東方幻影人   作:藍薔薇

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第428話

上も下も右も左も前も後もなくなった水の中にいるような気分だ。呼吸は出来ないし、もはやする必要もない。白く染まった世界に少しずつ押し潰され、そして消えていくのだろう。わたしはてっきり太陽に飲まれた瞬間から、三途の川を船に乗せられて死神と共に渡り、閻魔様と顔合わせしたのちに黒、有罪、地獄行きと宣告されるものだと思っていたのだが、思ったより余裕がありそうだ。もしかしたら既に死んでいるのかもしれない。わたしのような創られた存在に、地獄行き何て豪華過ぎるかもしれないな。消滅。ただ、それだけ。それにしても、死の直前には走馬灯の一つくらいあるかと思っていたが、思ったより思い返すことがないらしい。…まぁ、思い返さなければならないことなんて四つだけだ。古明地こいし、フランドール・スカーレット、八意永琳、星熊勇儀、そのドッペルゲンガー達。彼女達のことを想おう。わたしの最期の瞬間まで。ただ、黒く染まると思っていたが白く染まるのはちょっと予想外だなぁ…。

 

「…ん?」

 

思ったより長いな、と思ったところでふと違和感に気付いた。視界の端に白ではない色。そして、今更ながら自分にへばり付くように存在しているものが思考の隅っこに浮かんでいることに意識が向いた。…これ、防護服だ。…え、わたし死んでないの?太陽に飲み込まれたのに!?

そう自覚した途端、つい先ほどまで想っていた四人のことを放り投げる。思うのは今ではない。その代わり、現状の把握に努める。空間把握。…霊烏路空、この太陽のすぐ傍で高笑いしてるわ。これは完全に勝利を確信していますねぇ…。それと、少し遠くに回収出来なかったこの防護服と同じ素材で創った棒の存在を感じる。あれも太陽に飲み込まれたはずなんだけどなぁ…。ちょっと耐熱耐火性能高過ぎませんか?あと、呼吸が出来ないと思っていたが、防護服の中に入れていた空気を全て回収したせいだった。しかし、今創っても周囲からほぼ均等に感じる強烈な圧力によって潰されてしまうだけな気がする。

よし。ひとまず、この太陽からの脱出だな。とりあえず生き延びるために、肺の中に必要最低限の空気を創ってはいらなくなったものを回収しているが、ここから出ないことにはどうしようもない。しかし、飛んでいこうにも太陽の中心に引っ張られる引力の方が圧倒的に強くて抜け出せない。ものを重ねるにしても、この状況では引力の方が強いだろう。さて、どうしたものやら。

 

「ん?」

「ハーッハッハッハッ!これで私を邪魔するものはいな――いたーっ!?え!?なんで!?」

 

そう思っていたら、太陽が消えた。もう融かし尽くしたと思ったのか、それとも邪魔だと感じたのか…。まぁ、脱出する術を考える手間が省けたわけだし、結構ありがたい。

 

「…あ、どうも。太陽を消してくれてありがとうございました」

「こちらこそどういたしまして…、じゃっなーい!違う!どうして生きてるの!?」

「さぁ…?実はわたしにもさっぱり」

 

まさかあの条件下でも問題ないなんて誰が想像出来る。わたしは思ったよりとんでもないものを創っていたらしい。素直に驚いてる。

ま、いいや。難は去ったわけだし、わたしは続きを再開しよう。すなわち、目の前で癇癪を起こしている霊烏路空を止めるのだ。

 

「ふん!」

「ご…ッ!?」

 

こちらに意識が向いていない隙に接近し、右脚を振り上げて顎を蹴り抜いた。突然の衝撃に何が起きたのか分かっていなさそうな顔をしているところ悪いけれど、別に分からなくて結構だ。そのまま縦に一回転してから、がら空きの鳩尾に右拳を捻じ込んだ。

 

「うぶ…っ」

「いなくなる、ってのは何処までやればいいと思う?」

 

答えなんて全く期待していない問いを投げかけながら、わたしは反撃の隙を与えないように左右の拳で乱打を叩き込んだ。吹き飛ばすなんて衝撃を逃がすような行為をさせないように、出来るだけ相手をその場に留めるように殴り続ける。

 

「ぐ…っ、げほっ!?」

「このまま殴り続けて気絶させればいいのかな?」

 

最初は悲鳴らしい声を上げていたが、途中からは声を出すための息を吐き切ったらしく、呻き声すらまともに出てこなくなっていく。それでもわたしは拳を振るい続けた。たとえ声が出なくなろうと、この手を止める気はさらさらない。だって、まだ霊烏路空に意識があるのだから。手を緩めれば反撃される可能性があるから。あと、再び太陽の中に閉じ込められると面倒だし。

 

「っ、…っ」

「ここから引きずり上げなきゃいけないのかな?」

 

その場に出来るだけ留めるように殴ってはいるものの、霊烏路空はジワジワと後退し続けていき、やがて壁際まで追い詰めた。しかし、わたしは碌に気にすることなく殴り続けた。むしろ、これ以上後退することがないから楽だとすら思いながら。

 

「…っ、…っ!?」

「それでも止まらないなら殺さないと駄目かな?」

 

そう言い放ちながら、人差し指から薬指の三本指を三角に揃えた地獄突きを一撃だけ突き刺す。…何今更になって絶望しました、みたいな顔を浮かべるかなぁ?地上を丸ごと融かし尽くすと言うのなら、それによって自分自身が殺されることだって覚悟のうちだろう?決意したのだろう?意思を固めたのだろう?なら、どんな結末だって受け入れるはずだ。…違うかな?

 

「…っ、っ」

「さとりさん、悲しむだろうなぁ…」

 

ま、安心しなよ。流石に殺すのは最後の手段だ。やるとしても、まずは気絶させて、次にここから地霊殿まで引きずり上げて、それでも灼熱地獄跡地の過剰稼働が止まらないことを確認してから、さとりさんの目の前で確実に息の根を止めてから細切れにして焼き尽くしてあげるから。何処までやれば止まるか分からないなら、単純な死でも徹底的にやってやる。

 

「っ…………」

「ま、いいや。一旦沈んでろ」

 

自分の全体重と縦三回転の加速を全て踵に乗せた踵落としを意識が潰える一歩手前まで消耗させた霊烏路空の頭に叩き込み、完全に意識を刈り取った。そのまま落下していくその手首を掴み取り、マグマに沈むのを阻止した。

 

「…はぁーっ、疲れた…」

 

防護服の中に新たな空気を創造し、久し振りにまともな呼吸をする。何百発と振るい続けた両腕が重い。けれど、そんなものを理由にこの手を放すわけにもいかないよなぁ…。

傷の治療は、まぁ要らないだろう。この程度で死ぬとは思えない。元動物だったとしても、今は妖怪なのだから。…一応妖力を流して確認。…うん、心臓は動いてる。ちょっと脈拍が弱い気がするけれど、この程度なら許容範囲内だろう。きっと。

 

「さて、灼熱地獄跡地はどうなるかねぇ?」

 

霊烏路空の意識は確かになくなった。だったら、これで灼熱地獄跡地の過剰稼働が止まる可能性がある。しかし、その場に留まって少し見回してみても、これと言って収まったといった感じはしない。まぁ、すぐに止まるわけじゃないかもしれないか。じゃあ、時間を経過させるついでに距離を取らせるために、ここから引きずり上げるとしましょうか。距離を取る必要がなかったとしても、霊烏路空を生かすつもりなら地霊殿で休ませたほうがいいだろうし。

しかし、今上がって異変解決者と鉢合わせするなんてことがあったら嫌だなぁ…。けれど、それを恐れて待機していたらここにやって来ました、なんてことがあったら目も当てられない。

 

「…上がるかぁ」

 

待っててもしょうがないし。空間把握をしながら慎重に移動すれば異変解決者を回避出来る、と思いたい。そう思いながら、掴んでいた霊烏路空を引き上げて背負い、ぐったりと垂れている首を肩に乗せてから顔を上に向ける。…ここを上がるのか。下りるのも結構時間かかったよなぁ…。

願わくは、ここを上がっている間に異変解決者が地上へ帰還していますように。…ま、こんな都合のいい期待ってものはよく裏切られるものだ。期待せずにいこうか。…はぁ。

 


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