来るようになった今のわたしならば、新たな護符を創り出せるはずだ。けれど、下手すれば変なのがくっ付いて来かねない。例えば、あの虚構記者とか。…まぁ、起きたらはたてさんに訊いてみるか。その前に、大ちゃんの意見を聞いておこうかな。
「はたてさんに迷い家に来てもらうのはどうでしょう?」
「迷い家ですか?けど、あそこは護符が必要ですよね?」
「今のわたしなら創れます。ですが、あそこにはフランと橙ちゃんが住んでるでしょう?勝手に訪れる人を増やしていいのかどうか…」
ついでに、あのスキマ妖怪の結界である迷い家に突如はたてさんが見知らぬ護符を手に侵入していることをスキマ妖怪が気付いた場合、何処かでわたしの存在まで辿り着いてしまうかもしれない。わたしが言うなと言えば漏らすことはない気がするけれど、うっかりわたしがここにいることがスキマ妖怪の式神の式神である橙ちゃんに伝わってしまう可能性だってある。何も知らないわたしの友達が、何故はたてさんが急に迷い家に訪れるようになったのか訝しむかもしれない。危険性なんて、挙げれば切りがない。
「私からは、何とも言えませんね。そもそもはたてさんが外に出てくれないと、護符があっても意味がありませんから。はたてさんにちゃんと訊いてください。…ただ、私の個人的な意見を言うとすれば、私達が集まりやすい場所の一つである迷い家の護符があれば、彼女が一人になりにくくなると思いますよ」
「…そうですね。ちゃんと利点欠点双方伝えて訊いてみようと思います」
わたしとしては、護符を創ってあげたい。生きる理由なんて、わたしでなくともいいはずだ。それを、もっと広い世界から見つけてほしいと思う。そのための一歩に利用してほしい。…ただ、創ってあげたところで、はたてさんが外に出ようという意思を持ったとして、それを許されるかどうかが問題だ。天狗の縦社会とは、何だか複雑そうな問題を抱えているみたいですし。
「よし、終わった。行くぞ、妹紅」
「おう。…なんか磨りガラスみたいなんだが、いいのか?」
「よくないよッ!――って!二人共待ちな!」
廊下から萃香と妹紅が外へ跳び出す音が聞こえてくる。お燐さんが慌てて止めようとしていたようだけど、二人は気にすることなく窓から飛び出したらしい。きっと、さっき愚痴っていた旧都の建て直しに行ったのだろう。その二人を追ってお燐さんも跳び出したみたい。…頑張れ、お燐さん。とりあえず、もしも二人が戻ってくるのが遅いようならわたしが代わりに創り直しておこうかな。
…さて、もう十分休んだだろう。少なくとも、疲労感や倦怠感はない。妖力量は大して変わっていないけれど、これからするのは頭の問題だ。妖力量は気にしないでいい。
三本軸に新たな軸を二本突き刺し、よりいかれた世界に意識を落とし込む。五次元の世界。物凄く変な感じだ。近くにいるはずのはたてさんが立体だか平面だか線だかよく分からない何かに見える。違和感しか感じないが、わたしはこの先に行かねばならないのだ。あと一本足せば、遂に点になってしまうのだろうか?…それはそれで、興味深いのと同時に恐ろしくもある。今までみたいに、慣れるまで新たな軸を増やさないでは、一年以内に百次元なんて無理だ。無理を押して、十本や二十本くらい軸を増やさねばなるまい。そう思い、わたしは新たな軸を一気に十本追加した。
「ッ!?」
思わず、息を飲む。荒れる呼吸を無理に抑え込もうとするが、どうにもそんな余裕はない。頭が軋む。破裂しそうだ。毛虫が頭の中で暴れまわっているようだ。数百万の針が突き刺さっている気分。これを維持しろ?ちょっと厳しくないか、これは?…流石に、十本一気は、無茶、だった、かも…?
「まどかさん?…ちょっと、まどかさんっ!?」
「んっ、何よ…。――え?幻香?ねぇ、ちょっと!」
声が、遠い、気がする。何か、言ってる?呼ばれてる?…よく、分からないや。