東方幻影人   作:藍薔薇

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第421話

「…これは酷い」

 

蹴破ったことで割れた窓にわたしが創ったガラスが綺麗に嵌め込まれているのだが、破断面が分かりやすく浮かんでいる。当然だ。わたしはガラスを創ったが、その際に分子構造が癒着するように創っていない。やろうと思えば出来るのかもしれないが、やったことがないので分からない。…まぁ、つまりだ。この奥の扉もまともな修復もせずに飛び出して来てしまったわけで。蹴破ったほうが早かったとはいえ、やり過ぎたかなぁ。

軽く頭を抱えながらガラスを回収し、空いた窓から地霊殿の中へと入った。そして、割れたガラスを空間把握し、その全てのガラスに重なるように複製。即座に炸裂させる。粉砕されたガラス片が飛び散り、床と外に広がった。窓枠に僅かに残ったガラス片に対して空気を一転に複製し、圧縮された空気が一気に膨張してガラス片を吹き飛ばす。そこに新たなガラスを創造し、窓を修復した。…うん、これでいいだろう。

 

「さて、と。問題はここからだなぁ…」

 

蹴破った際に飛び散ったであろう木片を踏み締めつつ、雑に取り繕ったような扉を見ながら呟く。これの修復も問題だが、お燐さんのことをどう読まれずに会話をするかだ。正直、読まれてしまったならしょうがないと割り切って嘯くつもりだが、ああ言ったからには必要最低限度は読まれないようにしたいとは思っている。

…よし、覚悟は決めた。さとりさんには申し訳ないけれど、ちょっと考え事をしながら話すとしよう。必要なこと、不必要なこと、可能性のこと、これまでの経緯、これからの推測、これからの行動、何でもかんでも考えながら。

破壊した部分の扉を回収し、そのまま部屋の中へ入っていく。座っていたさとりさんがビクッと跳ねたが、それは突然扉が消えたからか、それともわたしの頭の中を読んだからか…。ま、どうでもいいか。

 

「ただいま戻りましたよ、さとりさん、こいし」

「幻香、おかえり!ちょっと遅かったけど、何かあった?」

「…幻香さん。少し落ち着いたらどうですか…?」

「さとりさん。この異常事態で落ち着く暇があると思うなら、それは悠長ですよ。で、こいし。道中で勇儀さんに話しておきたいことがあったので、勝手な独断で話してました。その詳細はこれから話す予定です」

 

などと言い、思考量を過剰に増やす理由として誤魔化しておく。…なんか、二枚舌どころか三枚舌を使っている気分だ。

こいしの隣に腰を下ろし、一息吐く。多少の揺れを感じるが、もういいや。これからすぐに移動するわけじゃないだろうし。

 

「さて、さとりさん。お燐さんから訊いたことと、わたしが勇儀さんと話したこと。どちらを先にしますか?」

「お燐からでお願いします」

「分かりました」

 

さて、わたしはお燐さんのことを読まれないと言ったわけだが、それはお燐さんがさとりさんの善性を信じず行動に移したことだ。

 

「霊烏路空が灼熱地獄跡地を過剰稼働させ、意図的に暴走させているようです」

「っ!そんな…」

「お空が!?それって本当!?」

 

つまり、霊烏路空に関することを隠すつもりなんてさらさらないのだよ。

さとりさんは机に突っ伏すように俯き、こいしはわたしに体を傾けてきた。ひとまず体重を掛けてくるこいしを押して元の位置に戻しつつ、さとりさんに続きを語る。…いや、騙るか?ま、いいや。

 

「理由は不明。ただ、お燐さんはこの異常事態は自分の手に負えないと判断し、鬼に協力を依頼しに行ったようですね」

「勇儀にですか?」

「…えぇ、この異常事態について話をしました」

 

お燐さんが助けを求めたのは萃香で、勇儀さんと話したのはわたしだが。鬼という単語から勇儀と勘違いしたのはさとりさんだ。たとえそうなるように言葉を選んでいたとしても、わたしは悪くない。

 

「ですが、この異常事態で怨霊が地上へ昇ってしまいましてね…。今、お燐さんがその怨霊を操っているようですが、もしかしたらいくらか漏れてしまったかもしれないですね」

「そう、ですか…。それは少々、いやかなり問題ですね…。地上に怨霊が…」

「お姉ちゃん、これって相当まずいんじゃない?」

「えぇ、まずいです…」

 

怨霊を操って止めているのではなく、怨霊を操って昇らせているわけだが。もしかしたらではなく、ほぼ確実にだが。ちょっと順序を入れ替えるだけで簡単に勘違いさせることが出来てしまう。…まぁ、それだけお燐さんが信頼されているのだろう。まさかお燐さんが怨霊を地上に向かわせるはずがない、という信頼。

頭を抱えてしまっているさとりさんには申し訳ないけれど、そうやって考え込んでいる時間が惜しい。わたしは次の話を投げかけた。

 

「で、わたしが勇儀さんと話したことですが」

「あ、はい。話してください」

「地上に怨霊が昇っている可能性を伝え、地上からの来訪者を警戒してほしいと伝えておきました」

「それで、勇儀は何と?」

「警戒はしておく、とのことです」

「そうですか」

 

まぁ、ほぼ確実に来るだろうなぁ…。しかも、その来訪者はおそらく専門家。つまり、霊夢さんや魔理沙さんがここに来るということだ。…ん?これはこれでいい切っ掛けじゃあないか?少し考えておくか…。

 

「あと、あまり関係ないと思いますが、この異常事態、主に地震の原因を知らないか、と訊かれましたね。答えていいのか分かりませんでしたので、答えませんでしたが」

「別に隠すようなことでは…」

「それがわたしには分からなかったので、とりあえず秘匿しておいたんですよ。次に会う機会があれば正直に答えておきますね」

 

まぁ、口封じされていると言ってしまっているから、非常に言いづらいのだが。いや、これは口封じが解禁されたとでも言えばどうとでもなるか。…会う機会、あるかなぁ?

さて、と。わたしが旧都へ行った内容は大体話し終えた。ここからは、これからのことだ。

 

「で、さとりさん。これからどうしますか?」

「…そうですね。無論、この異常事態の解決をしますが…。お空を止めればこの事態は終息するでしょうか?」

「さぁ?灼熱地獄跡地が霊烏路空の制御下にあるなら収めることは可能でしょうが、既に制御下から外れていたらどうなることやら…」

「もしかして、ドッカーン?」

「かもしれませんねぇ。今のうちに遺書でも書きます?一緒に燃えますが」

「書かないよ」

 

ま、遺書なんか書く暇があれば自分に出来ることをした方がいいですよね。…ところでこいし。わたしにそんな期待しているような目を向けて何をしたいの?解決なら出来るかどうかまだ分からないよ。だから、期待されても困る。

しかし、霊烏路空を止めると言うなら、あの超高温の灼熱地獄へ向かわなければならない。少なくとも、無策で降りれば軽く死ねる環境だろう。

 

「で、誰が行くんですか?」

「お燐は…、手に負えないと判断したんですよね…。勇儀に頼みましょうか…。いえ、彼女は旧都で警戒しているのですよね…」

「幻香はどうにか出来ないの?」

「このまま落ちたら多分死にますね。…ただ、手段なら一応ある」

 

ここに戻るまでにいくつか考えた。ただし、正直に言うと成功する可能性はどれもあまり高くない。出来ることならもう少しいい手段を考えたいのだが、そんな時間もないかもしれないのだ。

 

「どんな手段?」

「一つ、わたしの周囲に適温の大気を創造し続ける。二つ、超高温に耐えることが可能でなおかつ熱伝導率が非常に低い物質で防護する。三つ、わたしが超高温に耐えられる存在に成り変わる」

「えっと、どういうこと?最後は何となく分かるけど」

「一つ目は、超高温の大気に触れなければ問題ない、という理論で無理矢理行きます。二つ目は、確かそんな素材が月の技術にあった気がするので、どうにかして再現します。三つ目は、例えばお燐さんに成ればおそらく灼熱地獄跡地に行くことが可能でしょう」

「んー、いまいちよく分からないや」

 

一つ目は膨大な妖力を消費するため、妖力枯渇すれば即お陀仏だ。二つ目はそもそも曖昧な記憶からその素材を創造出来るかが怪しく、さらに言えば思い出したり考えたりするのに時間がかかりそう。三つ目は、わたし自身の意思より創った意思のほうが強いと勝手に動いてしまう。妖力、時間、意志と、どれも欠点が分かりやすい。

そんなことをこいしと話していたら、それを聞いていたらしいさとりさんがわたしに顔を向けた。かなり難しい顔を浮かべている。

 

「…幻香さん。貴女に無茶をさせるようなことは出来ることならばしたくありません。ですが、もしもの時、貴女にそのようなことを押し付けることを許せますか?」

「この責任はわたしのものだ。…成功しようと失敗しようと、さとりさんに非はありませんよ」

 

元より行くならどうするかで考えた手段だ。さとりさんが勝手に責任を感じるなら別に構わないが、わたしの分まで奪わないでほしい。

そして、せいぜい勘違いしていてください。後で面倒なことになりそうだけど、この責任も全部わたしが担うから。

だから、さとりさん。貴女は何も悪くない。

 


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