東方幻影人   作:藍薔薇

426 / 474
第426話

「ほら!ほらほらほらぁ!」

「危なっ…。…うん、変形してないな」

 

漆黒の翼を広げてはるか上空に浮かぶ霊烏路空は左手で支えながら右腕に装着された棒をわたしに向け、直接被弾すれば丸ごと火炙りにされてしまうほどの火炎球を放ち続けてくる。その軌道がいまいち不安定に揺らめいていて少しばかり読みにくく、躱しているつもりが防護服のすぐ隣を通り抜けていった。しかし、流石は耐熱耐火の基に創った素材。かなり近くを火炎球が通ったにもかかわらず、特に変化した様子はなかった。…正直、かなりホッとしている。

ただし、このまま安心しているわけにもいかない。何故なら、彼女が放ち続けている炎が当たった足場が赤熱し続けているからだ。つまり、このままだと足場が融け落ちて穴が空くし、それが続けば当然足場はなくなる。…やっぱり飛んだ方がいいのかなぁ。空中戦はあまり得意ではないのだが、相手が空中にいる以上、わたしもその高さまでいかなければならないわけで…。

 

「しょうがない、なっ!」

 

右足から思い切り踏み出すと、赤熱していた足場がグニャリと歪む。だが、もうこの足場に用はない。火炎球が降り注ぐ中、真っ直ぐと走り抜ける。そして、わたしは壁に着地した。重力に逆らうため、そのまま半球に近しい形状の内側をグルグルと回るように走り続ける。…よし、この高さだ。今、重力に対してほぼ垂直に立っているわたしの頭上に霊烏路空が飛んでいる。

その場で急停止した瞬間、重力がわたしをマグマへ落下させようと目論む。だが、その前に壁を蹴って勢いよく跳んだ。その先には当然霊烏路空がいる。わたしは何もない空中から飛び出すよりも、何かから蹴り出したほうが明らかに速い。そして、速度はそのまま威力となる。

わたしは防護服の中に入っていた空気を全て回収した。膨らんでいた防護服が肌に吸い付く。そのまま攻撃していれば膨らんでいる防具服が抵抗を受けて減速してしまい、さらに空気の層を挟んだ攻撃をすることになり、その結果威力が落ちてしまうから。

 

「オラァ!」

「馬鹿ね!飛んで火にいる何とやら!」

 

…あぁ、確かにそうかもね。左手に支えられながら真っ直ぐと向けられた右腕の棒を眺め、その先端に炎が溜まるのを見詰めた。このままならあちらのほうが早い。だが、知ったことか。燃えたならそれまでだ。また創ればいいだけだから。

目の前で放たれた火炎球の中を突き進む。そして通り抜けた。…変化なし、ゆえに問題なし。勝利を確信していた表情から崩れ始めているその鼻っ柱に掌底を叩き込んだ。ペキャ、と軽い音と共に潰れる感触。その場で横に旋回し、追撃の回し蹴りを横っ面に振るう。初撃で怯んでいた体は思ったよりも軽く、真っ直ぐと吹き飛んでいった霊烏路空はそのまま壁に激突した。

 

「…ふぅ。想像以上だなぁ、この素材…」

 

その場に浮かんで両腕を下ろした自然体を取り、防護服の中に新たな空気を創りながら、あの火炎球の中を通り抜けてなお変わりない防護服を思う。耐熱耐火を思って創ったが、太陽を生み出すような存在が放つ炎を耐えるほどとは。これは少し楽になりそうだ。

パラリ、と砕けた壁が落ちる音を聞いてそちらに目を向けると、壁に激突していた霊烏路空が起き上がっていた。そして、開いた左手に新たな太陽が生み出されていく。…さっきまでの攻撃手段は火炎球だったが、これからは太陽になりそうだ。

 

「これが私の究極の力…。貴女に受けられるかしら?」

「…さぁね。試したことないから分かんないや」

「当然、試すまでもない!」

 

そう言い放ち、わたしに向けて太陽が射出された。一瞬、視界が白色に塗り潰される。体を大きく左に傾けると、その後ろの壁が融ける音が響いた。チラリとその音の元に目を向けると、壁が白く発光しながらドロリと融け落ちていた。…うげぇ、あれが五千五百度か…。

次々と射出される太陽を躱し背後の壁を融かしながら、わたしは『幻』を一つ浮かべた。先程の炎と比べて軌道が真っ直ぐで躱しやすいな、と思いながら『幻』から一発の妖力弾を撃ち出す。しかし、その途中で霊烏路空が放つ太陽と接触し、そのまま飲み込まれてしまった。…流石に妖力弾で太陽を貫くのは厳しそうだな。

 

「これならどうだっ!」

「数撃ちゃ当たるかな?なら、こっちも増やしてみるか」

 

霊烏路空が左手を大きく振るうと、数多の太陽が生み出された。わたしもそれに対抗し、『幻』の数を二百個に増やす。次々と射出されてくる太陽を左右に大きく飛んで躱しながら、『幻』の弾幕で彼女の周辺を狙う。わたしは動き続けることで太陽を掠めることもなくよけ続けているが、対する彼女はいくつかの妖力弾を太陽で飲み込めずに被弾していく。しかし、これといった決定打にはなっていない感じだ。これがスペルカード戦、もしくは弾幕遊戯ならわたしの勝ちで終わってるのになぁ…。ま、この場に全く関係ない規則を持ち出してもしょうがないか。

 

「えぇい、ちょこまかと…!これなら、どうだぁーっ!」

 

わたしに対して全く攻撃を当てることが出来ず痺れを切らしたらしい霊烏路空がそう叫びながら左腕を上に掲げると、その上に新たな太陽が浮かび始める。その太陽はその質量をどんどん増やし続け、遂に引力を持つまでに至った。僅かだが体が太陽に引き寄せられている。今は少しの抵抗で済んでいるが、このままではいつか引力に負けてしまう可能性がある。そうなってしまうと、わたしは太陽に飲み込まれてお陀仏だ。

それは避けなければならないのだが、『幻』から放った妖力弾が太陽に吸い寄せられる。あの引力に勝る妖力弾はそう簡単には撃てない。しかし、だからと言って近づくのは相当危険だ。子の防護服が炎を耐えられても、太陽を耐えられるかはまだ未知数なのだから。

 

「この究極の力で全て融かして混ぜて合わせてあげる…!」

「そいつは御免だね。貴女を止めれなくなる」

「だからもう止まらないのよ。私は誰にも止められない…!」

 

しかし、何もせずにただ黙って見ていても状況は悪い方向に傾くばかり。…やるか。

わたしは意を決し、その場から霊烏路空に向かって飛び出した。引力に引っ張られることで、さらなる加速を受けながらどんどん近付いていく。

 

「これに飲み込まれちゃえ!えーい!」

 

その発言と共に、霊烏路空は左手に浮かべていた巨大な太陽を投げ飛ばした。その巨大さゆえか、彼女の手を離れた太陽はゆっくりと動き始めた。近づけば近づくほど引力が強くなる。ここまでくると、もうこの引力に逆らうことは出来そうにない。

ただし、それはわたしの力ではの話だ。わたしは自分の身体にこの耐熱耐火素材で創った棒を重ねて創造し、強力な引力に逆らいながら外側へ弾け飛んだ。回収しようと思ったがそもそも肌で触れることが出来ず、また妖力を拡げる余裕もなくそのまま太陽に吸い込まれていってしまったが、そんなものはどうでもいい。

勢いよく弾かれたことで太陽から距離を取り、引力からの影響が弱くなったところで再び霊烏路空に向かって飛び出す。彼女にはもう太陽はない。だから、この拳は問題なく当てられる。わたしは防護服の空気を全て回収し、右手を固く握り締めた。

 

「この時を待っていた…ッ!」

「え?」

 

瞬間、彼女の前に先程と変わらぬ大きさの太陽が出現した。…まさか、これほど早く生み出せてしまうとは思っていなかった。過信した。油断した。…ごめん、さとりさん。死ぬかもしれない。

そして、わたしは成す術なく引力に引き寄せられ、太陽に飲み込まれてしまった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。