東方幻影人   作:藍薔薇

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第406話

地霊殿の屋根に腰を下ろし、復興が完了した旧都を見下ろしながら少し怠さの残る体を休ませる。…まぁ、復興が完了したとは言ったが、それは飽くまで見た目の話。道具を使うような賭博はすぐには再開出来ていないだろうし、食事処では食料が足りずすぐには再開出来ないだろうし、家々も家具や調度品、装飾品の類は創ってないからそんなものほとんどなさそうだ。以前と同じ生活水準まで戻るのには、もう少し時間が掛かるだろう。

 

「騒がしそうだなぁ」

 

まぁ、一ヶ所に集まって酒を呑み交わしている地底の妖怪達を見ていると、これからのことなんて深く考えていなさそうだなぁ、と思えてくる。とにかく酒を呑み、呑ませ、酔い潰れている。楽しそうではあるけれど、あの輪の中に入りたいとは思えない。

あれだけの惨状に遭ったくせに、酒はすぐに戻るのだから不思議な話だ。酒虫という生物から簡単に得られることが書斎の書籍に書かれていたけれど、その時のわたしは興味がなかったから詳しく読み込んでいない。そんなに酒が大事か、と思ってしまう。

 

「…はぁ」

 

そんな旧都のことを考えていると、思わずため息が漏れてしまう。これからの旧都のことを憂いたところもほんの僅かにあるけれど、それ以上に疲労からくるものの色が強い。

部屋に戻ってすぐ寝て起きた程度の休憩ではちゃんと疲れが取れなかった。かと言って眠いわけでもないから何となく外に出たけれど、体術の訓練を少ししただけでこれ以上動く気が失せてしまい、この様だ。

 

「…大分使ったなぁ、妖力」

 

少し意識すれば、わたしが創った旧都の家々が把握出来る。過剰妖力を含まない複製の集まりなのだが、数が数なだけに相当使ってしまった。その前準備で旧都全域を空間把握するためにも妖力をかなり消耗したし。どのくらい減ったかはよく分からないけれど、あの時回収したほとんどの金剛石分の妖力を使い果たしたのは確かだ。あの後わたしの部屋に戻ってから創れた金剛石の数は二十六個だったしね。

まぁ、それもこれもわたしが半分原因だし、その程度の損失は致し方あるまい。…うん、仕方ないよね。けど、その代わりにわたしはやれることをしたつもりだ。

両手を組んで腕を大きく伸ばすと、突然誰かが屋根の下から飛び出してきた。庭から跳躍して来たであろうその人は、わたしの横に着地するとそのまま見下ろしながら口を開いた。

 

「…こんなところにいたのかい」

「用は何ですか、お燐さん」

「さとり様が呼んでるから、すぐに行きな」

 

そう言われたので、わたしはゆっくりと立ち上がり庭へ飛び降りようとした。が、それをわたしの肩を掴む手に阻止される。誰が掴んでいるかなんていちいち考えなくても分かる。

 

「その前に言ってやりたいことがあるんだよ」

「…一応聞きましょう。何でしょうか?」

 

肩を掴む手を軽く引き剥がしつつ、わたしは振り返った。お燐さんの表情は怒りに染まっている。

 

「さとり様に、こいし様に、…迷惑かけんじゃあないわよッ!」

 

その叫びと共に爪の伸びた右手が振り下ろされた。そのまま爪で引っ掻かれてしまう前に左手を上げて右手首を掴み取る。掴まれてもなお振り下ろそうと力を込めているようだが、その場所から一向に下りてくる気配はない。

 

「…悪かったですよ」

「あたいは絶対に許さないって言った」

「許されたかったわけでもないし、許されるつもりもない」

「ならあたいの怒り、一発くらい受けなよ…っ」

 

そう呟きながら、お燐さんはグッと力を込めてきた。徐々に右手が下へ下がってくる。が、その爪がわたしの皮膚に触れる前に左手で右手首を強く握り、左腕を力任せに外側へ伸ばしてそのまま捻り上げる。

 

「わたしが悪いと感じてるから問題ないと思った?主人を想う一撃なら甘んじて受けると思った?わたしが疲れていれば抵抗されても押し通せると思った?貴女の憤怒の力があれば必ず通じると思った?」

 

ミシリと軋む感触がする。もう少しだけ力を込めると、お燐さんの表情が分かりやすく歪んだ。もう少し行けば骨に罅が入りそうだし、さらに行けば折れてしまうだろう。まぁ、これ以上やる理由もないし、すぐに手を離した。

 

「駄目だね。そんな程度の理由じゃあ、わたしは傷付く気になれないよ。さとりさんにわざわざ血を見せる必要がないし」

 

そう言い残し、わたしは屋根を飛び降りた。悪いことしたな、とは思う。けれど、知るかそんなもの、とも思う。

さとりさんとこいしにはある程度の迷惑をかけてしまっただろうし、それについても悪かったとは思ってる。しかし、それ以上に旧都を崩壊させた責任のほうが重く感じた。何故だろうか?人里の二の舞にならないようにしたかったのか、善いことをしたとして贖罪の真似事でもしたかったのか、はたまたただの気紛れか…。よく分からない。ただ、わたしの所為でああなったからと思っていた。だから、やれることはしようかなと思った。それ以上深く考えていなかった、と思う。

そんなことを考えながら地霊殿を歩き、さとりさんの部屋の扉を軽く叩いた。

 

「どなたですか?」

「鏡宮幻香です。入ってもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

 

返事を貰ったところで中にお邪魔させてもらい、椅子の腰を下ろした。さとりさんが三つの眼でわたしをジィッと見詰めてくる。

 

「…お燐にそんなきつく当たらないであげてください。彼女は私達を想ってくれているからこその行動ですから」

「…えぇ、知ってますよ」

「でしょうね。では、本題へ入りましょうか」

 

本題、ねぇ。まぁ、旧都の復興のことだろうけれども。一体何について言われるのやら。

 

「…正直、貴女があそこまでやるとは思っていませんでした。まさか、数日間休憩をほとんど挟まず働き続けるほどだったとは…。見ていた以上に責任を感じていたのですね」

「はぁ、そうなんですか。貴女に頼まれた時点でやるだけやろうとは思ってたんですがね」

「その結果が、旧都の半分を創造…。その行為の大きさを理解、…してませんね。まったく、貴女という方は…」

 

ため息を吐くさとりさんに言われ、改めて旧都半分の創造について考えてみる。わたしがやれることをしただけだ。それだけのことをする責任があったのだから、しょうがない。

妖力の消費量は重かったけどね、と思っていると、さとりさんの視線を強く感じた。横目で見遣ると、案の定目が合う。若干目を細めていて、鋭いとまではいかないが睨まれていた。

 

「いい悪いはともかく、私は貴女に感謝をしています。あのままでは旧都の復興は当分先の話になり、それだけ不平不満は溜まっていく一方だったでしょうから。…ですが、貴女は少し度が過ぎる行動をした。一軒や二軒ならまだしも、それだけの規模になると話が大き過ぎる。突然の旧都の復元に何事かと問う者が多数いましてね…。その対応にそれなりの苦労をしましたよ」

「お疲れ様です。ありがとうございました」

「分かっているでしょうが、貴女のその能力は一歩間違えれば全てを壊しかねません。くれぐれも何者かに利用されませんように。…出来ることなら、当分の間は騒ぎが落ち着くまで地霊殿に謹慎してほしいくらいですが」

「まぁ、別に構いませんよ。ちょうどやりたいこともいくつかありますし」

 

行き詰っているもの、挑戦したいもの、思い付いたっきりのもの、向上発展させたいもの…。軽く思い出すだけでもたくさんある。改めて一つずつ並べてみると、時折さとりさんの眉をひそめているけれど気にしない。まぁ、生命創造のような危険を感じたのだろう。やるけど。

 

「…はぁ、そうですか。私が必ず伝えておきたかったことは以上です。細かなこともいくつかありますが、聞いておきますか?」

 

そう問われ、椅子から上がろうと腰を下ろす。細かなことかぁ…。何でもありな喧嘩の参加とか、わたしの部屋の扉とかかな?よほど重要なことなら聞いておきたいけど。

 

「…いえ、ほぼ些細なことです」

「ならいいです。時間はまだありますが、有限ですし。それでは」

「分かりました。それでは、また」

 

音を立てないように立ち上がり、仕事に顔を向けたさとりさんに手を振ってから部屋を出た。扉をゆっくりと閉め、屋根にまた行くのは何となく嫌なので、ひとまずわたしの部屋に戻ることにする。

 

「ま、とりあえず魔界かなぁ」

 

誰もいない廊下で、ポロリと言葉が漏れる。いくつか思い付いた空論がありますし、運よくお話し出来たらいいなぁ。…ま、よしんば上手くいったとしても、そこから先が問題なんだよなぁ…。…はぁ。

 


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