ひとまずこいしの手を取り、地面から少し浮かび上がる。再び地震が起きた時に地に足をつけていると、まともに動けない。それなら、最初から浮かんでいたほうがいい。
「とりあえず、さとりさんと話をしましょうか」
「お姉ちゃんと?」
「そう。この異常事態だ。さとりさんだって考えなしじゃあないでしょう。情報はまとめたほうがいいし、統治者としてわたし達がどう動くべきか決めてほしいからね」
勝手に動いて後になってから度が過ぎた行動であったと言われるのは避けたい。だから、最初からさとりさんに決定権を委ねたほうが色々と楽だ。それに、そもそもわたしがこのまま灼熱地獄跡地に行けば最悪死にかねない。そのあたりの手段をさとりさんが知っているかもしれないからね。
さて、空間把握。地霊殿全域に妖力を拡げ、さとりさんが今何処にいるかを確かめる。…ふむ、いつもの部屋で本棚から飛び出た本を整理しているようだ。あと、二人のさとりさんのペットがその手伝いをしている。すぐに別の場所へ移動することはなさそうだけど、わざわざ遅く向かう理由もない。
「さ、行きますよ」
「うん、分かった」
こいしの手を掴んだまま屋根の上まで急上昇し、さとりさんがいる部屋の真上の屋根に手を当てる。そして妖力を使用。屋根が外側へひん曲がり、大穴が開いた。少しばかり雨が入ってしまうが、この異常事態だ。許してほしい。
「よ、っと」
「水音…、って!えぇぇーっ!?」
「ささささとり様!屋根!屋根が!」
「屋根ですか?…え、幻香さん?」
騒ぐさとりさんのペット達のことは気にせず、天井に開けた大穴を閉じる。床に足を付けないようにさとりさんに近づき、目を皿のように見開いて驚いているらしい顔を見下ろした。さとりさんの第三の眼がこちらを向き、徐々にさとりさんの表情が驚きから険しいものへと変化していくのが分かる。
「…事情は分かりました。貴女達、本棚はもういいです。地霊殿にいる私のペット達に自らの身の安全の確保をするよう伝えなさい。ある程度広めたと判断したならば、貴女達自身の身を守るのですよ」
「は、はいっ!」
「了解です、さとり様!」
「うわぁお、迅速ぅ」
さとりさんが二人のペットに命じ、部屋から出ていくのをこいしが感心した目で見ていた。扉の閉まる音が部屋に響き、足音が遠ざかっていくのを聞いていると、さとりさんは一つ小さな息を吐いた。…まぁ、いわゆる人払いだ。ここから先に話すであろうことは、さとりさんのペット達には少しばかり事が大き過ぎる。
足元に積み上がっている本を避けながら椅子に座ったさとりさんと顔を見合わせ、わたしはここに来るまでに多少考えた可能性を頭に並べておく。それを読んでいるであろうさとりさんの表情は、さらに険しいものへと変わっていった。
「…恐ろしい可能性ですね。旧都、ひいては幻想郷の滅亡ですか」
「もしかしたら、ですよ。そうはならないと思いたいですが…」
「滅亡!?ここが!?」
「可能性ですよ。この異常事態の規模が未知数ですからね」
灼熱地獄跡地が暴走し、そこに存在する地球の核が活性化。膨大な熱と共にマグマが上昇し、旧都ごと旧地獄を飲み込みながらさらに上昇を続け、幻想郷の火山が大噴火。幻想郷に火砕流が雪崩込み、全てが火の海と化す。そんな可能性だって考えられるのだ。
流石にそうはならないと思いたいが、それでも異常事態に変わりはない。出来ることならば、早急に対処するべき案件であろう。
「お空はどうしたのかしら…。心配ね…」
「だよね、お姉ちゃん。大丈夫かなぁ…」
「基本的にそこに籠りっぱなしだと前に聞きましたが、少々不安ですね…」
さとりさんとこいしは純粋に霊烏路空のことを心配しているのだろう。わたしも心配だ。ただし、わたしの場合は多少中身が異なる。
わたしの心配は、霊烏路空の安否だけではなく、この異常事態が人的災害であった場合の首謀者である可能性を心配している。それも不調や偶然ではなく、故意的にこの異常事態を引き起こしている可能性だ。
「…幻香さん。お空にそのようなことを出来るほどの強力な能力を持っていません」
「可能性は可能性。ふとした時に急成長したのかもしれない。怨霊を喰らい続けて進化したのかもしれない。実は最初からそんな強力な能力をひた隠しにし続けていたかもしれない。…さとりさん。これは飽くまでもしもだ。だが、その可能性を最初から切り捨てられるほど、わたしは霊烏路空を知らない」
「幻香…」
未知は危険だ。知らないまま放っておくと、後で痛い目に遭うことがある。
…これ以上、嫌な可能性ばかり考えていると、気分まで悪くなる。話を無理矢理でもいいから切り替えよう。
「…この話はとりあえず置いておきましょう。今は、この異常事態の原因の究明と解決についてだ」
「…そうですね。しかし、今年の気温の上昇、そして灼熱地獄跡地から吹く熱風…。私もこの異常事態の原因は灼熱地獄跡地であると考えています。しかし、具体的に何故かは分かりません」
「あ。そう言われると、あの風のあそこから吹いてきてたね」
「原因は当初の推測通り灼熱地獄跡地としましょう。…どうしますか?」
「無論、旧都で起きたことは旧都で解決します。…そこで、幻香さん。貴女を地上の妖怪であることを承知で言います。私達に協力してくれませんか?」
「元よりそのつもりですよ、さとりさん。出来ることはしますよ」
黙ってみていろと言われれば、わたしは部屋に戻っていただろう。しかし、この状況で何もしないというのはあまりしたくなかった。直接解決をすることが出来ずとも、それ以外にやることはいくつもあるだろう。
そう考え、わたしに今すぐ出来そうなことを思い浮かべてみる。旧都の妖怪達の精神に情報を入れ込んで異常事態を強制的伝達なら出来る。膨大な超低温の気体を創造して気温を中和も出来そうだ。噴火に耐えうる密閉空間の創造は流石に厳しいか…。
「…あの、そのようなことはしなくて結構です」
「あ、そうですか…」
即座に否定されて少しばかりへこむ。…まぁ、さとりさんにやってほしいと言われたことをすればいいか。
再び大きな縦揺れが起き、本棚の中身や机の上に置かれていた物が飛び散る。しかし、さとりさんはそんなことをほとんど気にせず、わたし達を見上げて口を開いた。
「こいし、幻香さん。お燐を見かけませんでしたか?」
「お燐?わたしは見てないよ」
「見ましたよ。この異常事態が起きる少し前に」
「…!そうですか…。お燐は旧都へ…」
わたしが思い出したことを読んださとりさんがそう呟くと、そのまま顔を伏せて考え込み始めてしまった。
さとりさんが考えていると、わたしはどうしようもない。なので、ふとした疑問をこいしに問うことにした。
「どうしてお燐さんを?」
「お姉ちゃんにとっていわゆる右腕みたいだから、っていうのもあると思うよ。けれど、今回はちょっと違うかなぁ」
「何が違うんですか?」
「お燐は灼熱地獄跡地に降りてお空の様子を確認する係でもあるからね。お燐から話を聞きたかったんだと思うよ」
「ふぅん」
そう言われれば、そんなことを酔った席で口走っていたような…。確か、お空の様子がおかしいとかなんとか。あの時は特に気にしていなかったけれど、もしかしたらその時から何かがあったかもしれない?
そこまで考えたところで、さとりさんは顔を上げた。…何か決まったらしい。
「幻香さん。ひとまず、旧都に行ったお燐から何か気づいたことがあったか訊いてきてください」
「分かりました。…こいし、行ってきますね」
「いってらっしゃい。急いだほうがいいよ」
「分かってますよ」
そう言うと、わたしは扉と窓を蹴破って外へと飛び出した。破壊した瞬間、破壊する前のものを複製して創り直したので問題はないはずだ。…うげ、さっきより暑くなってないか?これは本当に急いだほうがいい。