扉が勢いよく開く音が家に響き、一瞬で意識が覚醒する。侵入者だ。里から来た人間と決めつけ、扉の方向へ被っていた布団を投げつけてから妖力弾を放つ。
「うおっ!危ねえな!」
ボジュゥと何かが燃える音と共に聞いたことのある声が聞こえた。ん、妹紅さんか。ビックリした…。それにしても、自分がやったこととはいえあの布団が燃えてしまった。もったいない…。
「ったく、いきなり攻撃はないだろ?」
「すみません。襲撃者かと思ってしまって」
「襲撃者ならまずこんな音立てないだろ、多分」
そう言われればそうかもしれない…。
「まあいい。そんなことより遊びに来たぜ」
「じゃあ、そこの椅子にでも座っててくださいな。今から朝食作るんです」
「はぁ?もう昼過ぎてるぞ?」
「え!?もうそんな時間なんですか!?」
窓から顔を出して太陽を確認してみると、既に頂点を過ぎていた。あと二、三時間くらいすれば日は沈んでしまうだろう。こんなに寝続けていたとは…。もしかして日付を跨いで寝続けていたなんてことはないでしょうね…?
「妹紅さん、今日って何日です…?」
「何言ってんだお前、三日だ」
「よかった…」
「ま、今日の日付なんかどうでもいいだろ?遅すぎる朝食でも作ったらどうだ?」
「最早昼食ですけどね」
茸を数個水にブチ込み、干し猪肉も入れる。醤油と塩を少量加えてから火打石を使って温めたら完成。
「…相変わらずだな」
「食べれればいいんですよ。美味しいもの作っても食べてくれる人がいないほうが多いですから」
「お前なあ…」
美味しく調理する方法が記された本は読んだけれど、残念ながらその技術を使うことはほとんどない。良質な材料やら下処理やら順序立てやら適切な温度や時間やら面倒くさいからね。
「あ、妹紅さんも食べます?」
「いや、私はいい…」
◆
鼻先に向かって掌底打ちを仕掛けるが、難なく躱されてしまう。軸足に力を入れ回し蹴りを追加で放つが既に射程外。
「それにしても何でわたしは体術を学んでいるんでしょう…」
「ん?考えなかったのか?私が教えることにした理由」
「全く。何となくやっているのかと」
「ひっでえなあ…。これでも色々考えてるんだぞ?」
「それでどんな理由が?」
「んー、対妖怪退治専門家用とかにな」
専門家。どうしてここでそいつらが出てくるんだろう。
「例えばな、呪術とか装飾品を使って妖力無力化みたいな離れ業が出来る奴がいる。まあ、そういうやつは大抵その能力に値するだけの対価を払っているものだ。片目を捧げたり、五感の一部を失っていたりな。そういうやつに当たったときの為にと思ってな」
「妖力、無効化…」
「そういうやつに向かって魔術を放って対処するのも一つだ。妖力と魔力はほとんど同じものだが、妖力による超常現象と魔力による超常現象では結果が同じでも工程がまるで違うからな。詳細は分からんが魔術なら効く。だけど、お前は魔術使えないだろ?だから代わりに体術で対処すればいいと思ってな」
「いつか魔法使いたいですねえ」
「時間かかるだろうけどな。妖力を使って魔術だって出来るはずだし。魔術って言うのは所謂数式なんだよ。…っと、まあ魔術はその辺にしといて、体術極めれば身体能力も上がるし持久力もつくと思う。それに、最適化された動きは自分への負荷は最も小さく、相手に与える威力は最も大きくなる。歩き方、走り方、飛び方、しゃがみ方なんかの些細なところにも変化が起こるものだ」
「最適化された動きで負担が小さくなると」
「そうだ。ただ走るよりも最適化された走りをする方がずっと長く、速く走り続けられる。ちょっとずつでもいいからよくしていった方がいいと思ったんだ」
「本当に色々考えてたんですねえ。正直言って意外ですよ」
「失礼な」
そう言われればいつもより疲れにくくなったかなー、と感じてはいたがそんな理由があったとは。
「さて、話が長くなっちまったな。このまま終わるか?」
「そうですね。あ、そうだそうだ。妹紅さんに聞いておきたかったことがあるんですよ」
「ん?なんだ?」
「炎の出し方ですよ」
「ん?あんなのは妖術の一種だからなあ」
「あれ?妹紅さんって人間でしたよね?何で妖術なんて」
「昔は妖怪退治を生業にしてたからな。妖術なんてのは妖怪が使う術全般であって、必ずしも妖力を使わないといけないわけじゃないから」
「じゃあ、霊力ってやつを使って?」
「そうだなあ…。そう言われるとそうかも」
人間の使う力は基本霊力か魔力だとパチュリーが言っていた。だからきっと妹紅さんは霊力を使っているはずだ。「実は妖怪でした」なんてことがなければ。
「要はイメージだ。想像すればいいんだよ。創造なら得意だろ?」
「複製ですけどね。見てみます?わたしの炎とは思えない悲惨な代物を」
炎。赤かったり青かったりと様々な色があるが、共通しているのはユラユラと揺らめき、熱いことだ。しかし、わたしがそう考えて出てきたものはというと…。
「………なにこれ」
「炎、のハズなんですけどねえ…」
「うわ、熱くねえ。水が沸騰しなさそうなくらいだぞ、この炎みたいの。それよりもこの見た目おかしいだろ。確かに揺れてるけど、なんていうか、紙か布でも使って炎みたいのを作ったような」
「…仰る通りで」
しかも薄紫色。このまま放てば摩訶不思議な妖力弾の完成だ。この炎モドキはその位しか使い道がないと思う。
「こりゃあ基礎から出来てなさそうな感じだなあ…」
「基礎?」
「お前、妖力の性質って考えてるか?」
「性質…?」
「考えてないな」
何故ばれた。それよりも性質ってなんだ。妖力は妖力でしょう?
「スペルカード戦なんかで使う弾幕なんかは何も考えずに放ってるだろうよ。性質は破壊か?」
「破壊って言っても色々ありますよ?炎だって水だって破壊出来ます」
「それは使い方次第ってやつだ。妖力弾なんて破壊以外に使い道あるか?」
そう言われればないかも。当たっても破壊出来ない理由は威力を弱くしているからだ。それでも当たれば痛い。
「妖力の性質の変化は意外と難しいんだよなあ…。得意不得意もあるし、出来ないやつは一生かけても出来ない」
「わたしは出来ますかね?」
「出来るはずだ。お前の複製は妖力塊なんだろ?なら、同じ妖力を使って出来ないほうがおかしい」
「だけどさっきの見たでしょう?出来ないんですよ」
「んー…、そうなんだよなあ…」
何かが足りないのかもしれない。実力かもしれないし、慣れかもしれないし、わたしの知らないものかもしれない何かが。
「お前の複製って何が必要なんだっけ?」
「え?突然なんですか?」
「いいから答えろって」
「えーっと、複製したいものを視界に収めるか触れていること」
「それだ。多分、お前は認識が必要なんだ」
「認識?」
「私が炎を使う時に、一瞬とはいえ頭の中に明確な炎を浮かべてる。だけど、お前は炎って言われてどんなものを想像する?」
「赤かったり青かったりする。揺らめく。熱い。水をかけると消える」
「その時細部までくっきりとした映像を思い浮かべることは?」
「…なんていうか、靄がかかったような曖昧な感じですよ。それが普通でしょう?」
「そうかもしれないが、使えるようになるには多分そんな曖昧のものじゃ駄目なんだろ。だからお前の場合は視覚によって補う」
「そんな単純なものですかねえ、わたしの能力って」
これでも五年くらい前には複製なしで何かを創ろうとした。しかし、出来たものはさっきの炎みたいな欠陥品。鉄を創ろうとすれば硬いと言えば硬いし、光沢もあると言えばあるのだがやっぱり鉄とは言えない代物になったし、刃物を創ろうとしたら斬れそうな斬れなさそうな変なものが出来た。だから、複製しようと思わなければ妖力を使って何かを創ろうなんて思わなくなったのだ。
「単純なわけあるか。だけど、出来ると思わなきゃ出来るものも出来ない」
「そうですね。努力すれば出来る、といいなあ」
「そうだな、努力は大切だ」
そう言った妹紅さんは急に思案顔になった。
「にしても不思議だよなあ…。普通、妖力塊と言われても実物になることはまずないんだが」
「妖力弾って実物じゃないですか?」
「あれとは違ってな、なんていうか妖力が鉄に変質するなんてほぼ有り得ないんだよ。妖力を使ってそこら中の鉄をかき集めて鉄を作るのが普通だ」
「わたしって意外と不思議な能力だったんですね…」
「しかし、何にでもなれるくせしてそれが目の前にないと駄目とかおかしいだろ」
「さっき認識が足りないって言ってたのは妹紅さんですよ?」
「確かにそうなんだが…。なんていうかお前は出来るはずのことが出来なくなってるように感じるんだよなあ」
「ええ?今まで複製は出来ても創造は出来た事ないですよ?」
「まあ、ただの勘だ。気にしなくていいぞ」
勘か。大ちゃんの考えを信じるなら、妹紅さんは正しいことを言っていることになる。つまり、わたしは何処かで能力を喪失していた?何故?どうして?考えても全く分からない。思いつかない。想像もつかない。
「おい、もう暗くなってきたな。そろそろ帰るわ」
「え、あ、はい。さようなら妹紅さん」
「おう、じゃあな」
幻想郷に生まれたころから使えたわたしの能力。この前改めて調べて出来ることが増えたばかりなのに、新たに知りたいことが出来てしまった。しかし、これはそんな簡単に分かることではないし、全くの見当違いなんてこともあり得る。
まあ、いいや。こんなことを深く考えても意味はない。今考えて分からないことは考え続けても分からないものだから。いつか分かるときが来るまで放っておこう。
今はそんなことよりも炎だ。このままだと防寒具が必要になってしまう。