東方幻影人   作:藍薔薇

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第401話

机の上に手のひらに乗せられる大きさの複製(にんぎょう)を創り、その中に出来る限りの情報を羅列し続け、その全てを捻じ込んでいく。動くように、立つように、歩くように、走るように、跳ぶように、飛ぶように、止まるように、座るように、休むように、寝るように、思うように、考えるように、話すように、…生きるように。

これは飽くまで試作だ。そんな簡単に上手くいくだなんて思っていないし、むしろ失敗するだろうと思っている。だけど、試さなくてはいけないのだ。

 

「…こんにちは」

「えぇ、こんにちは」

 

最初は、やっぱり挨拶からだよね。そう情報に入れたから。身体が小さいから声はあまり大きくせず、代わりに少し高めにして聞こえやすくした。思った通りの可愛げのある声だ。そう情報に入れたから。わたしが挨拶を返すと、彼女はニコリを微笑んだ。そう情報に入れたから。

 

「…わたしの名前はういと言います。…貴女は?」

「鏡宮幻香。よろしく」

「…はい。…よろしくお願いします。…鏡宮幻香さん」

 

そう言いながら、彼女はペコリとお辞儀をした。そう情報に入れたから。初対面の相手には、わたしが情報として入れた名前であるういを名乗り、それから相手の名を訊ねる。そう情報に入れたから。彼女は相手の名前はさん付けして呼ぶ。そう情報に入れたから。

 

「…鏡宮幻香さん。わたしと一緒に遊びませんか?」

「いいですね。何をして遊びましょうか?」

「………しりとりはどうでしょう?」

「しりとりかぁ。二人でどのくらい続くかな?」

「………百ですね」

「そっか」

「…お互いに頑張りましょう」

 

この試作複製の目的は遊戯だ。わたしが同意し、かつ何をして遊ぶか訊ねたため、彼女はしりとりを提案した。そう情報に入れたから。今回はしりとりを提案したが、その他にもじゃんけん、かくれんぼ、鬼ごっこ、だるまさんが転んだ、等々…。わたしが情報として入れた簡単な遊戯の中から一つ選択される。そう情報に入れたから。わたしに数を問われたから、数で返答した。どの数字になるかは、とりあえず十、五十、百、二百、三百、五百、千、等々…。パッと思い付きで出てきそうな違和感のなさそうな数字から一つ選択される。そう情報に入れたから。わたしがもう少し多いと言えばその数字を大きくしただろう。もう少し少ないだろうと言えばその数字を小さくしただろう。そう情報に入れたから。

 

「…花」

「茄子」

「…西瓜」

「亀」

「…めだか」

「蛙」

「…瑠璃」

「離脱」

「…爪」

「目玉」

 

彼女から始まったしりとりは簡単には終わらないだろう。わたしが思い付く限りの単語をとにかく入れたから。わたしが言った単語がちゃんと彼女が言った単語の最後の文字から始まっているか把握し、わたしが言った単語の最後の文字を把握して彼女に入れた情報の中から該当する単語を選択して言う。そう情報に入れたから。

そのまま淡々としりとりを続けていき、もうそろそろ百かなぁ、と思いながら少し試してみることにした。

 

「…梅」

「めだか」

「…それはわたしがもう言っていますよ」

「それじゃあ、麺棒」

「…馬」

「孫」

「…ついに百回続きましたね。…碁石」

「屍」

 

お互いに言った単語は記録され、わたしがそれを言えば注意してくれる。そう情報に入れたから。わたしが何回続けられるか訊き、あるいは言い、その数字まで到達すれば教えてくれる。そう情報に入れたから。

 

「…無花果」

「苦労」

「…嘘八百」

「黒」

「…六」

「国」

「…にんにく」

「燻製」

 

それからも着々としりとりは続き、気付いたら彼女は勝つために最後の文字を一種類に絞り始めていた。何回続くかで出てきた数字の三倍、または五百のどちらか小さなほうを超えたら、どれか一種類の文字を選択してそれに該当する単語を選択するようになる。そう情報に入れたから。

…けれど、実は、彼女とのしりとり遊びには致命的な欠陥があることを、わたしは既に気付いている。

 

「…陰極」

空角徒(くうかくと)

「…盗賊」

 

空角徒という単語があるかどうかなんてわたしは知らない。今さっき考えたから。そうだ。そもそも彼女はわたしが言った単語が存在するかどうかなんて気にしていない。何故なら、仮に羅列した情報の中に存在せず、しかしこの世には存在する単語を言った場合、彼女にそんな単語はないと言われてしまうのは印象が悪くなる。だから、単語の始まりと終わりの文字とまだ言っていない単語であるかしか彼女は気にしていない。そう情報に入れたから。

それからも、その場で思い付いた存在するかどうかも知れない謎の単語を言い続けた。これを繰り返していれば、いつかわたしが彼女に入れた単語も尽きる。…ほら、もう最後の文字がくじゃなくなった。

 

「…がらんど――」

「もういいや」

 

わたしは彼女の小さな身体を手の甲で叩く。その身体はあまりにも軽く、そのまま壁に吹き飛ばされてしまう前に、彼女を回収した。…あぁ、失敗した。失敗した。失敗した。

こんなんじゃあ駄目だ。全然駄目だ。気持ち悪い。不気味だ。吐き気がする。決められたとおりに言葉を発し、行動する。これがどれだけ気持ち悪いか理解出来るだろうか。わたしは飽くまで、人を創ろうとしたんだ。一緒に遊んでくれる人を。

例えば、右と左の分かれ道があったとき、右か左のどちらかを選ぶ。しかし、誰もが右か左のどちらかしか進まないわけではないだろう。道なき道を真っ直ぐと進む人もいるだろう。飛んでいく人もいるだろう。諦めて帰る人もいるだろう。そして、普段は右を選ぶけれど、何となく左を選ぶことだってあるだろう。

わたしが創った情報では、それがない。右を進むようにすれば右しか進まないだろう。左に進むようにすれば左にしか進まないだろう。どちらかを選択するようにすればどちらかを選択するだろう。その確率を偏らせればどちら側に進みやすいかも決められるだろう。飛んでいくようにすれば飛んでいくだろう。けれど、情報にないことはないのだ。それがあまりにも気持ち悪い。

人とは整合性と不整合性の両立だとわたしは思う。基本はいつも通り、決めていたことをやり続けるだろう。しかし、どこかで唐突にこれまででは思い付きもしなかったことを思い付き、それを実行する場合もある。しないことだって当然ある。そして、それが当たり前である。決まっているように決まっておらず、決まっていないように決まっている。その矛盾が矛盾なく収まっている。

 

「…どこがいけないんだろうなぁ」

 

人の精神とでもいうものは、多分ほぼ完成していると思う。記憶、選択、行動が出来れば十分だとも言えるだろう。けれど、このままではどこか違うのだ。もっと不確かで、曖昧で、けれど大切なものが欠けている感じ。何が足りないのだろう。何が抜けているのだろう。それが分からない。

そのことを悶々と考えていると、ガチャリとわたしの部屋の扉が開けられた。

 

「こんにちは、幻香さん」

「…さとりさんですか。こんにちは」

「…どうやら、難しいことを考えていたようですね。そして、今まさに行き詰っているようで」

「そうですね。…さとりさんは、どう思います?何か思い付くこととか」

 

そう訊いてみると、さとりさんは少しだけ考えてくれた。今は少しでもいいから別の視点の言葉が欲しい。そこから何か掴めるかもしれないから。

 

「貴女は神にでもなるつもりですか?」

「…あぁ?」

 

けれど、その答えは聞き捨てならないものだった。一瞬にしてわたしの感情が怒りに支配される感覚。気付けばわたしは立ち上がって右手を固く握り締め、さとりさんの顔面を全力で殴り掛かろうとしていた。が、それを僅かに残っていた理性で無理矢理止める。無理に止めた所為で変な体勢になってすっ転ぶが、その痛みで少しだけ冷静になり、怒り一色に染まっている感情を抑えていく。

わたしはいま立ち上がった二の舞になりそうだと思ったから起き上がらず、床に顔を合わせたまま言った。

 

「…神なんぞなりたいとも思わないし、なりたくもない。わたしは神様ってものが大嫌いだ」

「なら、貴女が一つの命を創ろうなんて思わなくてもいいでしょう。貴女がやろうとしていることは、まさしく神の所業です」

 

そう言われ、わたしはため息を吐いた。…まぁ、そうかもしれないけれども。

さとりさんを見ないようにしながら立ち上がり、話を無理にでも変えるべく話しかける。

 

「ところで、わたしに何の用ですか?」

「…一応、こいしからの報告で心配して見に来たのですが…。あんなことをする余裕があるなら心配する必要はなかったですね」

 

さとりさんの声色から、わたしの意思を汲み取って話題変えに乗ったのが分かる。そして、かなり呆れられていることも。

創造の一つの到達点、生命創造。挑戦せずにいるというのは、それはそれで嫌なんだよ。

 


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