東方幻影人   作:藍薔薇

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第417話

正面から迫る拳を掴み取り、そのまま右側へ放り投げて一体巻き込んでおく。二体が立て直す前に左を向き、顔へと伸びてくる回し蹴りを屈んで躱しながら肉薄。下手に回避などをされる前に脇腹へ右腕を大きく振るい、相手の上半身を破壊する。…あれ、もう少し硬く創ったつもりだったんだけどなぁ。ま、いいや。

残された下半身を掴み、起き上がった二体のちょうど間に向けて投擲。両側に広がって回避されたところで、左側へ走り出す。わたしが近づいてくることを把握したらしく、あちらもこちらへ走り出した。お互いの距離は僅か数歩で埋まる。その距離を強く踏みしめた右脚で地面を思い切り蹴り、一瞬で埋めた。突然の急加速に反応が追い付いていないところに、速度の乗った貫手を繰り出し、胴体を肩まで貫通させる。

残りの一体に目を向けると、既に左膝が顔に迫っていた。咄嗟に貫いたままの一体で防御し、その勢いのまま旋回して宙に浮いていた体に脚を叩き込んで吹き飛ばす。地面を転がっている間に肩にある一体をズルズルと引き抜き、その辺にポイっと投げ捨てておく。そして、起き上がろうとしている一体をその場で待った。ここで一つ深呼吸。攻撃対象である存在を意識し、腰を捻り右腕を限界まで引き絞る。

息を吐き切ったところで呼吸を止めた。時の流れが緩やかになり、意識が加速する。右腕に力を込め、ようやく起き上がった対象に焦点を絞った。距離は大きく離れている。

 

「…今日は、なんだかいけそうな気がするよ」

 

しかし、届かないとは思わなかった。わたしの腕数十本分はありそうなほど距離があるのに、問題があるとは思えなかった。

一歩足を踏み出した瞬間、引き絞っていた右腕を解放した。大気が爆ぜるような感覚。次の瞬間、地面に浅く積もっていた雪が吹き飛んで濡れた地面が真っ直ぐと伸び、その先にいた一体は地面と水平になって飛んでいった。地霊殿の壁に叩き付けられたところで、グッタリと動かなくなる。…おぉ、遂に出来ちゃったよ。拳圧による衝撃波。

 

「ふぅ。やろうやろうと思ってはいたけれど、実際に出来ると少し驚きだなぁ」

 

そんなことを呟きながら妖力を拡げ、機能が停止している三体の『兵』を回収する。やっぱり体術の訓練は相手がいたほうがやりやすいけれど、相手が『兵』であるがゆえにどう動くか簡単に予測出来てしまうのが難点だよなぁ…。それに、結構硬めに作ったつもりなのに、拳一つで容易く壊れてしまったのもよくない。

 

「いっそ鋼鉄の複製(にんぎょう)でも創ってしまおうか…?」

 

『兵』は人型の複製なら特に問題なく動く。そう、人型なら動くのだ。生物の複製が望ましいのは分かっているが、物は試しと一度地霊殿の壁から人型に切り取って創った石像に『兵』を入れてみたら関節に罅を入れながら動き出した。きっと、木像や銅像でも動くだろう。もしかすると、泥人形や藁人形でも精巧に創れば動くかもしれない。…まぁ、やるとしたら関節の問題を解決してからかな。

 

「ん?」

 

さて次は何をしよっかなぁ、と思いながら思い切り伸びをしていると、誰からわたしの横を走り抜けていった。去っていく後姿を見ると、どうやらお燐さんだったらしい。その後姿はどんどん離れていき、地霊殿の庭を出て旧都へと向かっていった。

はて、普段ならわたしと顔を合わせれば何かと突っかかってくることが多いのに、今日はわたしのことを気にすることなく行ってしまうとは。わたしなんか気にする余裕なんてないような急用でもあったのかなぁ?…ま、いいや。

 

「『兵』とわたしが操作する複製で試合をさせようかなぁ」

 

お燐さんは放っておき、同じ体格の複製を二体創造する。そして、片方には『兵』を入れ、もう片方にはわたしの意識を向ける。胴に放たれた左拳を後退させて回避。相手の腕が伸び切ったところで前へ跳び、左拳を蹴り潰す。が、その前に引っ込められてしまった。

しばらく複製で攻撃、防御、回避と操作し、ようやく『兵』の脳天に踵落としを叩き込み、機能を停止させた。…んー、視界が違うとやっぱり動かしにくいなぁ…。

お互いに複製同士だから位置を頭の中で正確に把握出来、ほぼズレなく攻撃や防御をさせることが出来るけれど、これが本来の試合だと相手の位置をわたしの視界で把握することになる。そうなると、些細なズレが致命打になりかねない。複数体同時操作もあるし、まだ訓練のし甲斐がありそうだ。

 

「わぷっ」

 

そう意気込んだ瞬間、わたしの顔に雪が叩き付けられた。続いて熱風が吹き荒れ、雪を溶かしていく。当然、わたしの顔はすっかり濡れてしまった。しかし、地霊殿の裏から吹く熱風のおかげで寒くない。…ん?熱風…?

 

「今、冬だよね…?」

 

少しとはいえ雪降ってるし、落ち葉はほぼ落ち切ったし、秋は既に過ぎ去ったし、春が訪れた気配もないし、まだ冬のはずだ。…あ、雨だ。熱風のせいで雪が空中で溶けて雨に変わったらしい。

積っていた雪もすっかり解け切り、出来た水は地面を濡らし泥のようにぬかるませる。…えぇと、どういうこと?異常気象?…いや、違うか。

 

「灼熱地獄跡地」

 

あそこが暴走でも起こしたのだろうか?管理しているはずのさとりさんのペット、霊烏路空はどうしたんだろうか。まさか、膨大な熱を受けて倒れてしまったのだろうか?…まぁ、わたしにはあまり関係ないか。

 

「うお…っ!?」

 

そう考えて訓練を切り上げて部屋に戻ろうとしたところで、地面が突き上がるように大きく揺れた。縦揺れの地震かな。結構大きいな…。すぐに地霊殿を見上げてみるが、これといって目立った損傷は見られない。…ふぅ、よかった。あれで地霊殿が崩れるなんてことがあると、こいしやさとりさん、数多のさとりさんのペット達が非常に困ることになる。

一応、ここから見える範囲を隈なく見直していると、三階の窓の一つが大きく開いた。

 

「え?」

「幻香ぁーっ!受け止めてっ!」

「いや飛べば――お、っと」

 

わたしの反論空しく、そのまま落下してきたこいしを両腕で受け止める。その癖に、わたしの腕から離れる際には浮遊した。…おい。…ま、いっか。

 

「凄い揺れだったけど、幻香は大丈夫!?」

「この通り、平気ですよ。そちらは大丈夫でしたか?」

「少し頭をぶつけちゃったけど、このくらいなら大丈夫」

 

そう言ったこいしの帽子を取り、軽く頭をさする。くすぐったそうにているこいしは少し放っておき、頭に傷がないか確かめる。…うん、切り傷やかすり傷、たんこぶなんかもないね。ホッとした。

帽子を頭に返すと、こいしはすぐにそれを手に取り団扇代わりに顔を仰ぎ始める。

 

「それにしても、ここはあっついねぇ…」

「冬ですよね?」

「冬だよ」

「ですよね」

 

気温は夏並みとまではいかないが、急激な寒暖差のせいで余計に暑く感じる。一応、元々の冷えた大気と混ざるから旧都にはここまでの熱気にはならないだろうが、それも時間の問題かもしれない。このまま熱風が供給され続ければ、気温なんてあっという間に急上昇しかねない。

 

「幻香は原因分かる?」

「さぁ、わたしには分かりませんよ。けど、灼熱地獄跡地が非常に怪しいとは思います」

「えっ。それだとお空が大変じゃん!」

「かもしれませんね。ただ、これは下手すればかなり大事になりそうだ」

 

この熱風が灼熱地獄跡地の暴走であると仮定する。そうなると、問題は自然災害か、人為災害かだ。人為災害なら原因となる者を排除、あるいは降伏させればどうにかなるかもしれない。しかし、自然災害だと打つ手がないかもしれない。自然の影響力はわたし一人でホイッと対処出来るような容易いものではないのだ。

それに、仮にわたしが解決しに行くとして、問題は他にもある。それも、かなり重大な問題だ。

 

「ところで、灼熱地獄跡地に行くとして、どのくらい熱くなっているのかな?」

「えぇっとぉ、どのくらいだろ?」

「底が見えないほど深い灼熱地獄跡地の大穴。その遥か下には超高温の地球の核があり、その温度は五千度を軽く超える。人間なら即蒸発して即死。わたし達も下手すれば死にかねない場所だろうねぇ」

 

灼熱地獄跡地が落ち着いているならそこまでの熱はなかっただろう。しかし、とてもではないが今の状況をそんな風に考えることは出来ない。最悪、わたしが覚えていた知識を遥かに超えるかもしれないのだ。

 

「さて、どうしましょうかねぇ…?」

「んー…、どうしよ…」

 

正直言って、このまま無策で超高温の空間に耐えられるとは思えない。行くとするならば、何かしらの手段が必要だ。

 


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