東方幻影人   作:藍薔薇

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第407話

魔界は世界の裏側にあるそうだ。絵画の裏側、文章の余白と比喩され、同じ場所にありながらお互いに干渉し合うことが出来ない場所。しかし、何らかの手段を用いれば干渉することが出来る場所。一方通行ではなく、お互いに通じ合える場所。

単純に高次元空間を認識しても、魔界らしき場所は見当たらなかった。つまり、わたしが認識した空間は絵画の表側、文章の本文だけであった、ということになる。同じ場所しか見ていなかった。視野を広げなければならない。考えを改めなければならない。常識は敵だ。非常識の中にこそ、活路は存在する。そうだ。今までだってそうだった。いつも通り、道を踏み外せばいい。

 

「…よし、やるかぁ」

 

なんてどうでもいいことを思いながら、わたしは自分の部屋に籠ってべッドに横になっていた。別に場所なんて何処でもいいのだけれども、何だかんだここが落ち着くのだ。自分がいることが許されている居場所。わたしの部屋。

わたしが思い付いた空論は大きく分けて三つだ。合っていたら嬉しいけれど、外れていたならまたいつか考えよう。…まぁ、正しいとも思っていないけれど。

外側。幻想郷、外の世界、月の都、宇宙などなどをひっくるめた一つの世界。その外側にまた別の世界として魔界が存在する可能性。下手すれば数十次元ズレた位置に存在するのかもしれない。仮にこれが正しいとして、どうやってこちらに干渉してきたのかなんて知らないけれど、おおかた八雲紫みたいな空間を接続出来るふざけた技術があるのだろう。こちらの世界でいうところの魔術に秀でた世界なら、こちらの非常識程度あちらでは常識になってもおかしくはない。以前は途中で止めてしまったから、その先へ進む必要があるだろう。

負数軸。零次元、つまり点のその先。そんなものあり得ない、と言いたいところだけれど。まぁ、このくらい非常識であってもおかしくない。これなら、同じ場所でありながら絵画の裏側足り得る。まったく逆のエネルギーがぶつかり合えば対消滅するはずだなんて理論はこの際なしだ。仮にこれが正しいとして、こちら側に干渉した際には、その存在の次元を丸ごと引っ繰り返して消滅を免れたのだろうか。だとすれば、空間の裂け目とやらはそんな機能も込みで開かれていたのかもしれない。

虚数軸。二乗すると負の数になる、仮想上にのみ存在することを許された数字。ただし、月の技術曰く、伝達されるエネルギーが特定の条件下ではこれまでの理論とまったく異なる運動をし、不自然な減衰、消滅を観測したとのこと。その時の仮定の一つに虚数空間という実数空間と重なっていながらズレている謎空間に飛んでいった、というものが提唱され、すぐに馬鹿じゃないのみたいなノリで潰された。事実、割とすぐに別の原因が発覚したらしいし。…まぁ、とにかくだ。あってもいいじゃない、虚数空間。これなら、同じ場所でありながら文章の余白足り得るのだから。

 

「ど、れ、に、し、よ、う、か、なぁー…」

 

外側、負数軸、虚数軸、外側、負数軸、虚数軸、外側、負数軸…。ふんわりと三つの球体を浮かべ、その三つを順番に指差して回していく。別にどれから試そうと、最終的な結果は変わらない。だから、どれから始めても構わない。

 

「て、ん、の、か、み、さ…、…ちっ」

 

止めた。思い付いた順番にやろう。まずは外側だ。

頭の中に三本の軸を思い浮かべ、新たな軸を突き刺す。それを繰り返していき、一歩ずつ階段を登るように次元を引き上げ続けていく。ひたすら続けた。時間は知らん。そして、上り詰めた失望のその先へ踏み込んだ。世界の果てを踏み越えた。

…あーあ、つまんないの。酷い有様だ。手抜きかよ。神様ってこんなものだったんだなぁ、と思ってしまう。思ったよりも、感じていたよりも、認識していたよりも、ショボいなぁ、って。

まるで夜空を見回しているようだ。まるで朝日を見詰めているようだ。白い闇が広がる。黒い光の中にいる。白いような、黒いような、どちらでもあってどちらでもない。無限が広がっている。無が限りなく広がっている。

夜空で例えるのが一番しっくりくるかな。わたしがいる世界、点が星。それ以外なぁんにもない。もっと先へ上り続ければもしかしたらあるのかもしれないけれど、これ以上は厳しい。少なくとも、今のわたしが認識出来る範囲にはなぁんにもない。無一色。頭が破裂してしまいそうで、何もない何処かに零れ落ちてしまいそうで、不安と失望で一杯になる。

 

「はぁ…ッ!…はぁ、はぁ、はぁ。…ぁぁー…」

 

次元軸をまとめて引き抜き、階段から一気に跳び下りる。ズレる感覚。急降下した次元に付いていけず、嫌でも齟齬が浮き上がる。荒れる呼吸をどうにか整えると、間の抜けた声が喉から漏れ出てきた。

 

「…無理だ。少なくとも、今の、わたしじゃあ…、無理だ」

 

きつく目を瞑り視界を黒一色に染め、割れる頭を押さえながら自嘲する。神様を下に見ていたくせに、この様だ。何様のつもりだよ。

 

「次は、…負数軸」

 

零次元突破。どうすればいい?次元を一つずつ落として零次元に一度身を委ねるか、それとも今ある三次元を丸ごと引っ繰り返すか…。

 

「…零次元、…点、…原点。そうか、原点」

 

世界の基準点。それが分かれば、繋がる。実数軸だろうと、負数軸だろうと、虚数軸だろうと、全てが零となるこの一点に収束する。実数空間も、負数空間も、虚数空間も、原点のみが繋がっている。仮にこの二つのどちらかが正しければ、魔界へと繋がる道となり得る。

魔界といえど、幻想郷の中にあるはずだ。世界の外に存在しないとするならば、繋がる点は幻想郷の中にある。…そう信じたい。どう探す?どう見つける?

 

「ま、やるだけやるか」

 

見つける手段は、虱潰しだ。これしかない。

溜めに溜めた大量の金剛石。その全てを回収し、次元を一気に引き上げる。空間把握。高次元空間全域に妖力を薄く拡げていく。無茶苦茶な速度で妖力が消耗されていくのが分かる。そりゃそうだ。一つ次元を上げれば、消費する妖力量の指数が上がる。だが、知ったことか。世界の中心を、その情報を、原点を見つけてやる。

頭の中に把握した空間の形状、そして情報が敷き詰められていく。気が狂いそうな情報量。何だか笑えてくる。狂えればまだ楽な気がするのに、一向に狂える気がしない。だというのに、逆にこの高次元空間に、膨大な情報量に、適応してきている気がするのは何故だろうか。不思議な感覚だ。この妖力が尽きなければ、何だって出来るような気がしてくる。万能感。全能感。一種の気の迷いかもしれない。けれど、悪くない。

 

「見ぃつけたぁ…。アハッ」

 

まるで書置きでもしてあるかのように、世界の基準点を見つけ出した。というか、まさか本当に分かるとは思っていなかったから逆に驚いた。

わたしは、その原点に膨大な妖力を叩き付けた。その先にあるかもしれない、こことは全く別の空間へ繋がることを信じて。すり抜けた先の未知の領域へ侵入すると疑わずに。

 

「あん?」

 

そして、薄く拡がる妖力が今まで触れたことのない何かを把握した。未知なる物質。何だこれは。そもそも、何処だそこは?…まさか、本当に…?

そう自覚した瞬間、心臓が一つ大きく跳ねた。緊張しているのかもしれない。ひとまず、妖力を拡げていこう。何か分かるかもしれない。誰かいるかもしれない。魔族が、いるかもしれない。

 

「…思ったより、普通?」

 

酸素、水素、窒素、その他諸々…、把握した原子に既知のものが存在していた。空気中に水もあるようだ。しかし、未知の原子も多々存在している。ここが魔界と仮定し、迷い込んだ者が気味の悪い空気と言っていたのはこの辺りが原因かもしれない。得体の知れないものは不気味だ。…しかし、これを摂取したらどんな効果が得られるのだろうか…。もしかしたら、こちら側からすれば毒素と何ら変わらないものかもしれない。魔力として使えるのかもしれない。…まぁ、今はいいか。

ひたすら妖力を拡げ続けていると、ようやく建物と思わしきものを見つけた。人工物を思わせる形状。何者かの手によって作られているということは、つまりその何者かが存在しているということだ。この辺りを調べれば、誰かいるかもしれない。

 

「…あ、い、いた」

 

わたし達と似たような形の生物。頭があって、胴体があって、腕と脚が二本ずつある。そんな人型の生物。髪は長いようで、一ヶ所小さく結んでいるようだ。服と思わしきものを着ている。背中に異形の翼と思わしきものが六枚。そんな何者かが、玉座とでも言えるものに座っていた。

…さぁて、どう話したものやら。そもそも、どうやって会話する?こちらの言語は通じるのか?

 

『…何者だ?』

「は?」

 

え、あ、何?通じるの?…いや、いやいやいや、その前に何故バレた!?

 


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