東方幻影人   作:藍薔薇

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第389話

広場から少し離れた場所に敷かれてあった茣蓙に腰を下ろす。こちらに向かうときに、既に茣蓙の上にいた妖怪達の視線がいくつも刺さったが、気にしてもしょうがない。小さくため息を吐きながら、受付をしてくれた妖怪から手渡された八十四と書かれた木札を握り締めた。これは数字のままわたしが八十四番目であることを示しており、これからまだまだ増えていくのだろう。一体何人参加するのやら…。

開始するのを待っている間に周囲を見回していると、刀はもちろん、腕全体を覆っている棘の生えた手甲、馬鹿みたいに長い柄を持つ槍、杓文字をそのまま大きくしたような鈍器、ご丁寧に兜まである全身鎧などなど…。うわ、やっぱり鬼もチラホラいるよ。しかも金砕棒持ってるし。あと、女性もわずかだが座っていた。参加するのは男性ばかりだと思っていたからちょっと意外だ。

それにしても多いなぁ…。もう少し茣蓙を広くした方がよかったんじゃない?参加者がかなり増えてきて待つ場所なくなってきちゃったよ。この暑い中でこの密度は結構くるものがある…。他の妖怪達もブツブツ文句呟いてるのもいるし…。

滲み出る汗を拭いながら待っていると、向こう側の広場から歓声が聞こえてきた。…どうやら始まったらしい。

 

「二十七、五十八、六十四、百五は出て来い」

 

四つの数字が呼ばれ、その数字を受け取っていたらしい妖怪の返事ややる気のある掛け声などを聞きつつ、ここの規則を思い返す。

人数がある程度減るまでは四人ずつで戦い、それから一対一になるそうだ。どの順番でやるかは基本くじ引き。箱の中に数字が書かれた紙が入っていて、それを引いて対戦相手を決定するというもの。負けた者の数字が書かれた紙は破棄し、勝った者の数字が書かれた紙は箱に戻される。そして、次の対戦相手を決める。これの繰り返し。つまり、運が良ければ最後の一回しか戦わずに済むし、運が悪ければ何回も戦う羽目になるわけだ。

なお、対戦相手の戦術が割れることを出来るだけ防ぐために、わたし達はこうして少し離れた場所に待機するよう言われている。やり合う前に武器を持ってたら意味ないのでは、というわたしの素朴な疑問はそのくらいは気にすんなと放り棄てられてしまった。あと、呼ばれるまではここを離れなければ会話だろうが、食事だろうが、準備だろうが、妖術だろうが、基本的に何をしてもいいらしい。…まだ呼ばれていない者を先に潰しておこうみたいなことを考える者は出ないのか、と思ったけれど言わないでおいた。また、観客がこちらに来ることは許されている。稀に食べ物持って来て、みたいなことを頼む者もいるとか。…勝者の戦術を伝えに行く者もいそうだなぁ、とも思ったけれど言わないでおいた。

ちなみに、こいしはたまにこっちに来ると言ってくれた。頼みたいことがあれば何でも言ってね、難しいこと考えないで勝負に集中してね、応援してるからね、の三つをわたしに言って観客席へと駆け出していた。

それからも何度か呼ばれているが、わたしの数字である八十四はなかなか出てこなかった。…それにしても、何故か呼ばれても出てこない人がたまにいるな。聞き取りにくいような声ではないし、一体どうしたんだろう?…ま、いいや。わたしとは関係ないし。それよりも、何度も呼ばれたいわけではないけれど、こうも呼ばれないとこいしを待たせてしまっている気分になってくることのほうが重要だ。早く呼ばれないかなぁ…。

 

「…おい」

 

そんなことを思いながらため息を吐いたところで、後ろからドスの利いた声で呼びかけられた。誰だろうかと思いながら振り返ると、背中に大太刀に二本背負い、両側の腰にも二本ずつ脇差を携えた筋骨隆々な妖怪と目が合った。ジロリと三白眼に睨まれ、何だか嫌な予感がする。

 

「てめぇよぉ、降りてくれねぇか?」

「…はい?」

 

そして、こういう時の嫌な予感っていうものはよく当たるものだ。何言ってんだ、こいつ。そんなことする理由がないじゃないか。

そう思っているのが顔に出ていたのかどうかは知らないけれど、相手はご丁寧に説明をしてくれた。

 

「今降りれば怪我せずに済むぜ?てめぇは怪我をせず、俺は楽を出来る。…な、いい提案だろう?」

 

…あぁ、こういうのがいるから呼ばれても出て来ないのがいたのか。見た目だけで自分より明らかに強いと分かる者にそう言われれば、言われた通りに降りる者がいても不思議な話ではない、かもしれない。

たしかに、この筋骨隆々な肉体は強者の証だろうし、よく見ればところどころに散見している古傷は歴戦の証だろうし、無駄に六本も引っ提げている得物は殺意の証だろう。

 

「嫌だ。わざわざ降りるためにここに来たわけじゃないからね」

「…チッ」

 

だが、それがどうしたという話だ。わたしからやろうと思い立ったわけでなくとも、こいしに言われてやろうと思ったのはわたしなのだ。栄光なんざに興味ないし、勇儀さんと喧嘩なんて二度としたくないけれど、わたしがやれる手段を生きた相手に試し打ち出来る貴重な機会だ。その提案に乗るなんてもったいない。

それに、貴方みたいな強さを感じられない相手に言われても何にも響かないからね。

 

「十九、四十二、八十四、百二十六は出て来い」

「お、やっとか」

 

かなり待ったなぁ、と思いながら両腕を上に伸ばしながらゆっくりと立ち上がる。肩を軽く回しながらありていると、わざとらしく背中にぶつかってくるのがいた。チラリとその相手を見てみれば、先程わたしに降りるように言ってきた妖怪。

 

「俺は十九だぁ…。残念だったなぁ、地上のぉ。ここでてめぇは達磨になるんだ。今ならまだ間に合うぜぇ?」

 

ニヤニヤと嗜虐的に嗤いながら、そんな安っぽい挑発と提案を投げかけてくる。その言葉に呆れつつ、わざとらしく大きな音を立ててため息を吐いた。そして、何も答えずに先へ歩き出す。背中に何やら悪態を吐かれたが、無視して先を急ぐ。あっちの広場にはこいしが待ってるからね。

広場に着いてみれば、旧都中の妖怪全員が押し寄せているんじゃないかと思うほどの観客。そして、先に到着していた対戦相手となる二人の妖怪を観察する。両腕が非常に長い妖怪と、小柄で異形の翼と爪を生やした妖怪。そして、最後の対戦相手がガチャガチャ音を立てながらこちらにやってきた。

それぞれ四方に離れるよう指示されたので、それに従う。右に小柄妖怪、左に手長妖怪、そして正面には筋肉妖怪。それぞれ構えを取ったり武器を取り出したりするのを見ながら、わたしはいつも通り自然体を取った。

 

「それでは、…始めっ!」

 

その声が聞こえた瞬間、わたしは正面の妖怪へ駆け出した。距離は約十二歩。この程度なら一呼吸あれば届く。ぎらついた大太刀を振り上げるのがゆっくりと見える。

 

「螺指」

 

ボソリと呟き、右手の人差し指を急速回転させる。そして、その指に妖力を充填させながら大太刀の間合いへ侵入した。振り下ろされる大太刀に横にした人差し指を当てると、甲高い金切り音を立てて火花が散っていく。金属の粉が飛び散り、そのまま振り下ろされた刀身は真ん中あたりで異物な形をして取れてしまった。相手の何が起きたのか理解出来ていなそうな呆けた顔を眺めつつ、隙だらけの右肩に人差し指を突き出した。右肩に人差し指が潜り込み、グチュリと湿った肉の感触を感じた瞬間、充填させていた妖力を一気に炸裂させる。

すると、右肩は肉片と骨片、そして大量の血飛沫を撒き散らしながら爆ぜた。

 

「ギッ…、イィヤアァアアァァアアァ!?」

「うるさいな」

 

そんな叫び声をあげる妖怪の横っ面に回し蹴りを叩き込むと、グシャリと顎が砕ける感触が伝わってきた。いくつも歯が飛び散るのが見える。地面を転がりながらも全く意味を成していない叫び声を上げ続ける奴の顔面を踏み潰し、確実に意識を刈り取る。…ようやく黙ったか。

 

「アハッ。次はぁ――」

「勝者、八十四!」

「――あれ?」

 

何故か二人が降参していたらしく、わたしは勝ってしまった。…これじゃあ一対一と変わんないじゃん。

 


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