東方幻影人   作:藍薔薇

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第419話

予想通りこの辺りまで来ると灼熱地獄跡地から吹き荒れる熱風は大分冷え、ただの吹雪となっている。そんな旧都を上空から俯瞰してみると、やはり人影はかなり少ない。まぁ、好き好んで吹雪いている中を出歩く趣味を持つ妖怪はほとんどいないのだろう。

 

「…さて、何処にいますかねぇ」

 

軽く見回したが、視界が吹雪いて白くなっていて正直見づらい。人が少なくて探しやすかったとも言えるのだが、建物の中にいたらどれだけ見回しても見つからない。急いだほうがいいのはよく分かっている。

というわけで、空間把握。旧都全域という広範囲に妖力を拡げるわけだが、思ったより妖力消費は軽い。しかし、それは飽くまで以前と比較したらの話。実際のところ、割と使っている。不必要に妖力を消耗したくはないので、さっさと頭の中に浮かぶ形状の中からお燐さんを探し出す。

 

「…あれ?いないんだけど」

 

が、いなかった。外にも中にもいなかった。探す時間を妖力消費だけで減らせるなら別にいいか、と考えたのだが、これでは旧都に肝心のお燐さんがいないことになる。じゃあ、何処にいる?

いくつか思い浮かぶ可能性。とりあえず、追い風に乗りながら顔を叩き付ける雪も気にせず進む。お燐さんを見ているかもしれない人の場所へ。

細めた視界にその人を視認した瞬間、そこに向かって真っすぐ自由落下よりも速く降下し、雪を撒き散らしながら橋の上を滑る。把握してから来たとはいえ、今回はここにいてくれて助かった。こんな吹雪の中でも橋の上にいるあたり、非常にらしいと思う。

 

「っ!…随分なご登場ね」

「お燐さんを見ませんでしたか、パルスィさん?」

「それを言って何になるのかしら?」

 

…冷たいなぁ。吹雪と相まって余計に寒く感じる。けれど、今は事を急いでるんだ。

わたしは、ピンと伸ばした人差し指をパルスィさんの額に当てた。事前に指先に集めていた妖力をパルスィさんに直接流し込み、その記憶の表層付近を把握する。把握している最中にわたしの右手を払われたが、妖力を流し終えているため記憶把握に支障はない。

 

「…急に何よ」

「別に言わなくていいや、と思ってるだけ。それでは」

 

パルスィさんの記憶曰く、少し前に慌てた様子のお燐さんがこの橋を走り抜けていき、それからまだ戻ってきていないらしい。一言声を掛けたようだが、答えることなくそのまま行ってしまったようだ。そんな余裕もなかったのだろう。

知りたかった情報は知れた。あまり人の記憶を覗く行為はしたくないのだが、今は一分一秒を争う事態の可能性があるんだ。自身の嫌悪感と相手の反感だけで済むなら安い。

 

「ハッ。人に訊いておきながらその態度…。いいご身分ね」

「答えてる時間も惜しい。時間がないんだよ」

「…妬ましいわ、本当に」

 

念のため歩いてそっぽを向いて呟くパルスィさんから距離を取り、右足で地面を蹴りながら、進行方向へ一直線に伸びる棒をわたしに重ねて創造。瞬間、わたしの身体が棒の端から端へと弾き飛ばされる。体が棒から離れる瞬間に回収し、目的の場所へ滑り込んだ。

 

「いた。探しましたよ」

「…どうして、よりにもよって、あんたがここに来るのよ…っ」

「訊かなきゃならないことがあるからですよ、お燐さん」

 

お燐さんの周囲に怨霊が浮かんでおり、地底と地上と繋ぐ大穴を昇っていく。その様子を見上げるお燐さんにわたしは詰め寄った。上を見ていた顔がこちらに向いた瞬間、何故か彼女は一歩後退っていく。一歩踏み込むと、一歩後退る。それを繰り返し、遂に壁まで到達したところで引きつった顔の横の壁に腕を突き出した。退路を断つことと、脅迫のために。

青ざめた顔の鼻と鼻がぶつかる程近づき、わたしは訊こうと思ったことを口にする。

 

「質問に答えろ。一つ、灼熱地獄跡地で何があった?」

「……………」

「二つ、霊烏路空はどうした?」

「……………」

「三つ、怨霊を地上に飛ばして何をするつもり?」

「……………」

「…答えなし、か。はぁ。それならそれでいいよ」

 

完全に沈黙。できれば嘘でも虚構でも妄言でもいいから言ってほしかった。そうすれば、わたしは記憶把握を僅かでも躊躇ったと思うから。

 

「…灼熱地獄跡地は霊烏路空の手によって過剰稼働している。…大分前から霊烏路空の様子がおかしかった。…怨霊を地上に飛ばして萃香に助けを求めた」

「っ!あんたっ、何でっ!」

「現行不手際を起こしている霊烏路空がさとりさんに殺処分される可能性を恐れた。しかし、自分の手による解決は出来なかった。そして、事は大きくなり過ぎた。だから、解決出来そうな人に助けを求めた」

「そ…、そうだよっ!何か文句でもあるのかいっ!?」

「いやぁ、これぞ友情だよ。感動的だね」

 

壁に当てていた手を放し、一歩後ろに踏み込みながら乾いた拍手をする。お燐さんの顔に血が僅かに巡り、青ざめていた顔に僅かだが色が付く。そして、胸元に手を当て、ホッとしていた。

 

「か…ッ!?」

 

瞬間、わたしはお燐さんの鳩尾に拳を捻じ込んだ。筋がプチプチと千切れる感触はするが、骨が折れる音も内臓が潰れる感触もしていない。

 

「げほっ!ごほっ!」

「ふざけんな」

 

感動的と言ったな。すまん、ありゃ嘘なんだ。うずくまるお燐さんを、わたしは冷めた目で見下す。

 

「貴女は怨霊を何処まで正確に操れる?仮に正確に操れるとして、その怨霊は萃香の元に一直線に辿り着ける?そして、他の誰にも勘付かれることはないと言える?地上と地底の不可侵条約が破られることは決してないと言える?余計な奴らが異変だと言ってやってこないと言える?…まぁ、この辺りはいい。わたしにとっての不都合がかなり混じってるからね」

 

わたしが言っているのは、この結果が悪い方向に転がった場合の話をしているにすぎない。だが、必ずしもいい方向にのみ転がるなんてことはない。そんな都合のいいことはそうそう起こりえないものだ。

 

「しかし、どうにも気になることは、何故さとりさんに伝えられなかったかだ。殺処分される?…ま、されるかもね。ペットに対して子孫のいくらかを食料として譲渡する契約を交わすような人ですし。けれど、そうだとしても、貴女はさとりさんの善性を信じ切れなかったことは確かだ。…酷い話だね。さとりさんが知ったら、どう思うかなぁ。…あまり気にしないのかな?それとも、意外と気にするかもなぁ?」

 

咳き込みながらだが、お燐さんはゆっくりと起き上がった。非常に痛そうな顔をしている。だが、その痛みはわたしに殴られたからだけではなさそうだった。…とても、悲しい表情だった。

一つため息を吐き、わたしはお燐さんに背を向けた。さとりさんに言われた通り、気付いたことを訊いた。もう用はない。けれど、わたし個人の用はさっき一つ出来た。

 

「貴女がこれからどうしたいかは知りませんし、わたしは貴女のことをさとりさんに読まれるつもりはないです。これは貴女が自分でやるべきことだ。他人を挟んではいけないことだ。事が終わってからでもいいけれど、わたしは一度二人きりで話し合ったほうがいいと思いますけどね」

 

それだけを一方的に言い切り、わたしは旧都の入り口である橋の上まで棒を伸ばし弾かれる。棒を回収して橋の上を滑りながら静止すると、パルスィさんが濁った緑色の瞳でわたしを睨んできた。

 

「…用は済んだかしら?」

「まぁね。…あ、そうだ。ここに地上からの来訪者が来るかもしれません。お気をつけて」

「そう。…ま、覚えておくわ」

 

意外にもパルスィさんは軽く受け入れてくれた。これ、一応勇儀さんにも伝えておいた方がいいかなぁ?けれど、いつになるか分からないし、そもそも来るかどうかも分からないしなぁ。…ま、大事をとって伝えておきますか。

 


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