東方幻影人   作:藍薔薇

404 / 474
第404話

こいしと一緒に瓦礫の撤去作業、もとい塵取り押しをしながらお話しをしているのはとても楽しかった。誰かを轢きそうになるたびにきつい目で見られたけれど、そんなことが気にならないくらい。そして何十回と塵取りを押していると、相槌を打ったこいしの口から欠伸が漏れ出て眠いからと地霊殿へ帰っていった。一緒に寝るかと訊かれたけれど、その時は眠くなかったので断った。

 

「はぁ…、はぁ…、はぁ…」

 

それからも、わたしは黙々と一人で塵取りを創っては押し続けている。いい加減疲れてきたのだけれど、まだ体は動かせる。誰かを轢きそうになって文句を言われても気にならなかった。というか、気にしてられない。そんなこと気にする暇があったら押したほうがいい。もういくつの塵取りを創り、そして押しているのかは分からない。というか、数えていない。

少し後ろには情報に従って進んでいる九個の塵取りが斜めに並んでいる。車輪に含めた過剰妖力量を調節し、一旦瓦礫を集めている場所の手前で止まるようになっているから安心だ。ただ、外側から円の中心に向かうように進んでいるため、そのまま放置していると到着地点である瓦礫の山手前でぶつかってしまい、下手すれば倒れてしまうなんてことになりかねない。だから、そうなる前にわたしの手で一つずつ瓦礫の山まで押し、そして回収したほうがいいだろう。

その後もただただ淡々と塵取りを瓦礫の山まで押し、塵取りを回収し、後ろにある塵取りを押す。その繰り返し。瓦礫を集めている妖怪達に何か言われた気がしたけれど、何と言っていたのかはよく分からない。何やら怒っていたような気がしたけれど、碌に聞いてなかった。

塵取りの場所まで戻るとき、何となく遠くを眺めていると、そこでは勇儀さんを中心にしていくつか家を建てていた。おぉ、あそこの瓦礫は綺麗に撤去されているなぁ…。それに対して、わたしが押してた場所はと言えば…、あれ?ヤマメさん達が家を建て始めてる?

 

「…ま、いいや」

 

ようやく旧都の家々が建て直されてきているんだ。旧都の復興も順調に進んでいる。わたしはさっさと塵取りを押そう。

それから残っていた全ての塵取りをようやく押し終え、最後の一つを回収した。溜まっていた空気を一気に吐き出し、大きく伸びをする。肘やら肩やら背骨やらがパキパキと鳴る音を聞きながら、次の瓦礫の撤去作業をする場所を見遣る。…ふむ、ちょうどよく妖怪達がいないじゃないか。文句を言われる必要がないのはよいことだ。

 

「…あ?」

 

そう思いながら、さて次の場所へ行こうかと足を踏み出そうとしたところで、後ろからわたしの肩を掴まれた。後ろの誰かがわたしを力任せに後ろへ向かせようとしてくるが、いくら疲れているからといっても、その程度の力で動かされるほど弱くはない。

 

「ちょっと!先程から何度も何度も何度も何度も私の言葉を無視して!貴女、ちゃんと聞いておりますのっ!?」

 

振り払って行こうかと考えたところで、後ろの誰かの言葉が耳に突き刺さった。あぁ、耳元でそんな大声出さないでくださいよ…。

疲労の所為で自分自身の気が立っていることは分かっていた。特別何かを対象に苛立っているわけではなく、特段対象もなくむかついている自分がいる、ってことを。そして今、その怒りの対象が後ろの誰かに向きかけたところで、その怒りを腹の奥底に無理矢理沈める。ここでそんな態度を取ったらどうなるかを考え、冷静さを取り繕ってからゆっくりと振り向いた。

 

「…すみません、少し集中しててですね。申し訳ないんですが、聞いてませんでした。…それで、貴女はわたしに何の用があるんですか?」

「だから、貴方が使っているその箱を使わせてくれないかと頼んでいたのですっ!」

「はぁ、別に構いませんが…。貴女の後ろで四人待っているようですが、その人もですか?」

「ええ、そうですわ。私達はあまり力がないものですから、これらを捨てに行くのに欲しかったのです。譲っていただけますよね?」

 

そう言われ、改めて細身の妖怪達を見遣る。…まぁ、確かに彼女達はとてもではないが力があるように見えない。事実、片腕でわたしを振り向かせることが出来ない程度には弱かった。そんな彼女達がわたしが使っている塵取りを使い、一度に多くの瓦礫を運べるようになれば撤去作業が早く済むかもしれない。

しかし、わたしが使っている塵取りは回収して瓦礫をその場に落とすのが前提だ。あの灼熱地獄跡地に落とすには自力で塵取りを持ち上げて傾ける必要があり、このままでは非力な彼女達には少し使いづらいだろう。…少し創り変える必要があるかな。

頭の中にさっきまで使っていた塵取りの形と情報を思い浮かべ、彼女達が使いやすくなるように少し変更してから、五個の塵取りを創造した。

 

「まぁっ!」

「この辺りに触れている間、車輪が動きます。多少の補助にはなるでしょう」

 

彼女達が押すときに手が触れるであろう壁の位置の周辺に情報を追加。そこに触れている時に過剰妖力を消費して車輪が動くようにした。勝手に動いてそのまま灼熱地獄跡地に続く穴へ進み、止まることなく落ちていくなんてごめんだからね。

 

「それと、中身を捨てるときはここを押してください。壁が動きますので」

 

また、そこから右に少し離れた場所に小さな突起を付加し、それを押し込むことで一面の壁が前に動き、塵取りの中身を全て押し出すように新たな情報を入れた。必要な過剰妖力が増えてしまったけれど、そこはしょうがないと割り切ろう。

 

「いつか動かなくなると思いますが、その時はわたしに言ってください。動くようにしますから」

「そう。それでは、ありがたく使わせていただきますわ」

 

まぁ、そこら中に散らばった金剛石をかなり回収して妖力はあり余っていたし、このくらいはいいだろう。そんな言い訳じみたことを思いつつ、次の場所へと足を伸ばした。

旧都の端に到着し、塵取りを一個ずつ順番に創造。十個創ったところで、一番最初に創った塵取りに手を当てて押し出す。疲労が溜まった身体が休憩を求めているのが分かるが、休む暇があったら動いたほうがいい。

 

「いた!ちょっとそこで待ちな!」

「…お燐さん?」

 

少し遠くから突然わたしを呼ぶ声が聞こえ、それからわたしに向かって近付く音が聞こえてくる。けれど、待ちなと言われようとわたしは動くべきだ。

少ししたらお燐さんがわたしのところまで駆け寄り、チャプリと揺れる水音が聞こえる容れ物とおにぎりなどの軽食をわたしに突き出した。…何事?

 

「さとり様の命で、旧都の復興作業をしているものに支給品を配るよう言われているのよ。黙って受け取って食べな」

「はぁ、そうなんですか…」

 

首を傾げていると、丁寧に説明してくれた。へぇ、さとりさんがねぇ。そう言われて周りを見回してみると、確かにさとりさんのペット達がそこら中を駆け回っているのが見えた。

食べろと言われたので、塵取りを押しながら片手でおにぎりを一つ食べる。飢餓感はないのだけれども、賞味料も具材もなしな米だけのおにぎりは不思議と美味しく感じた。…いや、塩を少し入れた水で手を濡らして握るとか、中に梅干しを入れるとかすればいいのにとは思ったけど。

 

「ありがとうございました、とさとりさんに伝えておいてください。それでは、わたしは続きをしますから、早くそれを別の誰かに配りに行ってくださいな」

「…あんたさ、まさか休みなしでずっと復興してたのかい?」

「動けるなら動くべきだ。別に行き詰っているわけでもやり方が分からないわけでもないし」

 

そう言うと、お燐さんは何故か片手で顔を掴んで天井を見上げ、わざとらしいため息を吐いた。

 

「…冗談だと思ってたのに、まさか本当だったのかい…。こいし様があんたのことを心配そうに言ってたけどさぁ…」

「当たり前でしょう。この惨状の半分はわたしの責任。勇儀さんも休まず作業しているのだから、わたしに休む権利なんてないよ」

 

たとえそれをやったのがわたしではないとしても関係ない。わたしがこの身体をきちんと支配していれば防げた惨事なのだから。わたしはこの旧都に対し、出来る限りのことをしなければならない責任がある。

お燐さんの目を見詰めると、その見開かれた瞳にわたしの顔がよく見えた。疲れてる顔してるなぁ、と他人事のように思っていると、一歩後退ったお燐さんの指がわたしに向けて突き付けられた。

 

「ッ!ああそうかいっ!ぶっ倒れてさとり様とこいし様に迷惑かけたらあたいは絶対に許さないからね!」

「倒れないよ。…倒れてなるものか」

 

お燐さんがそう言って去っていく音を聞きながら呟くと、わたしに小さな決意がみなぎった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。