東方幻影人   作:藍薔薇

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第413話

腕を突き出せば大気が押し出され、地面の落ち葉が風に乗って吹き飛んでいく。腕を振り下ろせば大気を押し潰し、落ち葉の禿げた地面が僅かに凹んで土が舞う。片足を軸にして回し蹴りを放つと周辺の落ち葉が一気に舞い上がり、竜巻の中心にいる感覚を味わえる。軽く跳んで空中縦三回転の加速を乗せた踵落としを叩き込むと地面が大きく陥没し、土が辺り一面に飛散する。

 

「…衝撃波にはまだ至らないなぁ。まだ弱い。まだ強くなれる」

 

舞い散る落ち葉の内、目の前に落ちてきた一枚にピンと伸ばした人差し指を突き刺す。続いて中指、薬指、小指を同様に繰り返した。右手に突き刺さった四枚の落ち葉を眺め、握り潰して粉にしたのちに軽く払う。そして、頬に流れた一筋の汗を指先で拭った。

体術の訓練で温まった身体に冷えた空気が心地いい。しかし、かなり動き続けているとはいえ、これから秋も深まり一気に冷え込むことを考えると、もう少し温かな服装をしたほうがいいかもしれない。さとりさんのペット曰く、今年の秋は今までよりも温かいそうだが…。

休憩をしてまず真っ先に頭を過ぎるのは、八雲紫である。スキマをどう封殺するかに関して、未だにこれといった決定的な対策もない。だからといって何もしないわけにもいかないので、ひたすら自力を向上させようとしているところだ。

 

「スキマ…。わたしの能力でどうにか潰せたりしないかなぁ…」

 

例えば、スキマが開いた瞬間に何でもいいから敷き詰めるとか。…いや、どうせ別のスキマが開いて同じことを起こすだけか。これではただのいたちごっこだ。もっと根本的に使用不可能に陥らせる手段が欲しい。直接的、間接的は問わない。物理的、あるいは精神的にでもいい。

…まぁ、そんな簡単に出来るならば大賢者などと呼ばれないか。味方らしい味方になった覚えはほぼないが、敵になると厄介極まりない。…あぁ、本当に嫌になる。

 

「どうしたものかねぇ、…はぁ。…あ」

 

ため息を吐いたとき、首元にぶら下がっている金剛石がぶつかり合う音がした。…そういえば、最近創ってなかったなぁ。すっかり忘れてた。膨大の妖力を消費するだろうと考えていた魔界への干渉という目的が済んでしまったからなぁ。

妖力は自然に回復する。それが最大まで回復する前に妖力を外に出して妖力塊として貯蔵していたのに、これでは自然回復する妖力が溜まることなくもったいないことに。

 

「…あれ?そういえば、自然回復が出来ないなら、その超過する分の妖力はどうなってるんだ?」

 

そういう時は自然回復を休んでいるのだろうか。それとも、体力を妖力に変えられるように、妖力を体力に変えて疲労回復に充てているのだろうか。実は超過した分はわたしが知らないうちに垂れ流しにしていたのだろうか。…いや、流石に垂れ流しはしていないはずだ。していたら困る。

ちょうどよく体術の訓練後で少し疲労していたところだ。試しに妖力を体力にしてみようかな。…おぉ、出来る出来る。思ったよりも少ない妖力量で疲労が回復するぞ。けど、体力と妖力を行ったり来たりさせることで最終的妖力量が増える、なんてことは流石になさそうだ。逆に減る。

 

「…ま、いいや。普通、妖力とは妖怪の生命。ホイホイ使い潰す方がおかしいか」

 

別に無駄になっていたならしょうがないか。何かに使われていたならそれもよし。これからは思い出したときにすればいいや。本来の目的である妖力枯渇対策は既にここにあるわけだし。

 

「さて、続きといきましょうか」

 

先程妖力を体力に変換したことで疲れはすっかりなくなったのだし。…まぁ、これからやる訓練は体力よりも妖力を使うのだが。

空間把握。地霊殿に向けて妖力を拡げ、その内部構造を把握する。…さとりさん、執筆頑張ってるみたいだなぁ。旧都に出掛けているはずだからこいしはいない。さとりさんのペット達は相変わらず地霊殿を忙しなく動き回っている。ふむ、誰か調理してるな。…あ、わたしが飛び降りた窓が閉められてる…。

わたしの妖力使用量が多くなりがちな空間把握で拡げる妖力は、これまでよりもより少なく、より薄くして同体積に必要な妖力量を少しずつ減らせるように訓練している。やっていることは酷く地味だが、これが出来れば相対的に妖力量が多くなるようなものだ。

 

「んー、やっぱり地霊殿全域程度の広さだと訓練にならなさそうか。いっそ、旧都全域に変えるか?…いや、流石に止めとこう。何十倍になるかなんて考えたくもない…」

 

空間把握する範囲が広がればどれだけ変わった、という実感は生まれやすいだろうけれど、それだけ消費する妖力量が跳ね上がる。自然回復する妖力量を超えるようなら駄目だ。止めておこう。…少なくとも、まだ。

 

「おーい、幻香ー!美味しいもの買ってきたよぉー!」

「随分早かったですね、こいし。何を買ってきたんですか?」

「焼き芋だよー。早速食べる?」

 

地霊殿の空間把握を止め、旧都から帰ってきたこいしを迎える。はいこれ、と手渡してくれた焼き芋はほんのりと温かい。

一枚の薄い板を地面に創って置き、そこに腰を下ろしながら軽く問う。

 

「旧都はどうでした?」

「んー、表面は元に戻ったかなぁ。けど、まだまだ元通りとは言い切れないかも。何て言うか、何処かぎこちないような気がするんだよねぇー…。上手く言えないや」

「ふぅん」

 

すると、こいしからすぐに答えが返ってきた。屋根の上から見ていた感じでは大分元通りになっていると思っていたけれど、旧都に足を踏み入れたこいしから見るとまだ足りないらしい。…そういえば、何となく旧都へ出かける主な理由だった娯楽をする余裕もなさそうだったから行かなかったけれど、謹慎って何時までだっけ?旧都が落ち着くまでだっけ?…ま、どうでもいいや。

今は、それよりも大切なことが差し迫っている。…ま、ひとまずこれを食べるとしましょうか。真ん中で二つに割り、小さな湯気と香りを楽しんでから一口頬張る。

 

「…うん、美味しい」

「けど、ちょっと蜜が少ないなぁ。前より小振りだし」

「その辺はしょうがないでしょ。食料事情だって、ある程度損害を受けていたわけですし…」

 

具体的には知らないけれど、何処かにあるらしい食料の生産をする場所もわたしと勇儀さんの勝負で少なからず被害を受けた。地霊殿に貯蔵されていた長期保存食を普及するなどして対処していたようだが、生産量が減ってしまったのはどうにもならなかったみたい。材木も作らなければならないし、まだまだ元通りとはいかなさそうだろう。

ちなみに、さとりさんにわたしが材木を創ろうか、と一度言ってみたことがある。しかし、考えることもなくすぐに断られてしまった。旧都の半分を創って、さらに追加で材木までお世話になるつもりはないそうな。…まぁ、言外にわたしの能力への依存をしたくない、という意思が伝わってきたので、これ以上わたしは何も言っていない。使えるものは使ったほうがいいと思うけれどなぁ。

 

「こいし、旧都の妖怪達のことですが」

「ん?ふぁに?…んぐっ」

「余裕がないんだよ、きっと。今まで出来た些細なことが出来ないから、心が痩せている。ほら、ちょうどこのさつまいもみたいにさ。…なぁんてね、ふふっ」

「あっはっはー。それは、ひもじいねぇ…」

 

まぁ、それでもまだマシになったほうだ。もう少し前なら、このさつまいもすらなかっただろうし。あるだけマシなのだ。

それからは黙々と焼き芋を食べながら、わたしは八雲紫のことを考えていた。…はぁ、どうすればいいのやら。そうやって悩んでいると、皮の色が無性にむかついたから先に食い尽くした。

 


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