東方幻影人   作:藍薔薇

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第398話

意識を浮上させ、一瞬だが周囲に残っていた妖力から状況を把握する。次の瞬間には、真上に勇儀さんの右腕が通り抜けるだろう。そして、わたしの身体はほぼ地面を水平の態勢で背中から倒れようとしていた。…どう回避しようとしたらこんな体勢になるんだよ、あの精神はぁ…。

即座に左腕を真横に伸ばし、妖力を噴出して派手に吹き飛ぶ。地面を盛大に転がる羽目になったが、とりあえず距離は大きく離した。起き上がる際、身体のところどころが妙に痛んだ。多分、あの精神が可動域を大きく超えた無茶な動きを平然とやっていたのだろう。不安は現実になったらしい。…まぁ、内傷はあれどその代わりに外傷はなかったからいいや。ちゃんと回避してくれていたわけだし。

 

「ちぃ、ちょこまかと…!逃げてんじゃねぇ!」

「…知るか。元よりわたしは逃走者。逃げの一手くらい手札の内さ」

「最初と言ってることが違ぇじゃねぇかよ!」

「言ったでしょう?わたしは嘘も虚言も平然と吐きますと。嘘の百や二百、自然と漏れ出ちゃうのさ」

 

そんな戯言を吐きつつ、二歩で踏み込んできた勇儀さんの拳を躱す。…かなり頭にきてるみたいだなぁ。どのくらい躱してもらってたかよく分からないんだけど、わたしが思っていたよりも長い時間になっていたのかもしれない。

これ以上怒らせたらそれはそれで面倒になりそうだなぁ、を思いながら一度後ろに大きく跳ぶと、それを追うようにすぐさま真っ直ぐと脚を伸ばして跳んできた。その跳び蹴りに対し、着地した片足で蹴り出して真っ直ぐと腰を屈めながら地面スレスレを跳んで潜り抜ける。背後から地面が砕ける音が聞こえ、地面が大きく揺れた。

走って逃げながら地面に妖力を流し込み、後ろに一枚の土壁を創っておくと、すぐさま粉砕された。が、その瞬間に土壁は一気に砂まで分解されて宙を漂い、勇儀さんを包み込む。衝撃を受けたら粒子状になって周辺を舞うよう情報を入れておいたからね。

 

「んのらぁっ!」

 

爆発させてやろうか、と思ったが、竜巻でも発生したかのような圧倒的暴風によって砂煙が全て吹き飛ばされてしまった。その余波に両脚で踏ん張り地面をガリガリと削りながら耐えていると、観客の一部の妖怪が吹き飛ばされているのが見え、思わず頬が引きつってしまう。…やっぱ歩く災害だわ、彼女。

小さくため息を吐き、これからわたしがやることを思い、決意を胸に宿す。そして、右手を固く握り締めた。

 

「…さて、やるか」

 

暴風が収まったところで、過剰妖力で地面を炸裂させて勇儀さんへと走り出す。一歩踏むたびに妖力を炸裂させて加速していく。右腕に力を込め、右手は決して開かぬよう握り続けている。

そんなわたしの行動を見て、何かを短く呟いた。炸裂する妖力の音で聞こえなかったが、なんと言っていたのかは口の動きで理解した。ようやくか、と。そして、わたしの攻撃を受けるように右腕を大きく引き絞った。

 

「セリャアァッ!」

「おらぁっ!」

 

お互いの間合いに侵入した瞬間、右腕が前へと突き出された。

 

「ごめん、嘘」

 

そして、勇儀さんの右腕はわたしの身体ギリギリを通り抜けていった。…まるで抉れたように、体内に潜り込むように消え去った、さっきの一瞬前まで右腕があった場所を。

そのまま勇儀さんの右腕の横を駆け抜け、チラリと横に視線を向けると、僅かだが目を見開いた勇儀さんと目が合う。そして、その顔に抉れたように消えていたはずの右腕が突き刺さった。文字通り一瞬で生えたこの右腕の速度は、そのまま威力に繋がる。

右腕を伸ばし切ったところで、初見殺しとも言える騙し討ち。僅かだが、確かに勇儀さんの身体がぐらついた。…これほどまでの好機は、もう簡単には訪れないだろう。やるしかない。今のわたしが繰り出す、最高の追撃を!

 

「変化『巨腕の鉄槌』ッ!」

 

そう宣言すると共に、大きく腰を捻りながら左腕を真っ直ぐと突き出す。その左腕は、わたしの身体の数倍にまで肥大化していた。地面と水平に放っているにもかかわらず、地面とぶつかりそうなほどに巨大化した左拳が勇儀さんに衝突し、そのまま観客席まで真っ直ぐと吹き飛ばした。

 

「う、ぐ…っ。はぁ、はぁ…」

 

確かに通った感触があった。右腕の一時的欠損、即座に再生、そして左腕の巨大化。続けざまに三度も身体を変化させた違和感は、わたしを確かに蝕んでいる。ギリギリと頭は軋むし、心臓が早鐘のように荒れ狂うし、嫌な汗は噴き出すし、吐き気だってする。けれど、やれるだけのことはやった。

気付いたらあれだけあった過剰妖力がほぼなくなっている。きっと、回避専念の精神が空間把握にかなり使っていたのだろう。これ以上小細工をするのはちょっと厳しそうだ。乱れ切ってしまったわたしの精神の所為で、『紅』の維持も困難になっている。だから、もうほぼ役目を成しえなくなったもう一つの精神も回収した。願わくは、このまま勇儀さんが起き上がらなければいいのだけども…。

 

「…ま、無理か」

 

地面に脚を立てる音がした。土煙の中で蠢く影が見えた。そしてその土煙が晴れると、そこには血塗れの右腕をダラリと下ろした勇儀さんが、ニヤリと笑いながら立っていた。獰猛な笑みだ。好戦的な笑みだ。そして、溢れんばかりの闘志に満ちた笑みだ。

 

「効いたよ。すっげぇ効いた。おかげで右腕がいかれちまったよ」

「それでも立ってるなら意味ねぇんだよ。わたしの負けは、決定的だ。…降参は?」

「悪いがそれは認められねぇ。最後の大勝負でそれは流石に白けるだろ?」

 

白けるとかどうでもいいんだよ、と口から出そうになった言葉を飲み込む。そして、勇儀さんの左腕の筋肉がはち切れんばかりに膨張し、血管が浮き上がってくるのが見えた。嫌な感じだ。圧倒的威圧感。これまでとは比にならない一撃が、来る。

地面に置いていた左腕を持ち上げた。…足掻くか。せめて、最後まで。どうせ逃げ道がないのなら、真正面から突破するしかないのなら、そうするしかないでしょう…?

 

「こいつで終いだ」

「…えぇ、そうかもね」

 

俯きながらそう呟く。左腕にありったけの力を込めながら、わたしは走り出した。顔をあげると、地割れを起こしながらわたしに向かってくる勇儀さんの姿。

 

「四天王奥義『三歩必殺』ッ!」

「オォラアアアァァァッ!」

 

お互いの左拳がぶつかり合い、一瞬時が止まったような錯覚に陥った。そして、気付いたらわたしは観客席の壁をブチ抜いたさらに向こう側まで吹き飛ばされ、無様に地面に転がっていた。巨大化させていた左腕は見るに堪えないほどにグチャグチャなのに、これっぽっちも痛くなかった。

動かしたくても動かない身体。今にも潰えそうな意識。それでも頭をほんの少しだけ無理矢理にでも上げ、その奥にいるであろう勇儀さんを睨む。ぼやけた視界で何処にいるか分からないけれど、この先にいるはずだ。そして、視界は黒く染まった。

…あーあ、これだけやってもまだまだ足りないのか。弱いなぁ、わたし。…ごめんなさい、妹紅。また、負けちゃった。

 

 

 

 

 

 

観客席の向こう側まで吹き飛ばした幻香の小さな姿を、私はその場でボンヤリと見詰めていた。一瞬の静寂。そして、割れんばかりの歓声。流石だとか、やっぱりだとか、ざまぁみろとか、そんな言葉が私の耳を素通りしていく。

 

「はっ…。期待以上だったよ、あんた」

 

いかれた右腕を軋む左手で押さえながら、私はそう呟いた。

幻香はこれから絶対に強くなる、と自慢げに語っていた妹紅。少しすりゃあ私達も軽く超えるかもな、なんてケラケラ笑いながら言った萃香。馬鹿言うな、冗談はよせよ、と言おうとしたが、その時の二人の眼が本気であったことを今でも忘れていない。

そして事実、あいつは初めて会った時と比べ物にならない強さを持ってここに現れた。たかが一年程度で、この成長。この先の事を思うと、思わず頬が吊り上がってしまう。

…ん、どうして嬉しいんだ、私は?

 

「…あ、まずいかも」

 

湧き上がる歓声の中で、何故かこいしちゃんが発したか細い呟きであるはずの声が耳に残った。

 

「うお…っ!?」

 

地面が大きく揺れ、観客の歓声が一瞬で悲鳴に変わる。そして、私の目の前に誰かが土埃を撒き散らしながら着地した。暴風が巻き起こり、土埃が一瞬にして吹き飛ばされた。

 

「…あ?」

 

そこにいた姿を見て、思わず私は呆けた声を出してしまった。

 

「何だこの小せぇ服は…。このっ。…ちっ、丈夫だなオイ。ま、脱ぎゃあいいか」

「…あんた、誰だ」

「あぁん?何言ってんだ」

 

破り捨てようとしたが結局破れなかった肌着ごと上半身の服を脱ぎ捨て、最早使い物になりそうにない左腕をぶら下げた目の前の鬼は、そう言いながらニヤリと笑った。獰猛で、好戦的で、溢れんばかりの闘志に満ちた笑み。

 

「星熊勇儀に決まってるだろ?見りゃあ分かるだろ、私」

 


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