東方幻影人   作:藍薔薇

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第390話

うへぇ、返り血が酷い臭いだ…。近くで座っていた妖怪が着ていた服に目を向け、汚れと思われる部分を意図的に除外しつつ四角く切り取って複製。創った布切れで拭き取っているのだが、どうにも拭い切れそうにない。うっわ、肉片までこびり付いてるよ…。

次の四つの数字が呼ばれたが、わたしの数字である八十四は含まれていなかった。流石に戻って来て早々に呼び出されるのは無駄足を踏んだ気がして嫌だったので、そこは素直に喜んでおこう。まだ返り血吹き終えてないし。

…あ、鬼だ。呼ばれた四人の中に鬼が一人いた。鬼という括りの中では真ん中あたりにいそうな感じだけど、他の三人と比べれば格が違う感じがする。…まぁ、他三人にもしかしたらとんでもない武器や妖術があるかもしれないし、勝負は分からないか。そう思いながら待っていると、やはりと言うべきか鬼一人だけが帰ってきた。そして、わたしの視線に気付いたらしい彼はこちらに目を合わせ、若干威圧しながらスタスタと近付いてくる。

 

「おぅ、地上の。あんたも来てたのか」

「こいしにぜひ勝ち残ってほしいと頼まれちゃってねぇ。友達の頼みは断れませんよ」

「で、どうだ?その見た目じゃあ、一回はやったんだろ?普段と違って最高に痺れただろ?」

「…今のところ、拍子抜けかなぁ。何か二人降参されちゃったし」

「ンだとォ!?…ッたく、何処のどいつだよ、その腰抜け共はァ!」

「腕が長いのと翼と爪が生えた小さいの」

「その程度ならいくらでもいるから流石に分かんねぇよ…」

 

ですよね。まぁ、あれだ。あの武器六本持ちのように言うならば、無駄な怪我せずに済んだのだ。他ならぬわたしが逃走者であるのだから、逃げることは恥であると罵るつもりは毛頭ない。

それにしても、螺指で体内に指を突っ込ませてから妖力を炸裂させてみたけれど、思ったより爆ぜたなぁ…。皮とほんの少しの肉でブランブランと揺らしながらもギリギリ繋がっていたけれど、もう少し位置がずれていたら、もしくは妖力が強かったら完全に片腕が千切れ飛んでいたよな、あれ。

 

「ところで、貴方は武器とか持ってないんですね」

「おうよ。やっぱ己の拳が一番だからな!俺はいまいち武器ってもんが信用出来んからな。いつ壊れるか分かったもんじゃない」

「ふぅん。ま、言いたいことは分かりますよ」

 

わたしも妖力無効化されると、選択肢に大きな制限が掛かってしまう。だったら、最初から関係のないもののみで戦うという考えに至るもの悪い選択ではないだろう。

そう考えつつ、茣蓙に座って待機していた別の鬼に目を遣る。そして、その肩に巨大な金砕棒が立て掛けられている鬼を指差した。

 

「それじゃあ、同じ仲間としてはあれを見てどう思いますか?」

「へっ、俺と当たったらあれごとぶっ壊してやるさ」

「うわぁお、流石鬼。わたしに壊せるかなぁ?」

 

見た目だけでわたしが創る鉄なんかより硬いことは想像に難くない。色々小細工をすれば出来るだろうけれど、ただの拳では厳しそう。『紅』込みなら拳でどうにかなるかなぁ?

頭の中であの金砕棒を破壊する手段を並べていると、不意にバシッと肩を叩かれた。…あの、かなり痛いんですが。そう思いながら彼に視線を向けると、何にも気にしていないご様子。…はぁ。

 

「お、そうだ。あんたの数字は?」

「八十四。そう言う貴方は?」

「三だ。あんたとやれることを願ってるぜ。じゃあな」

 

誰が好き好んで鬼相手とやり合いたいと思うかよ。そう思いながらも、わたしは口にも顔にも出さずに微笑みながら手を振って見送る。わたしが指差した鬼と談笑し始めたところで、乾いて固まった血を剥がし始めた。

 

「七、八十四、百二十五、百五十八は出て来い」

 

あ、呼ばれた。まだ剥がし切れていないと思うけれど、呼ばれたならばしょうがない。返り血を拭い、今では固まった血の置き場所と化していた布を回収しながら立ち上がる。ザッと周囲を見回すと、対戦相手である三人も立ち上がっていた。…うん?あれ、パルスィさんじゃない?…どう戦うのか気になるところだけど、これから分かるしいいや。

こちらの視線に気づかれる前にパルスィさんから目を逸らし、広場へ足を運ぶ。そして、指定された位置に立つと、右には五寸釘と木槌と藁人形を持ったパルスィさん、左にはわたしの倍はありそうな棍棒を持った大男、正面には体から煙と炎が出ている妖怪。…あの、パルスィさん。そんな目でわたしを睨まないで。

 

「それでは、…始めっ!」

 

その言葉が聞こえた瞬間、パルスィさんの緑色の瞳が妖しく瞬いた。ドロリとした底なし沼のような瞳に睨まれ、多分嫉妬心をどうこうするんだろうなぁ…、と察して気を強く持つことにする。

 

「…あれ?」

 

おっかしいなぁ、何ともないぞ?まさか失敗したとか?…いや、そんなはずないよね。そう思いつつ、真上から迫り来る棍棒を後方に跳んで回避する。が、その着地点には既に炎が迫っていた。咄嗟に棍棒の一部を切り取った板で防御すると、すぐに燃え尽きて灰になってしまう。あぁもう、ああいうお互いぶつけ合って打ち消せない攻撃は苦手なんだよ…。

 

「わたし集中狙いですか、そうですか」

 

思わず文句が漏れ出てしまう。ま、別に構わないけど。次の攻撃は何処から来るのか煙塗れで視界が悪い中で目を凝らして見ていると、ふとパルスィさん以外の二人の雰囲気に違和感を感じた。何というか、普通じゃない。その瞳は妖しい緑色が見えた気がした。…あぁ、そういうこと。

どことなく嫌な雰囲気を纏っているパルスィさんに目を遣ると、すぐさま舌打ちをされた。おそらく、嫉妬心を操るなりして、他二人の攻撃対象をわたし一人に絞っているのだろう。つまり、この勝負は一対三なわけだ。いや、一対二か?…ま、一対多に変わりはない。

煙越しに真横から迫る棍棒を跳びながら避ければ、そこに炎は飛んでくる。だから、その前にガラス棒を重ねて創造し、弾き飛ばされて大男の顔面に肉薄する。この距離なら棍棒はまず使えないし、そもそもまだ振り切っていない。もう片腕も下にダラリと下がっていて、今から動かそうとしてももう遅い。

 

「オラァッ!」

「ギャッ!?」

 

右目に正拳突きを突き刺して片目を潰す。嫉妬に狂っていて瞼を閉じて防御する気もないらしい。…いや、そもそも防御の意思そのものが欠如している、て感じかな?ヌルリとしたものを感じながら引き抜き、その場に浮遊しながら後方回転して顎を蹴り上げる。そして、僅かに浮かんだ体にマスタースパークをぶちかました。

 

「オオォオオォォ…」

「ギィヤアァアァ…」

 

ついでに後ろにいた煙と炎の妖怪も巻き込んでおこう。悪いけれど、スペルカード戦や弾幕遊戯とは違ってこれは攻撃用。威力は段違いだ。

大男が倒れて盛大な音を立てたところで腕を無理矢理動かし、放出する妖力を少し細くしながら推進力として利用。パルスィさんの腹に体ごと体当たりをかます。

 

「ゲホッ!?」

 

そのまま二人一緒くたになりながら地面を転がり、パルスィさんがまともに動けるようになる前に、どう使われるか考えたくもない五寸釘と木槌と藁人形を叩き落とす。それからパルスィさんから離れるように転がりながら立ち上がり、立ち上がろうとしているパルスィさんに跳んで右拳を振り下ろす。

 

「う…ッ」

 

寸前、緑の視線がわたしを射抜く。思考が一瞬ぶれ、それを立て直したときには既に右腕が派手に空振っていた。その隙に距離を取られ離れていく。その目的は、おそらくわたしが叩き落とした道具達。

 

「まず――うお、っと」

 

すぐさま駆け出そうとしたが、その目の前を巨大な火球が通り抜けていく。…あっぶなぁ。当たったら丸焦げもいいところだろ、これ…。というか、まだ起きれたのか、あいつ。

予定を変更し、続けざまに放たれる火球を躱しながら詰め寄る。だけど、彼はいつでも体から炎が噴き出してるからなぁ…。近付けば暑いし、殴ると熱そうだ。だから、十指から妖力を噴出させる。

 

「輪切りにするつもりはないけれど、多少裂けるくらいは覚悟してくださいよ」

 

一応忠告しておいたけれど、嫉妬狂いに言葉は通じなさそうだ。一気に駆け抜け、すれ違い際に右腕を大きく振るって噴出させた妖力で彼の身体を引き裂いた。皮膚を裂き僅かだが肉に切れ目を入れ血飛沫が舞い、彼自身の炎によって一瞬で焦げ臭い香りが漂う。

がら空きの背中に創造した鉄棒で頭蓋を砕くつもりで思い切り突き出し、即座に回収する。金属は熱伝導が割と早いからね。感触的に砕けはしなかったようだけど、倒れたから良しとしよう。倒れた身体からはもう炎を噴き出してないし。

 

「痛ッ」

 

未だ残留している煙が立ち込める中、パルスィさんを探して軽く見回そうとした瞬間、右手の甲から手のひらを貫く鋭痛が走る。すぐに右手を見るが、何処も怪我なんてしていない。首を傾げていると、今度は左手に同じような鋭痛が走る。一応確認しるが、左手にも傷はなかった。

 

「…呪術かな?」

 

藁人形と言えば丑の刻参り。嫉妬と呪いは近しいものだと考える者もいたようだし、あの藁人形にわたしの髪の毛でも仕込んで五寸釘を突き刺していそうだ。…まぁ、本来の丑の刻参りなら七日間続けたり、他人に見られてはいけなかったり、十字路に燃やした藁人形の灰を撒いたり、幻の黒牛を跨いだり、書籍によって様々な手段が書かれていたけれど、それを簡易的にしたものと考えておこう。

 

「ぐ…っ」

 

そんな仮定が出来たところで右足に同様に鋭痛が走る。続けざまに左足にも鋭痛が走った。これは悠長に探してたら後が面倒だ。空間把握。…そこか。

把握したパルスィさんの位置へ真っ直ぐと走り出す。脚を踏み込むたびに鋭痛の残滓が響くが、知ったことか。右肘、左肘、右膝、左膝と新たに四ヶ所突き刺さるが、もう止まるつもりはない。

煙の中からパルスィさんの姿が見え、彼女は最後の一本を藁人形に突き刺す。心臓を貫かれる激痛が走り、一瞬脚がふらついた。だが、この程度の痛みで泣き言を言うほどやわじゃあないんだよ…!

 

「シャアァッ!」

「なッ、ゴフ…ッ!?」

 

胴体を蹴り上げ、目の前まで浮かんだところを左拳で思い切り振り抜く。ミシリといった肋骨の嫌な感触を感じつつ、そのまま真っ直ぐと観客の中まで吹き飛ばした。

 

「心臓貫かれた程度で死んでたまるかよ」

「勝者、八十四!」

 

ようやく煙が晴れたところで、勝敗が決する声が聞こえてきた。その声にホッとしつつ、足元に落ちていた藁人形を拾い上げて突き刺さっている九本の五寸釘を引き抜く。これ、どうすればいいのかなぁ?…ま、髪の毛を取り除いてから燃やしておけばいいでしょう。多分。

 


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