東方幻影人   作:藍薔薇

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第430話

見上げた先に見える光が僅かずつだが強くなっている。入口まで拡げていた妖力の範囲も大分狭くなってきた。つまり、この地霊殿の庭と灼熱地獄跡地を繋ぐ長ったらしい大穴もようやく上がり切ることが出来る。そうすれば、この重要な荷物、もとい霊烏路空を降ろすことが出来るわけだ。

誰かを背負いながら移動するというのはなかなか苦労する。その背負っている者がわたしよりも背丈が高く、さらに意識がないとなれば尚更だ。霊烏路空の首が変な方向に曲がって痛んだりしないよう慎重に浮かび続けながら、さっさと目覚めてくれれば楽なのに、と自分がやったことを棚上げしつつ思ったが、今目覚めるとそれはそれで面倒そうだと考えを改めた。

 

「ふぅ…。やっと着いた」

 

地に足を付けると上がり切ったことを実感する。ベシャベシャと雨が降る中、わたしは庭を含めた地霊殿全域に妖力を拡げた。異変解決者がいるなら、ここにわたしがいることを決してバレないようにしなければならない。…まぁ、最悪バレても対処のしようがあるが、出会わないに越したことはない。…ん、いないのか?まさか、まだ旧都で足止めを喰らっている?…いや、さとりさんの部屋の扉とその先にある窓が壊されている。つまり、異変解決者が一度来て帰った後なのかな?だったら嬉しいんだけど。

ま、もしもの時のために人気のない場所を選んで壁に手を当て妖力を使い、わたしが通れる程度の大穴を空けて地霊殿に入ることにするけどね。念には念を、だ。

 

「…この雨、ちょっと変だな…」

 

大穴を閉じてから雨に濡れた防護服を払っていると、その時に床に落ちていく雫の音が明らかに水だけではなかった。よく目を凝らすと、ほんの僅かだが氷が混じっているのが見える。…つまり、あの雨は霙だったのか。ということは、地底の熱が収まったのでは?

そこまで考えたところで、わたしは防護服を回収した。瞬間、まだ防護服に付着していた水がわたしを濡らす。そして、生温い空気が濡れた体を冷やしていく。…おぉ、どうやら上手くいったらしい。霊烏路空が気絶したからか、霊烏路空を灼熱地獄跡地から離したからかは知らないが。まぁ、二度と起こさないならどちらでも構わない。

 

「ん?二度と…?」

 

そう考え安堵したところで、再び同じ異常事態を起こす可能性を今更ながら思い至った。このことに関してもさとりさんと話す必要がありそうだ。

話すことが一つ増えたなぁ、と思いながら霊烏路空が着ていた服を創ってそのまま着用し、廊下の左右を見渡してから歩き出す。濡れたままで歩くのは少し不快だが、拭うものがないからしょうがない。創ればいいのだろうが面倒だ。それに、背負っている霊烏路空も濡れているのだ。わたし一人拭いたところで大して変わらない。だったら、降ろしてからでも別に構わないだろう。

それからも周囲を警戒しながら出来るだけ音を立てないように歩き、ようやくさとりさんの部屋の前まで到着した。耳を澄ませながら妖力を拡げ、さとりさん以外誰もいないか確認してみる。…ふむ、部屋を冷やしていたと思われる兎妖怪が二人いるだけか。ま、それならいいや。内側から破棄された扉を見てから、わたしは部屋の中にお邪魔した。

 

「お邪魔しますよ、っと」

「幻香さ――お空…。どうしたのですか、その姿は…?」

 

さとりさんがわたしが背負っている霊烏路空に気付いた瞬間、目を見開いて唖然とした。…まぁ、これだけボロボロになってたらそんな顔しますよね。

 

「殴り尽くして気絶させました。とりあえず横にさせたいんだけど、何処かいい場所はありませんか?ついでに濡れた体を拭くものも欲しいですね」

「そこの長椅子を使ってくれて構いません。…貴女達は拭くものを用意してきてくれないかしら」

 

さとりさんに言われた通り背負っていた霊烏路空を長椅子に降ろしている間に、二人の兎妖怪がピョコピョコと部屋を跳び出していった。濡れたまま放置するのはあまりよくないから、出来るだけ早く戻ってきてほしい。

さて、さとりさんと二人きりになったわけだけど、何から話せばいいものやら。

 

「…ひとまず、感謝を。ありがとうございました」

「…どういたしまして」

 

そう言って頭を下げたさとりさんに、わたしは少し戸惑いながら返す。やれと言われてやっただけだから、感謝されると少しむず痒い。それに、さとりさんのペットである霊烏路空がこの有様だし。

これ以上続くのを回避すべく、話題を変えることにする。心を読んでくれるさとりさんなら、無理に続けようとはしないはずだからね。

 

「さとりさんの方がどうでしたか?」

「異変解決者である霊夢さんと魔理沙さんを灼熱地獄跡地へ向かわせることなく帰還させました。また、八雲紫をここに呼ぶ件ですが、彼女と直接話が出来る状態であったため、思ったよりも楽に出来ましたよ」

「え?直接、話が…?」

「遠隔地から声を伝え、そして聞くことが出来るものを霊夢さんが持ち歩いていたようです」

 

つまり、電話みたいなものか。地上と地底の不可侵条約を破る人数を減らし、なおかつ適切な助言をすることが出来ると考えればなかなかいい手段かもしれない。さとりさんの能力を知っていたのならば、心を読まれないという利点もあるだろう。…まぁ、八雲紫がここに来るのならば、そんなものはどうでもいいか。

細く息を吐く。瞬間、腹の奥底からふつふつと煮え滾るものを感じる。自然と頬が吊り上がっていくのが抑えられない。…あぁ、ようやくここまで来た。アハッ、彼女と話すのが楽しみだなぁ…。

そんなことを想っていると、廊下からドタドタと慌ただしく走ってくる足音が聞こえてきた。…誰だろう?あの兎妖怪の足音とは明らかに違うのだけど。

 

「さとり様!お空をどうするんですかっ!?」

「…お燐」

 

大量の拭きものを抱えたお燐さんが部屋に飛び込んできた。心配なんだろうけれど、まだ決まってないんですよ。多分、これから話すと思うけど。

 

「ちょうどいい。お空についても話さなくてはいけませんね」

「そうですねぇ…。お燐さんを同席させますか?」

「させましょう。…仮に貴女の理想とはかけ離れた決定を下したとしても、受け止められるだけの覚悟はしておいてくださいね」

「…分かり、ました。…さとり様」

 

もしかしたら殺処分するかもしれない、と遠回しに言われたお燐さんは苦汁を飲んだような顔をしながら頷いた。霊烏路空はそれだけのことをしているのだから、わたしとしてはどうなろうと知ったことではない。さとりさんの決定に委ねるだけだ。

霊烏路空の元へ駆け寄るお燐さんがわたしの横を通り抜けようとしたところで拭きものを一枚手早く掠め取り、濡れて冷えていた体を拭き取っていく。別に創ってもよかったのだが、回収する際に拭き取った水が残るのを避けるために使わせてもらう。

 

「さて、幻香さん。灼熱地獄跡地であったことを、出来る限り詳細に思い返してくれませんか?」

「はぁ、分かりました。飽くまでわたしの視点ですよ?」

「構いません。判断材料に変わりはありませんから」

 

ふぅん、そっか。さてさて、さとりさんはどんな決定を下すことになるかなぁ?わたし個人の意見としては、別に殺処分されたとしても構わないのだけど、そうするとお燐さんから何やら色々と言われそうだ。過程がどうであれ、助けられなかったわけだし。正直な話、わたしとしては霊烏路空が殺処分されることよりもそちらの方が面倒くさい。

そんなことを前置きに考えてから、わたしはさとりさんとお燐さんの視線を感じながら、灼熱地獄跡地に到着したところからわたしが見て、感じ、考え、そして行ったことを思い返し始めた。

 


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