「ゥオアアッ!」
飛来する数多の針に咆哮し、その全てを散り散りに吹き飛ばす。ついでにその延長線上にいる紅白への牽制も兼ねていたのだが、僅かに顔をしかめた程度で大した効果はなさそうだった。
踏み出す右脚を地面に振り下ろし、底を中心として大地が陥没し、周囲に大きく罅が走る。その衝撃は大地を揺るがし、紅白の体制が一瞬だが崩した。その隙に右腕を引きながら距離を詰め、空いた腹に狙いを定める。多少の防御はされるだろうが、丸ごとブチ抜く。
しかし、その途中で異変に気付く。影の向きが背後から前へ変わった。
「喰らえッ!星符『ドラゴンメテオ』ッ!」
咄嗟に左脚を地面に突き出し、急停止しながら体を反転。白黒の声がした方を見上げれば、遥か上空から先程よりも強力な白の魔力が降り注いでくる。紅白をブチ抜くつもりだった右腕を真上に打ち出し、その中央を衝撃波で引き裂くように相殺させた。
「…っ」
背中に鋭痛が走る。対象を変更した僅かな隙に、紅白が私の背中に針を放ったのだろう。ただの針ならこの程度どうってことないのだが、当然針にも退魔の力が宿っていた。すぐに刺さった辺りの背中の筋肉を締め付け、僅かに流れる血を止める。はっ、やっぱこうでなくっちゃあなぁ。
『霊夢、やるなら普段の数倍は強力に。過剰なくらいでちょうどいいわ』
「霊符『夢想封印』」
紅白の宣言と共に、色とりどりに輝くいくつもの霊力弾が飛び交う。並の妖怪なら一つ触れただけで致命傷になりかねないだろうが、右手を軽く握るように人差し指から小指の四本を親指に引っ掛けながら突撃する。
「ふっ!」
目の前に迫る三つの霊力弾に対し右手を出し、四本指を一気に弾いた。バン、と空気が爆ぜる音と共に霊力弾が弾け飛ぶ。残る霊力弾はここから当たることはない。
「んな…っ」
「おらっ!」
瞬く間に肉薄し、右脚を腹へ突き出した。その蹴りは咄嗟に構えられたお祓い棒で防御されたが、気にせずそのまま吹き飛ばす。…硬いな。圧し折るつもりだったが折れなかった。霊力で強化されているらしい。
すると、遥か上空で距離を取っていた白黒が吹き飛ばされた紅白の元へ駆け寄ってきた。
「大丈夫か、霊夢!」
「げほっ!…なんて馬鹿力よ…」
『それが鬼って妖怪よ』
白黒が咳き込む紅白を介抱しているところ悪いが、私はゆっくりとわざとらしく地面を揺らしながら近づいた。白黒が服の中から取り出した小瓶の中身を紅白が飲み干したところで、振り向いた白黒が私をキッと睨みつけてきた。…いいねぇ、まだまだ出せそうじゃあないか。
『魔理沙、一つ提案しておくわ。耳を近づけて』
「何だ、アリス?――へぇ、分かった。試してみる価値はありそうだ」
「…こほっ。紫、アンタも何かないの?」
『…そうねぇ。では、こんな策はどうかしら?』
それぞれが助言を聞き入れるのを待ち、聞き終えたところで右手をバキボキと派手に鳴らす。その音で二人は私に意識が向いた。
「もういいか?」
「…あぁ。わざわざ待ってくれるなんて優しいな」
「私はな、実力を出し惜しみしてる奴が嫌いだ。相手の全力をこの身で受け、その上から力で叩き潰す。その方が楽しいだろ?」
「へっ、違いない」
そう言って笑う姿は、その精神のあり方が間違いなく強者だと感じ取れた。今はまだ実力が伴っていなくとも、将来伸びる。そう感じさせるものがあった。
「…気に入った。白黒、名を聞こうか」
「霧雨魔理沙だ。覚えとけよ」
「山の四天王が一人、力の星熊勇儀。…さぁ、思いっ切りかかって来なぁ!」
そう咆えた瞬間、魔理沙が隣に浮かべていた人形の一体を掴み取ってこちらに投げつけてきた。拳を振るおうとしたその前に、人形がキュッと縮むのが見えた。閃光、衝撃。私を丸ごと飲み込むほどの爆発。皮膚が焼ける感触を覚えたが、それよりも星熊盃の中身が吹き飛ばないように掴む。…ふぅ、危ねぇな。
右手を軽く払い、視界を塞いでいる黒煙を吹き飛ばす。すると、そこにいたはずの二人が忽然と消えていた。…まさか、この隙に地霊殿へ向かったんじゃああるまいな?
「…いや、そんなことねぇか」
「そういうことよ…ッ!」
急降下しながら振り下ろされたお祓い棒を角の先で受け止め、体を後ろへ逸らしながら星熊盃を握る左手の甲を地面に付け、全身を振り上げての蹴り上げをかます。
「そぉらっ!」
「ぐ…っ!」
肉同士がぶつかり合う鈍い音。紅白が派手に吹き飛ばされていくが、喰らうと同時に吹き飛ぶ方向へ飛んで衝撃を大分逃がされてしまった。しかし、喰らった衝撃で取り溢したのか、大量の札が私の周りに散らばる。…いや、違う。
「縛」
一言の宣告と共に飛び散っていた全ての札から霊力が伸び、私の体を雁字搦めに縛り付ける。腕を動かそうとするがギリギリと軋む感触がするばかりでピクリともしない。…やはり、あの札はわざとだったか。小癪な真似を。
吹き飛ばされた先で紅白が立ち上がりながら呟いた声が聞こえてくる。
「…普段あんな風に使わないし、使うとしてもあんな数は使わないのだけど…」
『言ったでしょう、霊夢。過剰なくらいでちょうどいいのよ』
「あ、そう。…魔理沙、あとよろしく」
「ああ、ちょうど溜まり切ったところだ。魔砲!『ファイナルスパーク』ッ!」
紅白が視線を向けた方へ目を遣ると、魔理沙が私に凝縮された激しい光を秘めた八角形のものを向け叫んだ。そして、さっきまでのは一体何だったのか、と思わせてくれるほどの白の魔力を撃ち出した。解放された白の魔力が私の視界を埋め尽くす。
私はニヤリと口端を持ち上げて一人笑っていた。
◆
「お見事だ。霊夢、魔理沙」
中身が零れてしまった星熊盃の縁を左手の指先でクルクルと回しながらそう言った。尤も、言われた二人は納得のいかない顔を浮かべているのだが。
「いい連携だったよ、お二人さん。気に入ったからあんたらは生かすことにした」
「…紫、過剰じゃ足りなかったわよ」
『正直、あれを振り解かれるのは予想外よ』
「…なぁ、アリス。弾幕はパワーだけどさ、ちょっと自信なくなってきた…」
『なら、私と一緒にもっと強くなりましょう。えぇ、そうしましょう…』
私が白の魔力を喰らう寸前、星熊盃のために抑え込んでいた力を一瞬解放し、私を頑丈に縛り付けていた霊力を蜘蛛の糸のように引き裂いた。そのまま腰を捻り右腕を引き絞り、迫る白の魔力に右拳を叩き付けその全てをかき消した。しかし、その勢い余って星熊盃から酒が丸ごと零れてしまったわけだが。
座り込んで落ち込んでいる二人に前にしゃがみ込み、顔の高さを合わせて近づける。しかし、二人は私からスッと体を引いて距離を取りやがった。…あぁ、角が刺さりそうだったのか。悪いことしたな。ま、いいや。
「地霊殿なら向こうだから、行きたきゃ行けよ」
「…えぇ、そうするわ。行きましょう、魔理沙」
「そうだな、霊夢。随分時間食っちまったから急ごうか。さとりってヤローに会いに行くために」
私が指差した方向には馬鹿でかい館、地霊殿がある。二人は私に背を向けて歩き出した。その向かう先はもちろん地霊殿。二人の背中が遠ざかっても、私はその場で仁王立ちをし続けた。あの二人を逃がすことの証明と、周囲にいる妖怪達への牽制のために
さて、これでは私は地上からの侵入者を取り逃がしてしまったことになるわけだが、ま、どうにかなるだろう。私がわざと逃がしたことなんて、二人を通して一瞬で看破されるだろうが、いくつか小うるさい注意をペットを通して言われるくらいで済むと思う。幻香には警戒しろとしか言われなかったし、さとりにも旧都のことは任されているし。
ふと、私は天井を見上げた。その遥か先にある地上を想い、そこへ出て行った友を想い、私は一つ長い息を吐いた。