東方幻影人   作:藍薔薇

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第383話

やっぱり長引いてるなぁ…。空になった鍋や器がそこら中に積み上げられてるし、空になった酒瓶も足場がないくらい床に転がっているという酷い有様。顔を赤く染め上げた妖怪達は泥酔して呂律が回っていないし、机に突っ伏したり床に転がって眠っている妖怪までいる。というか、料理を作ってくれていた店主や料理や酒を運んでくれていた店員すらも気付いたらいつの間にやら参加して酔っぱらっている始末。おかげで運ばれた料理の味が濃いやら薄いやら…。まぁ、文句を言えるような立場じゃないし、他の妖怪達は酔っぱらってまともな舌じゃなくなっているだろうし、そんなことを言って水を差すのも悪いし、黙っておこう。

 

「だからぁ…、勝手にゃ行動されるとこっちが面倒食うんだからさぁ…」

「はいはい、そうですね」

「にゃんだとぉ…、人にょ話聞いてんにょかぁー…」

 

半分ほど残っている酒瓶を抱きながら絡んでくるお燐さんの言葉を話半分に聞き流す。さっきから似たような話ばっかだし、勝手な行動云々はこれで八回目だ。チラリと顔を伺ってみればさっきよりも赤くなっている気がするし、完全に酔っ払いの絡み酒だなぁ…。

既に見張りの役目を果たせていないお燐さんは放っておき、わたしは無謀にも萃香に呑み比べを挑んでいる妖怪達の様子を眺める。次々と酒瓶を空にして床に転がしていく萃香に対し、途中から顔色が悪くなっていく相手の妖怪。これはもう少しでぶっ倒れるなぁ、と思ったところで案の定背中から椅子ごと倒れていく。床に転がった空瓶が割れ椅子が折れる音が響くが、酒の回っている妖怪達にとっては笑いの種にしかならないらしい。

 

「にゃあぁー!人にょっ、話をっ、聞っけぇー!」

「あー、はいはい、聞きますから。水飲んで、水」

「んごぼぉっ!?」

 

氷が溶け切って少し温くなってしまった水を無理矢理口に流し込み、少し絵も酔いが醒めることを期待する。…まぁ、これだけ呑んでたら簡単には醒めないだろうなぁ、と思いながらお燐さんの足元に転がっている空瓶を見下ろした。

小さくため息を吐きながら水を飲み終えたらしいお燐さんを見遣ると、恨めしそうにジットリと睨まれた。いきなり飲ませたのはまずかったとは思うけれど、酔っぱらいの話に付き合い続けるのはなかなかきついんですよ。

 

「って、いきなり突っ伏してどうしたんですか…」

「うっ、ぐずっ…。うぅー…」

「え?泣いてる…?ここに来て泣き上戸…?」

 

突然肩を震わせて泣き出したお燐さんに、わたしはどうすればいいのかよく分からなくなってくる。少しだけ迷い、聞き流せばいいやという結論に至った。酔っぱらいの話は結局これに集約されがちだけど、おそらくもっとも正しい対処法だろう。

 

「幻香がさぁ、ぐすっ、旧都でにゃにかやらかすたびに、あたい達が奔走するんだよ…?この、うっ、苦労が分かるにょかい?分からんでしょうにぇえ!賭博だろうと喧嘩だろうと弾幕遊戯だろうと奇襲だろうとにゃんだろうとぉ!うっ、うぅー…っ、にゃんであたいが…。しかも、萃香達だって貴女が目的にゃんでしょ…。あたいにょっ!苦労にょっ!原因はっ!ぜぇんぶ!ぐずっ…、うーっ、貴女じゃにゃいかい!」

「あー、はいはい。好きなだけ吐き出してくださいな…」

「…最近はこいし様もあたいにょ事全然構ってくれにゃくにゃったしぃ…。うにゃー…、話してると何処かで、ぐずっ、幻香幻香幻香…。ズルいにゃぁ…、あたいだって、あたいだってぇー…。さとり様があたいの報告で、うっ…、頭抱える理由にゃんてさぁ…、ほっとんど幻香じゃにゃいかい!あたいだって伝えたくにゃいよぉ…。さとり様が辛いにょは、見てられにゃいんだよぉ…、うっ、ぐすっ…。最近お空にょ様子も変だし、もうやだぁーっ!うっ、うっ…」

「それは大変でしたね」

 

相当溜まってたんだなぁ…。これだけ溜まっていたことを、押し込めていたものを、容易く解放してしまう。やっぱり酒の力は恐ろしい…。

そして、その押し込められていたものがもう一つ溢れ出ている。それは本来溢れ出てはいけないもので、こんな酒に溺れた場であっても、聞く者が聞いたら酒の力も相まって欲望のままに潰されかねない危険なもの。

 

「ねぇ…、今の地上はどんな感じなんだい?ねぇねぇ」

「またかぁ?んー、今の地上はなぁ…。昔と比べれば大分平和だよ」

「昔ってどのくらいよ?どのくらい?」

「五百年くらいかね。…あれ、六百年だったかな?」

 

それは、地上への興味。わたしが下りてきたことで地上への恨みが再燃したのは確かだが、同時に不本意に地底に落とされた一部の者の渇望も浮かび上がったのも事実であることを、今更になって改めて思い知っている。そうじゃなければ、あんな好奇心に満ちた顔で妹紅に地上のことを訊くなんてことはしない。

なぁんか嫌な予感がするんだよなぁ…。萃香が地底に落ちて、地上に上がって、再び下りて上がろうとしている。知られてはいないだろうけれど、こいしは幾度と地上と地底を行き来している。わたしだって自ら地底に下りて、またいつか上がろうとしている。つまり、だ。これに追随する妖怪が出ても何らおかしくない。少なくとも、一輪さんや水蜜さんがそうだ。他の妖怪が同じようなことを考えていても、それは意外でも不思議でもない当然なことになる。

けれど、それは地上と地底の不可侵条約を穴ぼこだらけにすることと同義。あってないようなものになりかねない、非常に危険なこと。危険なこととか言っているけれど、正直に言えばわたしに危機感なんてほとんどない。しかし、旧都を治めているさとりさんはこれを知ったらどう思うだろうか?…まぁ、全く知らないとは言わないだろう。だけど、わたし程度が思い浮かぶことだ。…思い浮かんでしまったことだ。仮に知らなかったとしても、さとりさんと顔を合わせればいつか伝わってしまうだろう。そして、それをさとりさんがどう受け止めるか…。

 

「…止めだ、止め」

「にゃんだとぉ…?あたいにょ話が聞けにゃいってぇ…?」

「違う、そっちじゃない」

 

泣き上戸は済んだらしいお燐さんの絡みを軽く流しつつ、考えてもしょうがないことだと思ってこれ以上考えることを止める。わたしはどうせ旧都の異物だ。最初から出て行く者に、そんなことを考える意味なんてほとんどないよなぁ。考えるのは当事者であり旧都を治める者であるさとりさんに任せよう。

大分温くなった水を喉に流し込んでいると、隣の席にドサリと誰かが腰を下ろしてきた。誰かと思ってチラリと横を伺ってみると、かなりお疲れに見える妹紅であった。

 

「あぁー、何でもかんでも根掘り葉掘り訊いてきやがって…」

「お疲れ様です」

「おう、ありがとな」

 

かなり呑んでいた気がするがほとんど酔っているように見えない妹紅だけれど、多くの妖怪達に地上のことをあれだけ訊かれてかなり疲れているようだし、水を注いで手渡した。受け取ってすぐに飲み干すのを見ると、わたしが思っているより疲れていたのかもしれない。

 

「ふぅ…。思った以上に呑むな、地底は。幻香にとっては辛いだろ」

「まぁ、それなりに。けど、あの中に混ざらずに済むという点ではいいですよ」

「はは、そう言われるとそうかもな」

 

わたしと若干げんなりした妹紅は、萃香と勇儀さんの呑み比べを見遣る。二人の横には酒樽が置かれており、次々と注いでは呑み干していく。あの体の中に入る容量よりも明らかに多い気がするのだけど、気にしてはいけない。そして、新たな酒樽がほぼ同時に開けられ、観戦していた周囲の妖怪達から歓声が沸き起こる。

 

「地上かぁ…。いつか戻りてぇなぁ」

 

その歓声にから外れたところにいた妖怪からボソリと聞こえてきた言葉に、わたしはそっとため息を吐いた。

 


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