東方幻影人   作:藍薔薇

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第429話

机に頬杖を突いて待っていると、四度扉を叩く音がした。この叩き方は玄関口で待機していたお燐が異変解決者を連れてきた合図。…はぁ、本当に来てしまったのね。幻香さんが言う異変解決者を勇儀が旧都に押さえてくれるのが私としてはよかったのだけれど、現実はそうもいかないらしい。気になることは、勇儀が異変解決者を見逃したのか、それとも異変解決者が勇儀を負かしたのか…。まぁ、それはこれから分かるか。

 

「どうぞ」

「お邪魔するわ」

「邪魔するぜ」

『霊夢、警戒を怠らずに』

『訊けることは訊くのよ、魔理沙』

 

…ふむ、何やら声が二人分多いのだけれども。しかし、心は読めない。おそらく、遠隔地から声のみを届ける道具があるのでしょう。その二人分の心を読めないのはこの状況では多少の痛手だが、おそらく行動の主であろう異変解決者二人の心は問題なく読める。…へぇ、声の主は八雲紫とアリス・マーガトロイドですか。

 

「まぁ、そう警戒なさらず。私個人としては貴女達を争うつもりはありませんので。さぁ、お二人とも好きにくつろいでください。…お燐、この環境では困難かもしれませんが、お客様にお茶を用意してきてくれますか?」

「…了解しました、さとり様」

 

そう言って頭を下げながら退室したお燐の心は、異変解決者を前にしている私の心配と幻香さんと相対するお空の心配が大半を占めている。上の空で失敗することがないことを祈ろう。

 

「はぁーっ、しっかしここに近づくほどに暑くなったな…。ここは涼しいみたいで助かったぜ」

「気を引き締めなさい、魔理沙。ああ言ってはいるけれど、何してくるか分からないわよ。地底の妖怪達がそうだったでしょう?」

「ありゃ言ってすらいなかっただろ」

 

さて、礼儀正しく座っている方が博麗霊夢、その隣に座りながら本棚に目移りしている方が霧雨魔理沙ですよね。…地底に下りてきた目的は、間欠泉と共に湧き出した怨霊の排除と温泉を楽しむこと、ですか。怨霊に関してはお燐がもう止めたので、既に地上に湧き出てしまった分は知らないがこれ以上湧くようなことはないはずだ。温泉は知らない。

 

「さて、一応訊いておきましょうか。貴女達がここに来た理由を教えてくれませんか?場合によっては、っ!」

「うぉっ!」

「…一際強いのが来たわね」

 

話している途中だというのに、下から突き上がるような揺れが来た。しかも、これまでよりも遥かに強烈なものだ。…大丈夫かしら、幻香さん。お空のことももちろん心配だけど、あそこへ単身向かった彼女も心配だ。

 

「こほん、失礼。場合によっては穏便に事を済ませることが出来るかもしれません」

「ああそうかい。それじゃあ、もっと温泉が湧くようにしてほしいんだがどうすればいいんだ?」

『あの忌まわしき間欠泉を今すぐ止めなさい』

「早速仲間内で意見が分かれているのですが…。まぁ、間欠泉に関して私は何も知りません。ただ、怨霊なら沸くことはないでしょう。ですから、既に忌まわしきなどと頭に付ける必要はありませんよ、八雲紫さん」

 

名指しでそう答えると、僅かに霊夢さんに反応があった。…ふぅん、違和感を既に感じ始めているようね。対して魔理沙さんは本棚の中身と湧き出した温泉とそこで呑むお酒のことを考えている様子。…ふむ、見逃された鬼から酒を盗めるだろうか、ですか。止めておいた方がいいと思いますよ。それと、やはり見逃したのですか…。はぁ。

 

『ちょっと魔理沙。彼女、変よ』

「あん?何処がだ?」

『私達は紫の名前を一度も出してないのに言えた。どう考えてもおかしいわ』

「…そうですね、アリス・マーガトロイドさん。まだ名乗っていませんでしたね。申し遅れました。私は古明地さとり。この地霊殿の主をしています」

『っ、さとりですって!?地上から追放された心を読み取る危険極まりない能力の持ち主よ。馬鹿なこと考えてたらすぐに改めたほうがいいわ』

「心を…?…うへぇ」

 

…やはり、心を読まれる気分はよろしくないようで。隣で黙って聞いていた霊夢さんは、…便利そうだとは思うが好き勝手読まれるのは御免ですか、そうですか。幻香さんのようにそれはそれ、とはいかないようですね。まぁ、知っていましたが。分かり切っていても、少し悲しい気分になる。

 

「『心を読めるなんて嘘っぽいな』ですか、魔理沙さん。嘘ではありませんよ、非常に残念ながら。『それにしてもお茶はまだかしら』ですか、霊夢さん。それに関しては少々お待ちください」

「げっ、本当かよ…」

 

そこまで引かれてしまうと、嫌な記憶を思い出す。…あぁ、里の全住民から投げつけられた石は痛かった。何故、どうして、と呟きながら涙を流すこいしと繋いだ手が血に塗れていたことを思い出してしまう。

…止めよう。これ以上思い返すのは気分が悪くなるだけだ。そう思い、気分を無理にでも切り替えるために長く息を吐いた。

 

「…ま、いいわ。怨霊がもう湧かないと言うならそれで。…紫、実際どうなの?」

『…確かに今は湧いてないわ。ただし、一時的である可能性を否定出来ない』

「怨霊を地上へ向かわせたのは私の指示ですから、用が済めば止めるのが道理。そうおっしゃられても、信じてくれなければこちらも困るのですよ」

『怨霊を湧かせた?貴女が?』

「いえ、直接湧かせたのは先程お茶を任せたお燐です。私はそうするように指示しただけ…」

 

無論、嘘だ。お燐の独断である。ただ、こちらにはこちらの目的が多少あるのだ。このままはいさよならでは困る。主に幻香さんが。

紫さんの声からただならぬ雰囲気を感じた三人が口を閉ざす中、私は意外と楽に釣れたな、と思った。心が読めないから多少不安だったのだが、流石は幻想郷の管理者。不穏の種は見逃さないようで。

 

『古明地さとり。貴女、地上と地底の不可侵のことを知らないとは言わないわよね?』

「えぇ、知っていますよ。怨霊の管理が条約に含まれていましたねぇ…」

『知ってたなら――』

「ですが、破った。余計なものしか釣れなかったようで残念です。…まぁ、これはこれでありですね」

 

そこまで言い切ったところで、二、三度続けて大きく揺れた。私の動揺を映しているようだ、と小説らしいことを思い浮かべてしまう。

 

『…目的は?』

「顔も姿も心も見せないような者に語る言葉なんてありませんよ。そこで、今度一つ話し合いの場を設けませんか?」

『………えぇ、構わないわ。後日、ここに参上させてもらいましょう』

「楽しみにしていますよ。お互い、話すことが一つ二つでは済みそうにないですからねぇ…」

 

ふふふ、と笑っていると、ちょうどよく扉が二度叩かれた。お燐だ。中に入るよう指示すると、お茶と湯呑を二人の前に置いてから私の隣に立った。…戦闘が始まったら私を守ろうと思ってくれているようだ。まぁ、もうその心配はない。

 

「さて、ここで話せるようなことはこれでお終いです。そのお茶を飲んだら帰ってくれませんか?」

「んぐっ!?…帰れ、って。まだ早いだろ?」

「…いえ、間欠泉を止める理由は怨霊を止めるため。それが無用ならここに用はないわ。…それでいいわね、紫?」

『…えぇ、あとのことはこの私に任せて頂戴』

 

…ふぅ、終わった。幻香さんに頼まれたことの一つ、異変解決者の足止めもしくは帰還。多少の嘘も含め、信じてくれたようで何よりだ。霊夢さんの甘さに付け込ませてもらった形になるが、問題はないだろう。

隣で表情に出さないようにはしているがホッとしているお燐をチラリと見遣り、席を立った霊夢さんに視線を戻す。

 

「そういうこと。帰るわよ、魔理沙。温泉、さっさと入るんでしょう?」

「えー、あー、…もう少しここにいないか?外は暑いしさ」

「…何か盗むつもりなら、貴女の身の安全を保障することは出来ませんよ。人間一人なら容易く捕食出来る私のペット達で、貴女を手厚く歓迎します」

「よし帰ろう!霊夢、急ごうぜ!」

「ちょっと、待ちなさい!」

 

そう言ってすぐに放棄に跨り、扉と窓を突き破って飛んで行ってしまった魔理沙さんを霊夢さんが追いかけていく。…あの扉と窓、また破られるんですね。幻香さんと違って直されることはないので、すぐに直してもらうとしましょう。

 

「お燐、あれらを直しておいてくれますか?」

「…そうですね、さとり様」

 

そして、もう一つ。八雲紫をここに呼び寄せれたらそうして欲しいと頼まれた。どうやら、決着をつけるつもりらしい。具体的にどうとは読めなかったが、避けて通るつもりはないそうだ。

…彼女との別れは近そうだ。

 


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