東方幻影人   作:藍薔薇

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第388話

地霊殿の屋根の上に腰を下ろし、旧都全体を眺めながら魔界のことを考えていた。わたしがまだ気付いていない、何かが外れた軸があると推測しているのだが、残念ながらまだ思い至らない。日付感覚が既に曖昧だからかなり微妙なところだけど、早くしないと夏が終わってしまう気がする。急がねば。

それにしても、今日の旧都はやけに騒がしいな…。多くの妖怪達が旧都の広場とでも呼ぶことが出来そうな場所に集まっている。こんなところにもあそこからの熱気が伝わってきている気がするよ。

 

「おーい、幻香ぁー!」

 

そんなものを感じていると、庭からわたしを呼ぶこいしの声が聞こえてきた。屋根から顔を出してみれば、わたしに大きく両腕を振っているこいしを見つけた。

 

「ちょっと行きたいところがあるんだけどさぁー、一緒に行こぉー!?」

 

そう言われ、わたしは少し考えてから屋根を下りた。さっきまで散々考え続けて出てこなかったのだから、一度別のことをして切り替えるものいいだろう。もしかしたら、こいしの付いていくことで何か手がかりを掴むことが出来るかもしれないし。

こいしの隣にフワリと着地すると、早速こいしはわたしの手を掴んで引っ張っていく。普段よりも少し早足で歩いているこいしは、上機嫌なのか鼻歌まで歌っている。何処かで聞いたことのあるような気がする鼻歌を聞きながらこいしの歩幅に合わせて付いていくが、目的地は一体何処なのだろう?旧都で何か面白いものでも見つけたのか、それとも面白い食べ物でも食べに行くのか…。

 

「こいし」

「ふぅふん、ふふふーん。なぁに、幻香?」

「何処に行くんですか?」

「あっちのほう!ふっふんふーん」

 

そう言いながら指差したほうは、屋根の上でも熱気を感じさせられた広場の方角だった。

わたし達の他に旧都を歩いている妖怪達も、多くはあの広場へと進んでいるように見える。その表情は緊張感のある張り詰めた面持ちだったり、そわそわうずうずしていたり、酒瓶を持ちながら愉快に笑っていたり、何故かお互い睨み合っていたりと様々だ。

 

「あっちでは何をやってるんでしょう?」

「んー、なんて言えばいいんだろう?大規模な喧嘩、みたいなのかなぁ?ふふっふーん」

「何ですかそれ…。まぁ、観戦するのも悪くないかなぁ」

「これやるのすっごい久し振りだからね。ふふーん。わたし、楽しみなんだぁ!」

「へぇ。何年に一度、とかにやってるんですか?」

「ううん、鬼の気紛れ。やりたいときに始まるみたいだよ」

 

鬼の気紛れで始まる大規模な喧嘩かぁ。一体どんなことになるのやら。

そんなことを考えていると、ドスンと後ろから誰かがぶつかってきた。かなり重い衝撃だったけれど、咄嗟に前に出していた脚で踏ん張り、倒れてしまうことを防ぐ。わざとだったら文句の一つでも言っておこうかなぁ、と思いながら振り返ると、わたしの倍はありそうな体格の妖怪がわたしを見下ろしながら快活に笑っていた。その背中には、これまた巨大な棍棒を引っ提げていた。

 

「おう、悪いな!あまりに小さかったもんで見えなかったよ」

「気を付けてくださいよ。うっかり踏み潰されるとか、わたしは嫌ですからね」

「はっはっは!そうだな!昔一人踏み潰してしまったこともある!」

「笑い事じゃないでしょう…」

 

しかし、見た感じわざとぶつかってきたわけではなさそうだ。わたしが振り向くまでの間、彼は上から下に首を動かしていた。単なる不注意だろう。…ただ、そんな経験があるのならちゃんと足元を見ていて欲しい。

そう思いながら呆れていると、彼は突然腰をまでてわたしに顔を近付けてきた。うわ、改めて近くで見ると顔大きいな…。目にわたしの手のひらが全部入りそうだ。

 

「ところで地上の。ここにいるってことは、お前さんもやるのか?」

「やる?何をでしょう?」

「あー、いや、知らんなら知らんでいいさ!」

「やるよ!幻香にも参加してほしいもん!」

 

…どうやら、こいしはわたしをその大規模な喧嘩に参加させるつもりだったらしい。わたしとしては、観戦のつもりだったんだけどなぁ…。ま、いいや。ちょっとだけ考えていた予定が即行で崩れてしまったけれど、別に構わない。

突然の声に驚いている彼の視線がこいしに動くのを見ていると、納得した顔を浮かべてからわたしに視線が戻ってきた。

 

「ほう!そうかそうか!お前さんもやるのか、地上のぉ!」

「…えぇ、まぁ、そうみたいですね」

「はっはっは!こりゃあ楽しみだ!」

 

あそこで具体的に何をするのか知らないけれど、とにかく喧嘩でしょう?躱して往なして、殴って蹴ればいい。いつものように。

巨大な手でバシバシとわたしの背中を叩いた彼は、お互い頑張ろうな、と言って先を歩いていった。…あの、相当痛かったんですけど。ちょっと頭も揺れて気持ち悪い…。

深呼吸をして気持ちを落ち着けつつ、わたしの手を引っ張っていくこいしに訊きたいことを訊いておくことにする。参加すると決まった以上、知らずに参加するのは御免だ。

 

「その喧嘩、どんなことをするんですか?」

「ふっふーん、何でもありだよ」

「…はい?」

「だっかっらっ!死ななきゃ何でもありなんだ!」

 

いや、よく分からないんですが…。というか、それ本当に喧嘩?

そう思っていると、こいしは具体的な規則を話してくれた。

 

「あそこではね、勝ち抜きの喧嘩をするんだ。普段から旧都でやってる喧嘩と違うのはね、相手を殺さなければ何をしてもいいんだよ!殴る蹴るはもちろん、武器も防具も妖術も何でも使っていいの。怪我人続出、死にかけもいっつも出てくるね!」

「…大丈夫なんですか、それ?」

「一応薬くらいは出るけど、全っ然大丈夫じゃないね!」

 

やっぱり大丈夫ではないらしい。それに参加させられるわたしって…。鬼に金棒なんて考えたくないし、全身金属鎧とか面倒臭そうだし、妖術は何が起こるか分からないから色々怖い。

 

「…何でわざわざそんなことするんでしょうね?」

「たまには弾けたいんじゃない?溜まってることだってあるだろうし、吐き出さないと辛いでしょ?あと、こっちのほうが色々盛り上がるからかな!」

「あー、まぁ、それもそうですね」

「ま!わたしにはよく分かんないけどねー!」

 

己が肉体のみの喧嘩とは違うものになることは明々白々。刀やら棍棒やら金棒やらが振り回されたり、炎やら氷やら風やらが起きたりすれば、こいしの言う通り普段より盛り上がるだろう。

 

「それでね、最後まで勝ち残れば栄光を手にすることが出来るんだー!」

「い、いらない…」

 

栄光とか言われても困る。そもそも、そんなものがわたしの手に渡ったとしても使い道はない。仮に形のあるもので手渡されたならば、即行で返却するよ。

 

「さらにさらに!勇儀と喧嘩をすることが出来まーす!」

「や、やりたくない…」

 

勇儀さんと喧嘩とか、二度もやりたくない。『紅』使っても力負けするんだよ?嫌だよ、わたしは。今のわたしは、自分自身の身体すら信用出来ないんだ。ちょっと不可解なことが多い。…いや、不可解とはちょっと違うか。

 

「というか、勇儀さんは最初から参加しないんですね」

「あー、それはねぇ、最初の十回くらいかな?最後に残るのはいっつも勇儀萃香勇儀萃香だから、二人は最後だけになったの」

「あ、そう…」

 

ちょっと考えてみれば当たり前のことだった。鬼の中でも頂点に君臨していた山の四天王が途中で敗退するのは考えにくい。もしするとすれば、それは山の四天王同士が途中でぶつかったときくらいだろう。

 

「どう、幻香!ね、やろうよ!」

「…そうですね。やりましょうか」

 

流石にここまで言わせて断るのも悪いし…。それに、今の自分が出来る全てを使っていい舞台。普段だったら出来ない手段を色々試させてもらうとしましょうか。こいしも両手を上げて喜んでるし、悪くないでしょう。

 

「やったー!ふふーん、それじゃあわたしは幻香に賭けるからね!絶対勝ってよ?」

「これも賭博の一環ですか、そうですか…」

 


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