東方幻影人   作:藍薔薇

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第391話

わたしは本来待機すべき茣蓙から少し離れた場所で、緋々色金の魔法陣を創って髪の毛を引き抜いた藁人形を燃やしている。流石に茣蓙に燃え移るのは悪いと思ったので、許可を貰ってここにいる。燃え尽きたらすぐ戻るように言われたけれど。

パチパチと煙を上げながら燃えているのを見ながら、まだ少し痛む右手を軽く握る。当然、左手両足両肘両膝にもまだ痛みの残滓がこびり付いているし、心臓に関しては相当痛い。傷一つない幻痛だとしても、一度感じてしまったものを無にするのはそう簡単なことではない。次に呼ばれるまでに痛みが引いたらいいなぁ、とは思うけれども。

 

「相変わらず効きやしないのね、貴女には」

「パルスィさんですか。効きましたよ、かなりね」

「それに私の商売道具を無断で焼却とは。傍若無人ね」

「こんな傍迷惑な商売止めてください」

「ハッ!その余裕綽々な態度がいつも癇に障るのよ。…妬ましい」

 

呪術の類に使用するであろう藁人形を売っているのか…。これを買う客がいるってことは、わたしも知らぬ間に何かされるかもしれないんだよなぁ…。呪い返しの手順は地霊殿の書斎に書かれていたけれど、やたらと面倒臭いし時間が掛かるから嫌なんだよね。

それにしても、肋骨の一本や二本は折ってしまったと思うんだけど、思っていたよりも大丈夫そうだね。流石は妖怪。ちょっと安心した。薬が凄いのかもしれないけれど、それを使用したのが人間ならこうはいかないだろう。

 

「あ、そうだ。まだ刺さってた場所が痛むんですが、どうにか出来ませんか?」

「よくもまぁぬけぬけと訊けるわね。刺した張本人に対して」

「もう終わったことですし。それに、勝負事に手段を選ばないのは好ましいことだからね」

 

好ましいからやってもいい、とは少し違うのだけれども。まぁ、少なくともわたしはパルスィさんがやった藁人形の件を卑怯汚いなどと言うつもりはない、ということだけ。

 

「…そうやって簡単に呑み下せる貴女が酷く妬ましいのよ」

「呑み下してませんよ。わたしはただ、気にする余裕も権利もないだけ」

 

掟を破り、不文律を見ず、禁忌に触れ、道を外し、邪道を歩む。そんなわたしが言っていいことではない。それに、余力はあっても余裕なんてない。仮に、あのまま煙の中でパルスィさんを探し続けている間に何百本の五寸釘を刺されていればわたしは倒れていたと思う。だから、勝負を急いだ。空間把握で炙り出し、早急に片付けることを選択した。

黒く燃え尽きた藁人形だったものを踏み付け、足裏で磨り潰す。その奥にある緋々色金の魔法陣を回収し、細かい塵となった炭は砂に混じり風に舞った。

 

「それでは、わたしは戻ります。何か話したいことがあったら、向こうにしましょう」

「…三十分よ」

「え、三十分?何が?」

「それだけ時間があればこんなもので移した痛みなんて勝手に引くわよ」

「そうなんですか。ありがとうございます」

 

教えてくれた礼を言うと、舌打ちで返されてしまった。解せぬ。

 

 

 

 

 

 

戻って少ししたら、わたしの数字である八十四と他三つの数字が呼ばれた。まだ四人呼ばれているけれど、残っている人数はもう既に最初の半分以下だ。そろそろ呼ばれる人数が二人になってもおかしくないだろう。

広場に向かっている途中で、対戦相手の一人である雪女郎とすれ違う。確か氷菓を売ってくれた妖怪だ。ということは、彼女は氷かぁ。チルノちゃん元気かなぁ?今日も元気に最強を自称しているのだろうか。…これは今考えるべきことじゃなかったな。

両腕をダラリと下ろして自然体を取りつつ、指定された位置に立つ。右にはさっきすれ違った雪女郎、左には金砕棒を担いだ鬼、正面には狐火を浮かべた妖怪狐。雪女郎の冷気や氷がどの程度操れるか不明瞭だし、鬼は言わずもがな、妖怪狐は妖術に長けてるとか何とか…。はぁ、三人ともかなり厄介だなぁ…。

 

「それでは、…始めっ!」

 

どうするか考え、ひとまず受けに回ることにした。先手は譲るよ。だから、初手を躱すなり往なすなりして対処しよう。

 

「ブゥンッ!」

「うわぁあっ!?」

 

わたしの目の前で妖怪狐が放った狐火を鬼が金砕棒を薙ぎ払って掻き消し、その衝撃波で妖怪狐が吹き飛ばされていく。…うっわぁ、直接当たったわけじゃないのにグチャって言ったよ。あんなの絶対に喰らいたくないなぁ。

雪女郎は距離を取ったか、と思っていると、グリンと鬼の首がわたしに向いた。…え、何でそんな嬉々とした嫌な笑みを浮かべているんでしょう?

 

「待っていたぞォ、地上のォー!」

「待たれても困る…ッ!」

 

そんなことだろうとは思ってたよ…。出し惜しみはなしだ。『紅』発動。金砕棒を振り上げている隙に肉薄し、両手を思い切り開いた平手打ちを叩き込む。極限まで集中された感覚が、どう放てば衝撃が正しく伝わるのかを教えてくれる。

鬼の全身の皮膚が波打ちながら明らかに不自然な姿勢で硬直したところで、左腕を改めて真っ直ぐと伸ばし、右腕を思い切り引き絞り腰を捻じる。次の攻撃の姿勢まで整えたところで鬼の硬直が解け、金砕棒が振り下ろされた。が、その程度の速度ならわたしのほうが一手早く放てる。

 

「オラアァッ!」

「グウゥ…ッ!?」

 

捻った腰と限界まで引き絞った右腕を解放し前へと突き出す最短最速の掌底を心臓部へ叩き込む。皮と筋肉と肋骨を抜けた衝撃は直接心臓へ流れた。振り下ろしの途中だった金砕棒が握り締めていた手からすっぽ抜け、観客のほうへと放物線を描くように飛んでいく。…隙を見せたね。この一瞬の隙は、あまりにも致命的だ。

がら空きの胴体に左右の拳を六発ずつ乱雑に叩き込み、回転しながら跳び上がってこめかみに回し蹴りを放つ。拳には肋骨の砕ける感触といくつかの『目』が潰れて肉が爆ぜたが知ったことではないし、回し蹴りで頭蓋が割れる音が響いたがどうでもいい。

血塗れで吹き飛び地面を滑っていく鬼は、ふらつきながらも立ち上がった。だが、わたしには残念なことにそれを追う余裕がない。

 

「ちっ、面倒な…」

 

遠くに離れていた雪女郎から放たれた氷柱針を『幻』を展開してから放った妖力弾で砕き、そのまま浮遊する。そして、わたしが着地したであろう地面が凍り付く。そして後退した瞬間、大きな水晶のような氷が生えた。氷漬けかよ。

 

「アハッ。邪魔すんなよ」

 

あの鬼がまだ片付いてないんだよ。次々と放たれる氷柱針を躱し『幻』で砕き時に無視して掠めながら飛び、目を見開いた雪女郎の眼前まで顔を近付ける。自然と頬が吊り上がる感覚。視界に一つの魔法陣が創られ、その中心から緋炎が噴き出した。

 

「複製『緋炎・烈火』」

「ぎいいぃぃぁぁぁああああっ!?」

 

流石に炎には弱いか。わたしも一緒に燃えているが、その炎を纏ったまま鬼に向かって駆け出し、ふらつきながらも一切闘志が衰えていないその拳を掴み取る。グチャリとわたしの手が潰れる感触がしたが、そんなものはどうせ治る。今は目の前の敵をさっさと潰せ。

 

「シッ!」

「グブ…ッ」

 

もう片方の腕を伸ばし、顔面を叩き潰す。そしてそのまま掴み取り、後頭部を地面に叩き付けた。地面に罅が走ったが、気にせず何度も何度も何度も何度も後頭部を地面に振り下ろす。いつの間にか地面が陥没し周囲が血色に染まったところで、ようやく動かなくなった。

 

「し、勝者、八十四…」

 

動かなくなった鬼を放り棄て、フゥーっと一息吐く。体に纏い付く炎を払い、潰れた手と焼けた皮膚が治ったのを確認してから『紅』を解く。結局金砕棒は壊せなかったなぁ。そこが少し残念だ。

おっと、緋々色金の魔法陣を回収しておかないと。あれを捨てるなんてもったいない。

 


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