東方幻影人   作:藍薔薇

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第415話

強風に煽られた部屋の窓が立てるガタガタという音を聞きながら、わたしは情報を入れた複製(にんぎょう)を創っていた。しかし、人が作業をしている時に音を立てられると気が散るというもの。一つため息を吐き、今まで複製に入れていた情報の頭に待機を入れて作業を中断。

 

「…今日も酷いなぁ」

 

風向きは相変わらず、地霊殿の裏にある灼熱地獄跡地の穴のほうだろう。庭で体術などの訓練をしていると、いつも同じ方角から風が来るので嫌でも分かる。今の時期ではただの強風で済んでいるが、これが冬になれば地霊殿からの強風で旧都が吹雪くことになるので、旧都の妖怪達はいい迷惑だと思っているかもしれない。

 

「さて、続けますかぁ。…ん?」

 

しばらく音を立てている窓を見ていたが、そんなことをしていてもしょうがないと気持ちを切り替え、複製に入れる情報を考える作業に戻ろうと思ったところで、わたしの部屋の扉を開錠する音が聞こえてきた。どうやらお客様らしい。

 

「やっほー、幻香!」

「あぁ、こいしですか。いらっしゃい。とりあえず、扉は閉めてくださいね」

「はぁい」

 

こいしが扉の鍵を閉めるのを見届けつつ、わたしは創っていた複製を部屋の隅に置いていく。やはり作業は中断だ。

 

「うわっ、何者?」

「え?…あぁ、これですか。そう言われると、名前は決めてなかったなぁ…」

「んー、本当にただの人間、って感じの見た目だねぇ。黒、夜、鴉、墨…」

「どうせ動作確認したら回収するし、いちいち考えなくていいですよ…」

「えー、もったいない。ところで、これは何のために創ったの?」

「…まぁ、戦力増強、かな?数が必要な戦闘もありますから。わたしの身体は一つしかありませんからね」

 

ちなみに、中に入れた情報は完全に戦闘用の情報ばかりだ。一つの生命としてではなく、最早ただの道具の一つとして創っている。無論、生命創造を諦めたわけではない。ただ、今は道具としての利用だと考えて創ったほうが気が楽であるから。生命創造に関しては、わたしの居場所を得てからゆっくりと極めるとしよう。

誰か、というかほぼこいしのために用意してある急須と湯呑を棚から取り出し、大きめの容器に入れてある水を適当に創った金属製の器に入れる。そして、先程創った器に非金属で熱伝導率の低い取っ手を付け足し、器の金属分子を超高速で振動させ水を沸騰させる。あとは急須に茶葉を入れ、急須と湯呑にお湯を注ぐ。

 

「お茶は少し待ってください。ま、とりあえずこれでも飲んで温まってくださいな」

「ありがと、幻香。…熱っ!ふぅー、ふぅー…」

「沸騰直後ですよ…?」

 

小さな氷を創造してお湯に入れて少し冷やし、飲みやすい温さにしてから飲み干す。溶けた氷は喉を通るときに即座に回収されるので問題はない。

 

「それで、今日は何の用ですか?」

「遊びに来たの」

「ん、そうですか。わたしとしては、遊ぶなら旧都でようやく再開の目途が立ったっていう賭博場に行ったほうが早いと思いますが…」

「えぇー、そこには幻香がいないじゃん」

「謹慎中ですからね」

 

ま、もう既に解かれているかもしれないけど。しかし、今は特に行く理由がないから、解けたかどうかも訊いていない。

こいしは遊びに来た、というが、ここにある娯楽品はこいしに部屋にあるものをいくつか創ったくらいだ。つまり、こいしの部屋に行ったほうが種類は明らかに多い。そう思って湯呑を必死に冷ましているこいしを見ると、ニッコリと微笑まれた。…はい、出るつもりはないと。

 

「また作業を見てるだけになりかねませんよ?」

「いいよ。一緒にいるだけで楽しいから」

「あ、そう」

 

まぁ、知ってた。ほぼ毎回似たようなやり取りをしているのだし。そう思いながら、わたしは急須からお茶を注いだ。それを見たこいしが慌てて湯呑の中身を一気に飲み干したが、飲み干してすぐにひぃひぃ言ってる。…だから沸騰直後だから、冷めるのは時間が掛かるのに、と思いながらこいしの湯呑にもお茶を注いだ。

最後の一滴まで注ぎ切った急須を置き、部屋の端に置いた複製を持ち上げる。さて、作業再開だ。相変わらず風が窓を揺らしているが、気楽にやろう。

 

「今日も風が強いねぇ」

「ですね。訓練の時に目に砂が入るのがちょっと嫌なんですが…」

「それはしょうがないよ。たくさんの瓦礫を焼却したせいだろう、ってお姉ちゃんが言ってたけど」

「…ふぅん」

 

復興の際に旧都に発生した大量の瓦礫は灼熱地獄跡地に放り棄てられたことで、灼熱地獄跡地に膨大な熱が発生。そして、旧都と灼熱地獄の大気の温度差によって大気が一気に上昇した。その結果、送られた大量の大気が強風となっているのかもしれない。当然、灼熱地獄跡地の大気は温かいため、今年は今までより温かい、と言っていたさとりさんのペットの言葉にも繋がる。…まぁ、真実かどうかは知らないが。というか、今はどうでもいい。

打撃が敵対象に接触した瞬間、過剰妖力を炸裂させるようにするか?…いや、そうなると消費妖力量が急上昇し、戦闘継続時間が大幅に短くなる。止めておこう。あ、部位欠損の際の動作を考えてなかった。けど、一ヶ所ずつ、しかも欠損範囲ごとに入れるのは面倒だなぁ…。そうだ。そこは自爆で対処しよう。欠損範囲が一定を超えた場合、敵対象に急接近し自爆。少しもったいないけれど、いちいち面倒なことをせずに済む。とりあえずはこれで。

 

「楽しそうだねぇ」

「そうですか?」

「うん。今の幻香の顔、凄く楽しそうだよ」

「…楽しいのかなぁ、これ。ま、悪くない気分ですよ」

 

量産型人型戦闘用兵器。完成したら『碑』で覚えるのも悪くない。八雲紫に通用するかは知らないけれど、それ以外になら意外と効きそうだ。雑魚相手なら特に。

 

「ほら、やっぱり楽しそう」

「…どんな顔してます?」

「すっごい悪い顔してる。目がキュッて細くなって、頬がニヤァーッて吊り上がって」

「あ、そうですか…」

 

そんな顔してたのか。んー、気を抜くとよく表情に出るとは言われていたけれども。

一旦複製から手を離し、両頬を軽く叩いて気を引き締める。…よし、続けるか。射撃はいくつかの段階に分けるとしよう。弾幕で場を制圧するのもいいけれど、強力な妖力弾で撃ち抜くのもいい。相手の戦法で使い分けるようにしたいけれど、さてどうするか…。

 

「あと、最近の幻香は何だか気楽だよね。切羽詰まってる感じがしないし」

「そうですね」

「やることがあるから急いでる、って言ってなかった?それはもういいの?」

「ええ、ほぼ終わりましたよ。あとは、まぁ、趣味の領域ですね」

 

対八雲紫用の手段はもう出来上がった。『境界を操る程度の能力』を完全に封殺出来るわけではないだろうが、ほぼどうにか出来るだろう。たった一つのつまらない意地を捨てるだけで出来るなら、非常に安い買い物だ。

わたしはもう約束の時間が来るか何か切っ掛けが出来るまで、細かな研鑚をするだけでいいのだ。よりよい体術、よりよい複製、よりよい創造、よりよい発想…。それらを少しずつ昇華させる時間だ。つまり、趣味の領域である。だったら生命創造をしろ、と考えた頃もあったのだが、どう考えても時間が足りないので今はいいと判断した。それよりも、少しでも強くなり、八雲紫戦の勝率を上げたほうがいい。

 

「そっかぁ。じゃあ、これからは色んなことを楽しめるんだねっ」

「そうなりますね。…ま、時が来るまでは」

 

時が来れば、わたしは地上に戻る。それはこいしも知っているはずのことだ。

 

「帰るの?」

「どうだろ。けど、また会えますよ」

 

けれど、こいしは少し寂しそうな顔を浮かべていた。分かっていても、寂しいものは寂しい。わたしだって寂しいよ。

 

「地上と地底の不可侵があるのに?」

「あはっ。それを貴女が言いますか?」

「だーよねーっ」

 


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