東方幻影人   作:藍薔薇

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第402話

「幻香がやったわけじゃないのにねー。お姉ちゃんの分からず屋っ」

「確かにわたしがやったわけではないですが、それでもわたしがやったんだ。しょうがないよ」

 

頬を膨らませてわたしの代わりに怒っているこいしを宥めた。この瓦礫だらけな旧都の成れの果てを勇儀さん二人だけで作り上げたと思うと、思わずため息を吐いてしまう。その片棒を担いでいたとなれば尚更だ。

瓦礫を積極的に片付けている妖怪達に倣い、近くにある瓦礫を押し退けていく。こいしも小さなものを余所に退けてくれているけれど、正直雀の涙にしかなっていない。…おーい、だからって積み木みたいに遊び始めてるんじゃないよ。…まぁ、こいしはあんまり力ないみたいだししょうがないか。

 

「うおーっ!見つけたっ!本当にありやがるっ!」

「何ィ!?」

「見せろ見せろ!そして寄こせ!」

「ヒューッ!与太話だと思ってたが、本当にあるとはなぁ!」

 

すこし遠くで騒いでいる妖怪は、きっと勇儀さん同士の勝負の衝撃で散らばった金剛石を見つけ出した妖怪だろう。この宝探しが瓦礫の撤去作業を飛躍的に加速させている要因らしい。あれだけの数がある金剛石がどの程度の価値になるかは知らないけれど、数があるだけ希少価値が下がるから、あまりいい値段にはならない気がするんだけど…。どうなるんだろうね?

頭の中で散らばった金剛石を全て霧散させた場合どうなるだろうか、何てことを考えてしまう。見つけ出した金剛石が突如消滅、幻術か何かと疑い出す妖怪達、瓦礫の撤去作業のやる気が急降下…。あまりいいことはなさそうだ。

 

「…ところで、この瓦礫は何処に捨てればいいんでしょうね?」

「んー、一旦別の場所に集めるみたいだけど、いらないものは最終的に灼熱地獄跡地行きじゃないかな?全部燃えて融けてお終いだよ」

「へぇ…。あの霊烏路空、というさとりさんのペットがいる?」

「そうそう。お空がいる場所」

 

会ったことないからどんなペットか知らないけれど。ま、どうでもいいや。そんなことよりも今はこの瓦礫を一旦集める場所を探さないと。

周囲を見渡し、瓦礫を持って移動している妖怪を見つけては歩いている方向に目を向ける。そして、十数人分の妖怪達の情報から瓦礫を集めて置く場所を推測した。…まぁ、あそこに一際大きな瓦礫の山があるし、あそこでいいんでしょう。

ある程度集めた瓦礫の下に、それら瓦礫が収まる大きさの箱を創る。瞬間、地面の中から弾き出された箱が瓦礫を押し上げて目の前に現れた。次にその箱の中心の下に太い円柱を創り、地面の中から弾き出された円柱によって箱が持ち上がる。中に入っていた瓦礫がガタガタと暴れたけれど、零れてはいないからよしとしよう。

 

「よい、しょっと。お、やっぱり軽いなぁ。流石だよ」

「…え、そう?」

 

箱の下に入り、円柱を回収しながら両腕で底を支えて持ち上げた。流石、旧都は軽い木材を使っているだけあって、これだけ積まれても瓦礫が軽い。もう少し集めてからでもよかったかもしれないけれど、一度下ろすのは面倒だし、このまま行くとしましょうか。

 

「お、っとと?」

 

箱の中でガタガタと音がし、重心が大きくズレていくのを箱を傾けて抑える。いくら軽いとはいえ、箱の中にある瓦礫がバラバラだと箱が傾いてしまう。…これは瓦礫が中央に集まるように箱の底を窪ませるのも視野に入れておこうかなぁ。いや、少し窪ませる程度じゃあこの瓦礫を集めるのは厳しいか?…次に試せばいいか。

 

「…こいし、貴女も少しくらい持ったらどうですか…?」

「えー、やだ」

「やだ、って…。もういいや」

 

文句言ってもしょうがないし、こいしはあんまり力がないことも把握済み。一人で黙々と続けていくより、隣にいてくれるだけでいい。

遠くのほうで騒いでいる声を聞き流しながら箱の中身が零れないように持ち歩き、瓦礫を一旦集めているであろう場所に到着した。うーん、大きい瓦礫の山だなぁ。これがこれからさらに大きくなると思うと、この旧都の惨状が浮き彫りになるようでなぁ…。

思わず頬が引きつるのを感じながら、箱を傾けて中身を瓦礫の山に落としていく。そして、最後に箱を回収し、僅かに残っていた小さな瓦礫や欠片などがその場に落とした。

さて、ここで待っていても意味はない。さっさと瓦礫の山に背を向け、次の場所に行くとしましょうか。

 

「…んー、なぁんか嫌な感じするねぇ」

「ですね。ま、あんなことがあったし、しょうがないよ」

 

そんなわたしに視線が刺さるのを感じながら、隣にいるこいしが言ったことに同意した。今までも視線は感じていたけれど、今日は視線の質がなんだかジットリと陰湿で、絡み付くような圧力を感じる。少なくとも、いい感情ではないのは確かだ。その視線は全てわたしに向けられているのだけれども、近くにいるこいしは嫌でも感じてしまうだろう。

まぁ、ここに行って瓦礫の撤去作業に参加するように言ったさとりさんが事前に伝えてくれていたことだ。気にならないわけではないけれど、気にしても仕方のないことだ。

あの時の妖怪達は気が動転したり逃げることで精一杯だったりでそんなことを気にする余裕なんてなかっただろう。けれど、落ち着いて考えればわたしが勇儀さんに成ったことは分かってしまうだろう。そして、それが単純に姿を化かすのではなく、実力含めて成っていることは嫌でも理解出来る。…出来てしまう。

その後で旧都を回ったというお燐さん曰く、勇儀さんはわたしがどのような存在であるか少し気にしているようだけれど、それ以外はほぼいつも通りだそうだ。その他妖怪達はわたしを不気味に感じたり、気味悪がったり、面白半分で突いてみたくなったり、どうでもいいと割り切っていたり…。まぁ、様々だそうだ。けれど、あまりよく思われていないのは確かだろう。

 

「…『禍』」

 

思わず、口から零れ落ちる忌み名。結局、ここも地上と大して変わらないのかもしれないなぁ。そもそもわたしは地上の妖怪。彼ら地底の妖怪達にとっては、結局のところ異物でしかないのだから。異物は取り除かれなければならない。その意志があの一件で膨れ上がっている。そんな感じがする。

 

「違うよ」

「違わないさ」

 

そんなわたしの言葉をこいしは即座に否定した。けれど、少なくとも地上でわたしが『禍』であったのは確かだ。なりたくてなったわけでなくとも、押し付けられた名であろうと、濡れ衣を着せられたとしても、わたしは『禍』であるように行動した。一人殺した。九人殺した。異変を起こした。その瞬間、九十九人の黒は、百人の黒へと変わった。人間共の都合のいい虚構は都合のいい真実へと成り下がった。

 

「違うっ!」

「…こいし?」

 

そう思っていたのに、こいしが続けざまに放った鋭い否定はわたしを震わせた。

 

「幻香は、『禍』なんかじゃ、ないよ」

「…こいし。わたしは『禍』だ。誰もが認めて、わたしも認めた。…そうなれば、どんな嘘だって真実に――」

「わたしが認めない。だから、幻香は『禍』じゃあない。言わせない。させないよ」

 

思わず笑いそうになった。馬鹿にするつもりではなく、ほんの少しだけ、嬉しくて。こいしがそう言ってくれる限り、わたしは真に『禍』と成らずに済むかもしれない。馬鹿みたいだけど、そう思った。一人殺しても、九人殺しても、異変を起こしても、『禍』ではないかもしれないと、そう思った。

 

「…ありがと、こいし」

 

そう言って、わたしは微笑んだ。否定してくれたわたしの友達に。わたしを認めてくれたわたしの友達に。

 


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