東方幻影人   作:藍薔薇

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第422話

さとりさんはもしもの時と言った。だから、わたしはその時が来るまで部屋で待っていますと言い、ベッドで横になっている。

わたしが部屋に行った理由は主に二つ。一つは、わたしが思い浮かべる耐火耐熱素材の創造の過程をさとりさんに読まれないようにするため。これはさとりさんの負担を減らすのが目的だ。二つ目は、わたしがさとりさんから離れるため。これはお燐さんのことをさとりさんに読まれないようにするのが目的だ。

わたしが必要になれば、誰かがわたしの部屋の扉を叩くだろう。その時のために、月で読んだ覚えがある耐火耐熱素材を思い返している。扉を叩かれた時に創れなさそうならば、別の手段を取るだけだ。わたしが不要ならば、この異常事態はさとりさん達の手によって終息するだろう。それならそれでいい。というか、そちらの方が霊烏路空のためだろう。初対面の何処かの誰かさんでしかないわたしが解決するより、お互い知った仲の誰か止めてあげるべきだと思う。

 

「…暑い」

 

そして、今ではそれなりの時間が経過し、それに伴って気温が徐々に上がり続けている。既に真夏なんかよりずっと暑い。雪が解けた分が湿度になっているのか、非常に不快な暑さだ。…大丈夫かなぁ?

さて、このまま暑くなり続けてしまうと灼熱地獄跡地に入らずとも耐熱素材が必要になるかもしれない。えぇと、どんな分子構造だったかなぁ…?なんかよく分からない名称だったのは覚えてるんだけど。というか、どれもこれもよく分からない名称だった。規則性のある専門用語。どんな規則性だったかなぁ…。うすぼんやりとは覚えてるんだけど、思い出すとなるとかなり厳しい。

駄目だ、思い出せない…。この手段はもう止めとくか?…いや、もう少し考えるか。けれど、思い出すのは時間が掛かりそう。というか、思い出そうとするほど遠ざかっていくような感じ…。ざるで水を掬っているような気分だ。

 

「もういっそ、わたしが創るか…」

 

このまま考えても埒が明かないだろう。もういいや。前例なんか知るか。分子構造なんか知るか。理論なんか知るか。思うだけ。創りたいものを創ろう。創造は出来る。後は身勝手な希望を押し通す。それだけだ。願え、望め、希え。燃えることのない物質を、熱を伝えない物質を、そんな都合のいいものを。

『防熱』『不変』『防炎』『耐火』『燃えず』『難燃』『変わらず』『防熱』『不変』『燃えず』『防炎』『耐火』『防火』『防火』『防熱』『防火』『燃えず』『防炎』『耐火』『防熱』『不変』『不燃』『耐火』『耐熱』『難燃』『不変』『防炎』『耐火』『燃えず』『難燃』『変わらず』『防熱』『不変』『燃えず』『防炎』『耐火』『耐熱』『防炎』『耐火』『不変』『防炎』『耐火』『燃えず』『難燃』『変わらず』『防熱』『不変』『燃えず』『防炎』『耐火』『防火』『不変』『防炎』『耐火』『燃えず』『難燃』『変わらず』『防熱』『不変』『燃えず』『防炎』『耐火』『防熱』『変わらず』『防熱』『防火』『不燃』『耐熱』『防火』『難燃』『変わらず』『不燃』『耐火』『燃えず』『防火』『燃えず』『防火』『燃えず』『防炎』『変わらず』『不変』『防炎』『耐火』『燃えず』『難燃』『防炎』『耐火』『防熱』『不変』『不燃』『耐熱』『防炎』『難燃』『変わらず』『燃えず』『難燃』『変わらず』『防熱』『不変』『燃えず』『防炎』『耐火』『変わらず』『防熱』『不変』『燃えず』『防炎』『耐火』『防熱』『防火』『難燃』『不変』『燃えず』『防炎』『耐火』『防火』『不変』『防炎』『耐火』『燃えず』『防炎』『耐火』『防熱』『不変』『不燃』『燃えず』『耐熱』『防炎』『耐火』『変わらず』『防熱』『防熱』『防熱』『不変』『不燃』『耐熱』『変わらず』『耐熱』『防火』『変わらず』『防熱』『不変』『燃えず』『防炎』『耐火』『防火』『防熱』『防火』『燃えず』『防炎』『耐火』『防熱』『不変』『不燃』『耐熱』『不燃』『耐熱』『防火』『難燃』『燃えず』『防炎』『耐火』『防熱』『不変』『不燃』『耐熱』『不燃』『防火』『不燃』『燃えず』『難燃』『耐熱』『難燃』『不変』『燃えず』『防炎』『耐火』『防熱』『難燃』『変わらず』『不燃』『難燃』『変わらず』『耐熱』

ただひたすら、そんなことを考え続けた。望みしか頭に残らないほどに、思考に思考を重ね続けた。燃えない。熱を通さない。そんな変わることのない物質。

 

「――っ、はぁ…っ。…どうだ?」

 

散々考え続けた思考の末に手袋の形を思い浮かべ、それを流れるままに創造した。まともな形を思い浮かべずに創ったせいでまるで紙のように薄い。…大丈夫か、これ?

 

「ま、いいや」

 

とりあえず装着。…暑い。気温とわたしの表面温度がそのままだからしょうがない。ということで、手袋の口を締め付けて密封し、分子振動を極力抑えた気体を手袋の中に創造する。

 

「うげっ、冷たっ!」

 

氷なんかよりずっと冷たい!冷た過ぎて逆に熱く感じてしまうほどに冷たい。これは駄目だ。一度回収して、もう少し分子振動が大きな気体を創る。…よし、涼しい。このくらいがちょうどいい適温だ。気体を創り続ける手段を選んだ時は、このくらいの気体を創り続けるとしよう。

しばらく放っておくと、少しずつ手袋の中が温くなってくる。手袋の中の気体はわたしの体温より気温が低いから、少しずつ上がって当然だ。だが、外の暑さが伝わっているのならば、もっと早く熱くなるだろう。さらに言えば、体温よりも熱くなるだろう。

 

「まさか、いや、本当に…?」

 

出来たのか?そんな都合のいいものが。こんな簡単に出来てしまっていいのか?

この手袋の分子構造はどうなってる?それを把握してそのまま増やしていけば、全身を覆うのも容易だろう。

 

「…え、何これ…?分、子?粒は?」

 

のっぺりしてた。まるでフェムトファイバーのように満ち満ちていた。しかし、フェムトファイバーは割と簡単に熱を受け取る。では、何が違う?というか、そもそもこの物質は何だ?月の技術では、あらゆる物質を原子で理解することが出来るはずだ。では、この原子のない物質は何だ?

わたしの能力が自分で分からない。思えば創れた。分子構造なんていらなかった。…いや、前からいらなかったじゃあないか。そんな情報を知らない頃から複製を創れた。出来の悪い創造だって出来た。その頃のわたしの複製に分子構造なんてあっただろうか?そんな概念がわたしに存在しなかった頃の複製。残念ながら手元にはない。

だったら、把握すればいい。わたしが創り続けてきた地上の小石。それらを思い浮かべると、遥か上空に大量に転がっているのが分かる。その中の一つに意識を集中し、分子構造を把握する。

 

「はは…。何だよ、これ」

 

なかった。のっぺりと満ち満ちていた。フェムトファイバーのように満ちていながら、過剰妖力をほんのりと宿していた。可変性があった。

望んだ通りに成長していたつもりが、振り返ると道を大きく踏み外していたことに今更になって気づかされた気分だ。

 

「…あーあ、ほら出来たよ。耐火耐熱性の防護服…」

 

手袋と同じ素材を使い、気密性のある服を創った。中の空気を循環させなければいつか呼吸も出来なくなってしまうのだが、わたしが着るのならば特に問題ない。中に気体を創って回収してを繰り返せばいいのだから。

出来上がったものを放り投げ、枕に顔を押し付ける。思い切り気分が沈む。どこからわたしは道を外れたんだろう?出来るようになりたいと思ったことは、大抵出来るようになった。出来ないを減らしてきた。手札は増え続けた。だが、その成長は違ったものだったのではなかろうか?

しかし、今はこんなことを考えている余裕はない。これを考えていたら、明らかに時間が足りなくなる。思い止まれ、わたし。今はこの異常事態のことを考えてればいい。だから、これは後だ。

わたしは枕から顔を離し、ベッドの端に座り直す。放り投げた防護服を手繰り寄せ、手元に畳んで置き、呼ばれるかもしれない扉をじっと見つめて待ち続けた。

 


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