目が覚めたら、見るからにボロボロな勇儀さんがいた。勇儀さんの周辺には旧都の成れの果て。全身が滅茶苦茶痛い。…あの、どういう状況?
「…ちっ。もう起きたか」
『は?』
えぇと、勇儀さん?まるで隣にでもいるかのように聞こえてくるんですけど。…いや、隣からと言うよりは、同じ場所からと言ったほうが正しいような…。
あぁー、そういうこと。わたし、勇儀さんの願いを奪ったんだ。どんな内容か知らないけれど。…あーあ、まるで制御出来てないじゃないか。
そんなことを考えていると、物凄い不満が伝わってくる。どうやら、最高に強い奴との勝負の最中にわたしが目覚めたことで、わたしという不純物が混ざってしまったことで、水を差されたと感じているらしい。
「しゃぁねぇ…。これで決めてやるよ」
「はっ。何言ってやがる。決まるわけねぇだろうが」
けれど、それと同時に分かるんだ。貴女は、既に満足していると。それはすなわち、願いの成就であり、精神の捕食である。
だから、悔いのないように最高の攻撃をするつもりらしい。その際に右腕から勢いよく血が噴き出るが、そんなこと意識していないようだ。というか、目の前の勇儀さん以外を意識から排している模様。…まぁ、ここで騒ぐのは流石に悪いよなぁ。右腕が引き千切れそうなくらい痛いんだけど、我慢しましょうか。
「「四天王奥義『三歩必殺』ッ!」」
互いの最高の一撃をぶつけ合い、強烈な衝撃が体中を駆け巡る。そのままお互いに吹き飛ばし合い、地面を派手に転がった。あぁーっ、痛っ!今動いたら身体がそのまま崩れ落ちそうなほど痛い。だというのに、わたしの中に宿る勇儀さんはそんな痛み関係ないとばかりに起き上がろうとする。…意地張ってるなぁ。まぁ、張り続けなきゃいけないものがあるのだろう。
ほら、あっちも同じ格好で立ち上がろうとしてるよ。若干悔しそうに、けれどそれ以上に嬉しそうに笑う。
「「…引き分けだ。勝負は、また今度な」」
その言葉を最後に、わたしの中の勇儀さんが消えていくのを感じた。
『…何か言いたいことはありますか?』
そう訊いてみたけれど、答えはなかった。…そっか。去る者に言葉はないですか。
『さよなら』
無言で消えゆく者に、別れの言葉を投げかけた。…貴女のこと、忘れません。
身体を動かしていた精神が消え去り、どうにか立っていた体がふらつく。しかし、すぐさまわたしがその傾きを堪えた。身体が変わっていく感覚をまざまざと感じながらも、最後まで張っていた意地を代行するために。今にも叫びたいほと痛むが、決して口にせず。
そして、身体の変形がようやく収まり、わたしの身体が完全に元に戻ったところで、わたしは背中から倒れた。その拍子に崩れるんじゃないかと思ったけれど、崩れずに済んだようだ。けれど、起き上がる気にはなれない。滅茶苦茶痛い。
「…なんだ、倒れちまったか。…いや、もう、あんたか…」
「悪かったですね…。けど、どうするんですか…っ、これ?」
「これ?…あぁ、旧都、か」
そう言いながら、勇儀さんはゆっくりと腰下ろして胡坐をかいた。
改めて見渡すと、相当酷い有様だ。見渡す限り瓦礫だらけ。地面の整地、瓦礫の撤去、そして家々の建て直しにどれだけ苦労するのやら…。というか、材木が足りないのではないのかと心配でならない。
「…まぁ、時間掛けて直すさ。さとりにはそう伝えといてくれ」
「伝えときます。…あぁー…、痛い…」
また何か言われるかもしれないなぁ、と思いながら、天井を見上げた。もう動くのも億劫だし、少し寝てしまいたい気分だけれど、そうしたら何をされるのやら…。今わたしはちょっとの攻撃でも即行で死にかねない。
今のわたしに出来るせめてもの防御の手段について考えていると、今更ながら上半身の服がないことに気付いた。何故脱いでる。フェムトファイバーの肌着、何処にあるんだ…?…あれ、動いてる?というか、近付いてる?
「いたっ!」
フェムトファイバーの肌着がある場所に顔を向けると、すこし遠くに飛んでいる人が見えた。そして、真っ直ぐとわたしに向かって降りてきている。
「…こいし?」
「こいしちゃんじゃねぇか」
「幻香ぁ、よかったぁー…っ」
わたしのすぐ横に着地すると、すぐさま体を起こして抱き付いてきた。うげぇ、滅茶苦茶痛い!体中に鋭痛と鈍痛が入り混じったものが迸るんですけど!引き剥がすにも両腕がまともに動かせないし、言葉で伝えるにも心配してくれているのを無下にするのはなぁ…。
「あー、こいしちゃん。傷だらけだし、離してやってくれ」
「え?…あ、本当だ」
「ゲホッ!?」
そう思っていたら、勇儀さんが止めてくれた。こいしはパッと抱き締めていた腕を離し、わたしはそのまま地面に倒れた。背中から叩き付けられ、肺の中身が吐き出される。…このまま死んでしまうんじゃあないか、わたし?
そう思いつつ、少し落ち着いたところで『紅』発動。傷が塞がっていく。だが、いくら傷が治っても、この痛みは当分引かなさそうだ。
「…こいし、金剛石あります?」
「え、あるけど…。勇儀との勝負の最中、袋からかなり吹き飛んじゃった」
「そのくらいなら気にしないでいいよ」
そう言われ、金剛石の場所を探ってみると、確かにそこら中に散らばっているのが分かった。まぁ、地霊殿に半分、こいしの手元にもまだある程度は残っているようだし、別にどうでもいいか。…旧都の経済に大きな衝撃が起こりそうな気がするが、わたしの知ったことではないな。うん。
「それで、いくつかくれませんか?」
「分かった。ちょっと待ってね。…はい!」
手渡された五個の金剛石をまとめて回収する。…回復した妖力の割合が明らかに減ったな。金剛石一個で約一割、つまり五個で約五割だったのに、四割と少ししか回復していない。全体妖力量は大体二割増し、といったところか?
妖力量が増えたことは嬉しく思うけれど、それが勇儀さんの願いを捕食した結果だと思うと罪悪感を覚えてしまう。
「…ところで、こいしちゃん」
「なぁに、勇儀?」
少し沈んでいると、勇儀さんがこいしに話しかけていた。この声色は、疑問があったような感じかな。そして、それが些細な疑問ではないことも分かった。
「…幻香、何者だ?」
「さぁ?わたし、知らないよ」
「おいおい、まずいかもとか言ってただろ。それに、真っ先にあれが幻香だって理解した。とてもじゃあないが、何にも知らないとは思えねぇよ」
「何者かは知らないよ。けれど、幻香がそういう存在だ、ってことは知ってる。あと、お姉ちゃんに余裕があれば幻香が気を失わないように注視してほしい、って言われてたのを思い出したからね」
気を失う、かぁ…。わたし、割りと気を失うこと多いんだけどなぁ。特に妖力枯渇で。確かに気絶はしないようにしたいけれども。
そう思っていると、こいしはわたしの身体を優しく起こし、フェムトファイバーの肌着とボロボロになってしまった服を着せてくれた。誰かに着せてもらうような齢じゃない気がするけどなぁ、と思いながらも、動く気になれないのでされるがままである。
「幻香、立てる?」
「…いえ、ちょっと動きたくないかな」
「分かった」
そう言うと、こいしはわたしを背負い始めた。え、ちょっと身長差あって厳しいんじゃあ…。
「…うっ、重っ。けど、今の勇儀に任せたくないし頑張らないとなぁ」
「それは流石に聞き捨てならねぇなぁ、こいしちゃん。相手が動けるまで私が責任持つのが最後の規則だぜ?」
「どうでもいいね。それに、こんなところで寝かせたくないから。じゃあね、勇儀」
「え、と。…それでは、勇儀さん」
それだけ言い残すと、フワリと浮かび始めた。それに合わせて、わたしも少しばかり浮遊してこいしの負担を減らす。すると、チラリとわたしをほんの少し目を細めた目で睨まれ、小さな声で無理しないで、と言われた。