東方幻影人   作:藍薔薇

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第399話

右腕がいかれている私と左腕が壊れた星熊勇儀を名乗る鬼。見覚えのある姿で、聞き覚えのある声で、目の前に立っている。まるで鏡の向こう側だ、と柄にもないことを思った。

一体何が起きたんだ、こいつが跳んできた場所には幻香がいたような、そもそも着ていた服は幻香が着てた服だったような、と繋がっているようないないようなことが次々と浮かぶ中、目の前の鬼は大きく息を吸い込んだ。

 

「ゥウウオオアアアアアッ!」

 

胸いっぱい吸い切ったところで、旧都を揺るがすほどの咆哮が私の耳に突き刺さる。ビリビリと肌が痺れ、周囲の観客達がその衝撃で吹き飛ばされていく。

 

「アアアァァァァ…――あぁ…、ふぅ」

「くぁーっ、うるさっ。まったくもうっ」

 

延々と続いた咆哮がようやく収まり、私は目の前の鬼を睨む。そして、気付いた私の後ろにいたらしいこいしちゃんがヒョッコリと前に出てきた。…は?こいしちゃん?

 

「お、おい!待てよ、こいしちゃん」

「やだ、待たない。わたしは訊きたいことがあるの」

 

咄嗟に伸ばした手をスルリと躱し、スタスタと目の前の鬼に近付いていく。そして、私と鬼のちょうど真ん中で立ち止まり、鬼を見上げながら喋り始めた。

 

「ねぇ、幻香」

「あん?私は勇儀だ。どうして急に幻香の名が出て来るんだい?」

「何してるの、幻香。ねぇ、早く起きて」

「だからさぁ、聞いてたかこいしちゃん?私は勇儀だって」

 

こいしちゃんの言い方は、この目の前の鬼が幻香であることを前提に話しかけている。そう言われると、さっき思い浮かんだことがようやく繋がり始め、これが幻香である可能性になり始めた。

だが、どういうことだ?どうして急に幻香が私を名乗り始める?体形が変わる?声が変わる?性格が変わる?…意味が分からない。

 

「…じゃあ、言い方を変えるよ。ま…勇儀。貴女の中に、寝てる子がいない?」

「はぁ?いきなり何言ってんだ?…あぁー、まぁ、いるにはいるようだが?」

「そう、よかった。で、勇儀。貴女は何をしたいの?どうしたら消えるの?その身体は、幻香のだよ」

「…はぁ。私がやりたいこと?そんなもん、決まってんだろ」

 

そう言うと、目の前の鬼は頬を吊り上げてニヤリと笑った。獰猛で、好戦的で、溢れんばかりの闘志に満ちた笑み。そして、私はその先に続く言葉が何故か先読み出来た。腹の奥底から沸々と湧き上がってくる。…あぁ、どうして忘れていたのだろう。私達が生まれた瞬間から抱いていた鬼の本能。

 

「「強ぇ奴と戦いてぇ」」

 

闘争本能が沸き上がる。軋む左腕を握り締め、目の前にいる格好の相手を睨む。私自身を名乗るんだ。それ相応の自信と実力くらい、持ち合わせてるに決まってる。私は右腕、相手は左腕が使えねぇ。お互い片腕が使えねぇならちょうどいい。

そう思いながら、私は一歩足を踏み出した。目の前の相手も、一歩踏み出した。そして、こいしちゃんを挟んだまま私達は顔を突き合わせる。

 

「この中じゃあ、やっぱり私が一番強ぇ。なら、あんたとやり合うしかねぇよなぁ?」

「はっ。あんたは二番目だ。私が一番だからな」

「抜かせ、私。これからあんたを負かしてその面潰してやるから期待してろ?」

「上等…!」

 

周囲の存在が意識から消え失せ、ただ目の前の相手だけが見える感覚。…あぁ、久し振りだなぁ、この感覚は。いつだったか思い出すのも面倒になるくらい昔に、四天王同士でやり合った時以来じゃあないか?

さて始めようか、と思ったが、相手は何故かしゃがみ込んだ。…あぁ、そういやぁここにはこいしちゃんがいたな。忘れてた。

 

「邪魔だからこいしちゃんは退いてな」

「…気が済んだら返してくれる?」

「はっ。そもそもこの身体は誰のものでもねぇよ。ほら、退いた退いた」

 

そう言うと、立ち上がった相手は右腕を握り締めて私の前にゆっくりと突き出してきた。私もそれに応え、握り締めていた左拳をゆっくりと突き出す。

そういや、自分とやり合える萃香が羨ましいと酔狂にも思ったこともあったかなぁ。まさか、これから現実になるとは、世の中捨てたもんじゃあねぇな。

そして、私同士の拳がゴツンとぶつかり合った。

 

「おらぁ!」

「ふんっ!」

 

すぐさま引き戻し、お互いの右脚が目の前で衝突した。続けて放った拳が互いにすれ違い、頬を揺さぶる。あぁ、強ぇ…。いいねぇ、この骨の芯まで響く感触。昂る、昂るぞ…ッ!

 

「どうしたぁ!そんなショボい拳で勝てるとでも思ってんのかぁ!?」

「はっ!どっちが。あんなもん効いちゃいねぇぞ!てめぇはその程度かぁ!?」

 

そう叫び、真っ直ぐと伸ばされた蹴りを左腕で防御し、すかさず前に出て顎を蹴り上げる。浮かんだ体に左腕を振るい、そのまま観客席の壁を貫きその奥の家々をブチ抜くまで吹き飛ばした。

飛んでいった先まで真っ直ぐと駆け抜けていると、その途中で戻って来た相手が私の顔面に右拳が突き刺さった。そのまま振り抜かれると地面の上を水平に吹き飛ばされ、元居た場所に転がされる。

すぐさま起き上がり、肉薄してきた相手の膝を胴で受け止めて耐え、拳を頭上に振り下ろす。が、それを受けた相手の拳で頬を殴り抜かれた。それを耐え、脚を振り上げて脇腹を蹴った。

 

「はっはっは!いいねぇ!」

「はっはっは!まだ終わりじゃねぇよなぁ!?」

「当ったり前だろうがっ!」

 

殴った。殴られた。蹴った。蹴られた。吹き飛ばした。吹き飛ばされた。至る所に赤黒いあざが浮かび、ところによっては皮膚が破れて血が流れ出る。右腕がいかれていることも忘れて、右腕を思い切り振るった。壊れていたはずの左腕で思い切り殴られ吹き飛ばされた。だが、そんなことはどうでもよかった。

今、最高に強ぇ奴と戦っている。そして勝つ。ただそれだけが私の心を満たしていた。

 

「がぁ…っ、…おらぁ!」

「ぐ…っ、…ふぅんっ!」

「ぅごっ!…どらぁっ!」

「ごはぁっ!…はあっ!」

 

もう言葉なんざいらねぇ。相手を殴り、蹴り、耐え、そしてまた殴る。そこに余計なものを挟みたくない。

散々傷付けられた身体が悲鳴を上げ、ふらりと揺れる。が、後ろに傾こうとしていたのを無理矢理前に直し、その勢いで相手を殴り飛ばす。そのまま地面に倒れたが、すぐにふらつく脚で起き上がった。すると、私の顔面を殴られて地面を転がされた。すぐに起き上がり、起き上がっていた相手の腹を蹴り上げる。

もうどれだけやり合っていたのかは分からねぇ。何処にいるかも分からねぇ。ただ、まだ目の前の相手が倒れてねぇことだけは分かっていた。

 

「…ちっ。もう起きたか」

「…あ、ん?」

 

そして、その最高の時間に水が差された。その瞬間、意識していなかった今の場所が分かってしまう。最初にやり合っていた場所から大きくかけ離れているのだろう。ただ、周囲にはもう使い物にならない瓦礫だらけでさっぱり分からなくなってしまっていた。

目の前の相手が右腕を上げ、その筋肉が大きく膨らみ始める。その所為で破れていたところから血が勢いよく噴き出しているが、そんなことはどうでもよかった。…あぁ、そうか。

 

「しゃぁねぇ…。これで決めてやるよ」

「はっ。何言ってやがる。決まるわけねぇだろうが」

 

そして、私も左腕にありったけの力で力んで構えた。顔に血がかかったが、そんなものはどうでもよかった。ただ目の前の相手だけを見据えていた。

 

「「四天王奥義『三歩必殺』ッ!」」

 

同時に奥義を叫び、踏み出した。三歩と言わず一歩でお互いの距離を詰め、その拳を互いにぶつけ合った。そして、お互いの身体に強烈な衝撃が走り、吹き飛んで地面を転がされた。

…動け、動けよ、私の身体。ここで起き上がれねぇんじゃあ、あいつらに馬鹿にされちまうだろうが!

今にも潰えそうな精神を振り絞って片手を突いてでも片膝を突いてでも起き上がると、吹き飛ばされた相手も同様の格好していた。…はっ、そうかい。

 

「「…引き分けだ。勝負は、また今度な」」

 


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