東方幻影人   作:藍薔薇

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第420話

わたしの記憶が正しければ、勇儀さんはかなり遠くの建物の中にいる。空間把握したときに瓶の中身を注いでいて、なおかつ近くに空瓶が転がっていたから、おそらく居酒屋の類だろう。そこに向かって吹雪の中を飛んでいくのだが、どうにも遅い。向かい風ということもあるのだが、どうしてもわたしは走ったほうが速いらしいのだ。しかし、今は地に足を付けては駄目だ。…ほら、また揺れたよ。

よし、着いた。どうやらこの建物、以前わたしが創ったものだったようなので、扉を回収しながらそのまま突撃する。中に入ったら扉を再び創るのも忘れない。床には割れた酒瓶の破片が散らばっていて足の置き場に困るのだが、今は浮いているからさして問題はない。店内を見回していると、酒特有の匂いが染みついた空気が鼻につき、思わず顔をしかめてしまったが、今は気にしている暇はない。

まばらにいる妖怪達の中に勇儀さんがいたことにホッとしつつ、わたしは彼女にゆっくりと近付いた。

 

「…よかった、いた」

「あん?…幻香か。どうした、そんな顔して?」

「話がある」

「ふぅ…。一応聞こうか」

 

一杯呑んだ勇儀さんが隣の席をバシバシと叩き、そこに座るように促された。少し迷ったけれど、座らせてもらうことにする。

 

「おい、酒を一つ追加だ」

「あの、わたしは…」

「あんたのじゃねぇ、私のだ。…それに、その顔見れば面倒事だってのは分かるさ」

「そうですか。では、何から話しましょうか…」

 

小さな地震がカタカタと空瓶を揺らす中、わたしは勇儀さんに顔を向けた。さて、どの情報を開示し、どの情報を秘匿するか…。先にさとりさんのところに戻ってからのほうがよかったか?…いや、いいか。時間に余裕はないと思った方がいい。

 

「まず、近々地上からの来訪者が来るかもしれません。飽くまで可能性ですが、覚えておいてください」

「また萃香達が来るのか?」

「そこまでは分かりません。…んー、この地震から色々とあって、地上にいくらかの影響があるようでしてね…。その原因である地底に来訪者が来るかもしれない、と予想しています」

「はぁーん…。ようするに専門家が来る、と?」

「ま、そうですね」

 

いくらか誤魔化しながらの説明だったのだが、一応の納得はしてくれたようだ。その納得をした勇儀さんは実に面倒くさそうに髪をガシガシと掻き毟ると、残り少なくなった酒瓶から口の中へ酒を直接流し込んだ。一気呑みしてからのため息が非常に酒臭い。

 

「話が通じない奴が多いんだよなぁ、専門家ってのは…」

「仮に来たとして、貴女はどうしますか?」

「気に入ったら生かすし、気に入らなかったら殺す。それだけさ」

 

そう言ったところで、先ほど注文していた新しい酒が置かれた。これも酒虫とやらから作り出したものなのだろうか、とそれを半分ほど呑んだ勇儀さんを見ながら思った。

さて、次に話すことは何か、と思ったところで地面が大きく突き上がるように揺れた。体を一瞬浮かび、そのまま落下する前に浮遊して対処する。対する勇儀さんは床に根でも張ってるのか、と思いたくなるくらい微動だにしていなかった。いくつかの瓶が割れる音を聞きながら、わたしは元の席に戻る。

まだ話すことが決まったわけではないが、とりあえず勇儀さんのほうに目をやると、勇儀さんもわたしを見つめていた。あの目は追究だ。何か訊かれるな。

 

「ところで、この地震は何だ?知ってるだろ、あんた」

「…口封じされてます」

「さとりにか?こりゃあ思ったより大事らしいな…」

 

まぁ、実際は口封じなんてされていないのだが…。ただ、何となく言わない方がいい気がしたから言わなかった。けれど、完全に情報を閉ざしてしまうのもよくないだろう。さっきの誤魔化しに矛盾が起こらないように注意しながら、わたしは言葉を選んでから口を開いた。

 

「…ただ、この地震が原因となっていくらかの怨霊などが地上に噴き出てしまったようです。専門家が来るとすれば、それが理由になるでしょうね」

「あぁ…、そりゃ来るな」

「怨霊ってそんなに悪いんですか?」

「そりゃあそうだが、理由は別だよ。あちらが覚えてるかどうか知らんが、地上と地底の不可侵条約には怨霊の管理が含まれてる」

「…そうだったんですか」

 

知らなかった。さとりさんの書斎にそんなことを書いていた書籍はなかった。おそらく、当時はそんなもの当たり前過ぎて記載するまでもなかったとか、記録として残すという考えに至らなかったとか、そのような理由がいくつか思い浮かぶけれど、今はどうでもいいか。

しかし、お燐さんがそのことを知っていたのならば、はたして地上に怨霊を飛ばしただろうか?…分からない。知っていたかどうかすらも知らない。そういった記憶はさらに深い層にあるから、把握していない。それに、記憶という情報は非常に複雑だ。わたしが把握した情報は常に正しいわけではない。もしかしたら、萃香が来ることを強く望んでいたけれど、実は心の何処か、例えば無意識では解決出来る者ならば萃香でなくてもよかったと思っていたのかもしれない。…まぁ、そんな推測をしてしまうのはもっと深く記憶を把握しなかったわたしの所為だ。

口を閉ざしたまま考え込んでいると、残り半分を飲み干したらしい勇儀さんがわたしに問いかけてきた。

 

「話は終わりか?」

「…そうですね。これ以上は話していいかどうか分かりません」

「そうかい。ま、いいさ。警戒はしておく、ってさとりには伝えといてくれ」

「分かりました。伝えておきますね」

 

わたしの独断で動いてしまったわけだし、このことはしっかりと伝えておかねばなるまい。しかし、お燐さんのことを読まれずに話すのはちょっと難しいんだよなぁ…。それに、霊烏路空が過剰稼働させているらしい灼熱地獄跡地もどうにかしないといけないわけだし…。やるべき問題はまだまだ多いなぁ…。

席を立ちながらため息を吐き、店を去ろうとした時、ふと訊いてみようかと感じたことが浮かんだ。けれど、唐突にこんなこと訊いたら少し、いやかなり怪しいよなぁ…。ま、怪しまれたら怪しまれたでいいや。

 

「ところで、勇儀さん。熱いのは平気な方ですか?」

「なんだよ、急に?」

「あー…、もしかしたら必要になるかもしれないことでしてね。個人的に訊いておきたいんですよ」

「…熱いってどこまでの話だ?」

「炎で丸焼きとか、溶岩に突き落とされるとか…?」

「どんな状況だよ。…まぁ、溶岩くらいならいけるな。ずっととはいかんが」

 

いけるんかい。どんな状況で溶岩に入ったのかこっちが訊きたいわ。

けれど、勇儀さんは溶岩を耐えられるのか…。灼熱地獄跡地に行くために勇儀さんの身体を貰うことも検討しておこう。

 

「ありがとうございました。それでは」

「じゃあな。さとりにちゃんと伝えておけよ」

 

そういう勇儀さんと別れ、店を出ると吹雪が体に吹き付けてきた。しかし、ここに来た時と比べると寒さが薄らいでいる気がする。雪も若干減っているような?…異常事態が旧都にまで広がるのは、思ったより時間がないかもしれない。

しかし、灼熱地獄跡地に入るための手段は出来たのは一つの収穫と言えるだろう。ただ、次はどうやって霊烏路空を止めるかだよなぁ…。言葉で説得する?力尽くで捻じ伏せる?どうするのかさとりさんに訊きたいけれど、お燐さんのことを読まれずにどうやって訊けばいいのやら…。

ふわりと浮かび、ちょっとした難題に頭を悩ませながら、わたしは吹雪に逆らって地霊殿へと飛んでいく。ビシャビシャと顔に当たる吹雪が少し水っぽい。やっぱり、影響は出ているようだ。これはちょっと急いだほうがいいかなぁ。

 


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