東方幻影人   作:藍薔薇

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第387話

「幻香さん、貴女はここに何の用で?…あぁ、暇潰しですか」

「うん、そんな感じ。ちょっと気を張り過ぎてる、みたいなことをこいしに言われちゃってねぇ」

「…煮詰まって干上がっちゃう、ですか」

 

魔界について延々と考え続け、いつの間にやら部屋に入ってきていたこいしの声に全く気付かず数時間無視し続けていたらしい。わたしにそんな自覚はこれっぽっちもなかったのだが、膨れっ面なこいしにそう言われてしまった。今のわたしにとって魔界については重要課題なんだけどなぁ…。

そんな文句を思い浮かべつつ、気晴らしに調理室で一人勝手に作った料理を摘まんで口に運ぶ。なんか新鮮な鶏肉があったから使わせてもらった。紅魔館で見た調理法をそれらしく再現し、胡椒と粉末唐辛子を鶏肉の両面に付けて強火で焼いただけ。…うん、美味しく出来たけれどちょっと唐辛子が多かったかな。こいしなら気軽に食べれそうだけど、わたしにとっては辛味が強い。

 

「それなら、私にくれませんか?ちょうど小腹が空いているんです」

「いいですよ」

 

どうせ気晴らしで作っただけなのだ。そもそもの飢餓感が欠落しているわたしにとっては、この鶏肉に対する執着は特にない。一口歯形の入った鶏肉が乗せられた皿を持ってさとりさんの元へ歩き、スッとさとりさんの前に置く。

 

「ありがとうございます。いただきます。…熱ッ」

「あ、ナイフとフォークがなかったですね」

 

素手で掴もうとしてすぐに離したさとりさんにナイフとフォークを創って手渡したはいいものの、何故か不思議なものを見る目で観察し始める。…あれ?もしかして、使い方が分からない?

 

「…地上にはこのような道具があるのですか。使い方は、ふむ…」

 

そんな言葉を聞きながら、ぎこちなくナイフとフォークを扱うさとりさんを見遣る。カチャカチャと皿とナイフがぶつかる音が響き、一度切り終えても勢い余って擦り合う音までした。一応そういう音は立てちゃいけないことになっているらしいのだが、まぁしょうがないよね。

そんなことを考えていると、チラリとこちらを軽く睨んでくるさとりさんと目が合った。まぁ、その視線はすぐに鶏肉に戻ったけれども。いや、悪かったですよ。どうせここには気にする相手がいませんから、美味しく食べてくださいな。

気にするなと思ってもあちらは気にするらしく、出来るだけ音を立てないようにナイフとフォークを動かしているのが分かる。ただ、食べたときに表情が僅かに緩んだところを見るに、味は悪くなかったと思いたい。

 

「ところで、一部の旧都の妖怪が地上に出て行くことを考えていたそうですね」

 

鶏肉を半分ほど食べたところで一旦手を止めたさとりさんにそう切り出された。…まぁ、考えていたというよりは、酒の席で泥酔した妖怪が呟いていたのだが、そこに大した差はないだろう。

 

「ですねぇ。どう思います?」

「…まぁ、そのような方もいることは知っていました。旧都の管理を始めてすぐの頃は、そのようなことを嘆く者も半分ほどいましたからね。あの頃は残りの半数に押し潰されるように出てこなくなりましたが。…まぁ、あんなことがあったのです。そのような感情が再び立ち上がるのも無理はないでしょう」

 

あんなこととは、萃香が再び戻って来たことだろうか。それとも、わたしが下りてきたことだろうか。…まぁ、どうでもいいか。

 

「ですが、今は地上と地底の不可侵条約があります。たとえいくつか穴が空いていたとしても、それは確かに存在しています。ですから、地上へ上がることをあまりいいとは言えませんね」

「…すみませんね」

「全くです」

 

わたしも地上と地底の不可侵条約を突き破って穴を空けた一人だ。わたしの勝手な行動で苦労をかけさせたことは知っている。こうしたこと自体に後悔はしていないけれども、申し訳ないとは思っている。

そんなことを考えていると、さとりさんと目が合った。三つの瞳に見られ、そしてその瞳に僅かな決意を感じ、改めて目を合わせた。そして、さとりさんが次の言葉を発するのを暫し待つ。

 

「私は少し考えていることがあるのですが、これは簡単に決めていいことではありません。時間を掛けてゆっくりと検討しようと思っています」

「そうなんですか。では、ゆっくりと考えてください」

「はい。…そんことについて、幻香さん。いつか貴女に意見を訊いてもいいですか?地上と地底を見ている貴女の意見を」

「わたしなんかの意見が参考になるとは思えませんが、別に構いませんよ。つまらないものでも、視点は多い方がいい」

 

何を訊く気なのかは知らないけれど、頼まれたならやるつもりだ。わたしは地霊殿に置かれている身だし、さとりさんの言うことをそこまで逆らうつもりはないのだ。…まぁ、本意にせよ不本意にせよ、さとりさんに言われたことを逆らったのはいくらでも思い当たるのだが。

さとりさんのため息を聞いて思わず頬を引きつらせていると、ナイフとフォークを持って食事を再開し始めた。それを見て、わたしは話が終わったことを察して元の席に戻ることにした。

 

「…さぁて、と」

 

腰を下ろし、一息吐いてからわたしは早速魔界について考える。…まぁ、軽くだ。煮詰まるほど考えるつもりはない。お互いに干渉出来ないはずの裏側。しかし、向こう側からは干渉出来、そして出入り可能と来ている。ならば、こちら側から向こう側に干渉出来てもいいでしょう?たとえ世界の裏側だろうと、この世界の一部分。必ず把握するために通す軸が存在するはずなんだ。その軸を認識したいところだけど、残念ながら簡単ではなさそうだ。

まったく、この世界を創った奴は性格が悪そうだ。見つけ次第全力で殴り抜いてやりたい。

 

「…魔界、ですか」

 

そんな愚痴を思ったところで、カタリとナイフとフォークを置いたさとりさんの言葉が耳に入ってきた。すぐに魔界について考えていた嗜好を横に置き、その前にふと思い浮かんだことを尋ねた。

 

「さとりさんはどう思います?行けるなら行ってみたいですか?」

「私はあまり興味がありませんね。私はここで手いっぱいで、ここで十分ですから」

「…そうですねぇ」

 

そこまで逃げようとしているわたしのほうが異端か。地上からも地底からも疎まれているわたしにとっては、それ以外を選ぶのは普通なことなのだが、地上から嫌われても地底に受け入れられているさとりさんはここで十分だよね。

ふぅ、と小さくため息を吐き、ボンヤリと天井を見上げる。これといった切っ掛けも掴めず、袋小路に入ってしまった気分。残念なことに、今のわたしではこの袋小路を壊せる気がしない。

 

「…なら、一度諦めたらいいでしょう」

「うわぁお、辛辣ぅ。…けど、まぁ、そうしたほうがいいですよねぇ」

「それに、そもそも魔界側からすれば貴女だって異物に変わりはありません。受け入れられるとは、とてもではないですが思えませんよ。…このくらい、貴方なら既に分かり切っているはずでしょう?」

 

ご尤もなお言葉だ。確かに、わたしだってそう易々と受け入れてくれるなんて思っていない。地上で忌み嫌われ、地底で殺されかけたわたしが、魔界なら安心安全だなんて思うほど馬鹿でも愚かでもないつもりだ。

 

「けれど、もしかしたら大丈夫かもしれませんよ?」

「何故そう言えますか?」

「地上では友達がいた。地底では貴女がいた。…だったら、魔界でも誰かいるかもしれないでしょう?」

 

そう言うと、さとりさんは少し目を見開き、そして小さく噴き出した。

 

「ふふっ。そう言ってくれるのは嬉しいですが、駄目ならどうするんですか?」

「その時はその時さ」

「そうですか」

 

時間はあまりないが、それでもまだ時間は残されている。どうせ魔界だって選択肢の一つだ。妹紅の言った通り、まだやり直しが利く時期。駄目なら駄目で、次の手段を選ばせてもらおう。さとりさんには後悔のないように慎重に選べと言われたけれど、こればっかりは本意で逆らわせてもらおう。

ふとさとりさんのほうを見遣ると、さとりさんは何処か嬉しそうに微笑んでいた。

 


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