東方幻影人   作:藍薔薇

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第408話

精神の最も外側、表層は最も変化が激しい部分だ。現在進行形で感じていること思っていることが浮かび上がってくる。さらに奥深くまで潜れば記憶、経験、人格諸々も把握出来るのだが、そうしようとする前に流れてきた情報、言葉によってわたしは妖力の動きを一度止めてしまった。

 

『この力、意図は探知か…。ふむ、何処のどいつだろうか…』

「げ、嫌な予感…」

 

今すぐ引っ込めるか?いや、どうせ既にバレてる。今逃げたところで意味なんてなさそうだ。だったら、むしろここにわざと残る。こちらからどうやってわたしの意思を伝えればいいのかは後で考えるとして、とりあえずこれ以上妖力を内部へ流さずに表層だけ読み取っておこう。

無駄に拡げていた妖力の範囲を必要最小限、つまり現在位置から世界の原点まで一直線、世界の原点から魔界と思われる世界の何者かに一直線の二直線に絞っていると、その中を異物が物凄い速度で逆流して来る感覚がした。身体とは違うけれど、少し気持ち悪い感じがする。

 

『ほぅ?まさかそちら側からとは…。確か、幻想郷だったかな?』

「…うわぁお。そこまで分かるのか…」

 

どうやら逆探知されたらしい。視覚の代替器官としてわたしが何気なくやっていた空間把握だけれど、いざ別の誰かにやられるとちょっと気味が悪いな…。

さて、と。どうやって意思疎通を図るか…。言語は通じたけれど、文字は通じるのだろうか?…よし、試してみようか。向こう側の何者かの近くに、黒色で分かりますかと着色した一枚の白紙を創ってみる。

 

『…創造魔術?いや、違う…。ふむ、これは向こうの文字か。知識としてはあるけど』

「よし、これでどうにか意思疎通が出来そうかな…」

『――面白い。最近暇していたところだし、少し付き合ってあげましょうか』

「は?」

 

今、向こう側の情報と声の二重で聞こえたんですが?…ちょっと待て。まさか、逆探知ついでにわたしに言葉まで伝えているのか?…向こう側が魔界だとして、これが当たり前の技術だとしたら相当じゃないか?わたしは今、かなり危険なところに手を出しているんじゃぁ…。

 

『それにしても、わざわざ世界の基準点を通じてこちらに干渉してくるか…。原始的かつ非効率だが確実でもあるわね。そちら側の者にしてはいいじゃない』

「…何やら評価され出したんですけど」

 

原始的ですか。しかし、馬鹿にしているわけではないようだ。

まぁ、今は経路に関する評価なんてどうでもいい。そちらは何処ですか、と。はい、創造。

 

『知らずにやっているの?ここは魔界よ』

「魔界かぁ…。本当に、魔界…」

 

ただし、同名なだけの別世界である可能性がまだ残っている。わたしの想定していた魔界である根拠が欲しい。…んー、一体何を訊いたら分かるんだろうか?そもそも、わたしが魔界に関して持っている知識が圧倒的に少ない。それらはどれもこれも不確実というか、曖昧というか…。…あ。

 

「…聖白蓮」

 

あの話が事実であるとすれば、魔界に封印されている僧侶。もしも向こう側にいれば、わたしが想定していた魔界でほぼ間違いないだろう。確認ですが、聖白蓮という名の人間の僧侶が封印されていませんでしたか、と。はい、創造。

 

『聖白蓮?…えぇ、いるわ。既に人間を止め魔術師として生きている。なんだ、貴女の目的は彼女を連れ戻したいの?別に構わないけれど』

「ほぼ確定。向こうは魔界か」

 

無論、聖白蓮の存在さえ分かれば後はどうでもいい。当然、連れ戻したいなんて欠片も思っていない。それにしても、向こうの声に対して、わたしはわざわざ紙を創って意思疎通。いちいち面倒臭いな…。向こうに出来るのだし、わたしもどうにかして出来ないかなぁ…。まぁ、とりあえず伝えておこう。違います、と。はい、創造。

 

『あら、違うの?じゃあ、貴女の目的は?まさか、何の目的もなく魔界に干渉してくるはずもないでしょう?』

「げ、目的…。説明が多くなりそう…」

 

つまり、紙をそれだけ多く創造するということだ。あちらに読むのが面倒だと言われて終了、何てのはちょっと嫌だ。これは早急に言葉を直接伝える手段を考えたほうがいいな…。一分考えて、無理なら諦めよう。

言葉を直接かぁ…。言葉、声、振動、波長…。つまり、結局言葉も情報なのだから、向こう側に流し込んでみるか。それが無理なら、諦めて紙を創るとしよう。…よし。

 

「聞こえますか?」

『…何だ、出来るなら最初からやればいいのに』

「まさか本当に出来てしまうとは…。ま、いいや。わたしの目的は、魔界への移住ですね」

『移住、ねぇ…』

 

それだけ言うと、プツリと言葉が切れた。…あれ、どうしたんだろう?妖力は繋がっているんだけどなぁ…。ま、とりあえず精神の表層に妖力が流れているのだから、そこを把握してみましょうか。それも無理なら、何かしらの異常があったのだろう。

 

『――に覚えがある力。無色透明。変幻自在。…まさか』

「なんだ、問題なさそう。よかった」

『却下』

 

…お断りですか、そうですか。一応、こちらの意思とか理由とか説明したほうがいいかなぁ、とも思ったけれど、把握した精神が曲げるつもりがない意志を明確にしてしまっている。

 

「…一応、理由を訊きましょう」

『貴女のような存在を魔界に迎え入れることは出来ない』

「はぁ…。聞き覚えがあるというか、似たようなことを前にも言われたというか…」

 

確か、貴女のような存在がいて堪るか、貴女のような者をこれ以上月の都にいさせたくなかった、だったか。…はは、嫌われるなぁ。

 

『…万が一、勘違いである可能性もあるから訊いておこう。貴女は、幻影人だな?』

「幻影人…?…いや、わたしはドッペ――…あぁー、うん、そうそう。幻影人だったはずだよ」

 

稗田阿求の記憶では、ドッペルゲンガーの別名として幻影人と書かれていたはずだ。どうでもいい情報だと思っていても、意外なところで出てくるものなんだなぁ…。

 

『幻影人は我々魔族の欲望を無差別に喰らい、発展を数千年単位で遅らせた大罪種。同時に抹殺対象でもある。既に絶滅させたが、そのような存在を私が招くわけにはいかないな』

「…そう、ですか。まぁ、多分事実なんでしょうね。そっちにもいたんだ。…いたのかぁ」

 

閻魔様もそう言ったし。魔界の死者の魂がこちらに流れて来るかどうかは知らないけれど、少なくともここでも色々喰らっていたようだから。

はは、駄目かぁ…。結局、異物は異物、と。それは魔界だろうと変わりないらしい。悲しいなぁ。悔しいなぁ。

 

「ありがとうございました」

『そうか。これ以上、貴女に付き合う理由もない。ここから去れ』

 

そう言い残し、接続のようなものが切れた感覚がした。わたしもこれ以上邪魔するのも悪いから、空間把握を止めた。…あぁ、あれだけあった妖力のほとんどを使い切ってしまった。その結果が、これか。残念だなぁ。

 

「もう、無理かも」

 

この世界は、わたしを許してくれそうにない。幻想郷は『禍』として、月の都は侵入者として、地底は地上の妖怪として、魔界は大罪種として。きっと何処にもない。わたしの居場所。存在を許される場所。

…そうだ。この世界には、何処にも存在しないのだ。

 

「…やることが、出来た」

 

正確に言えば、やり残したことが。ごめんね、フラン。ありがとう、妹紅。ありがとう、名も知らぬ魔族。

約束の時が来たら、あるいは切っ掛けがあれば、地上に戻ろう。そのために、わたしはやらなければならないことがある。身に付けなければならないことがある。そのために欲しい時間はもうあまりない。急がないといけない。

居場所がないなら、創ればいい。今までと変わらない、単純な答えだった。

 


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