東方幻影人   作:藍薔薇

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第443話

これはスペルカード戦ではない。ゆえに、回避する隙を排した弾幕を放つが、幻香に被弾する軌道の霊力弾は被弾する一歩手前で相殺されてかき消されてしまう。そして、幻香の周囲に浮かぶものから放たれる弾幕を結界で防ぐ。

そうやって弾幕を放ちながら接近した幻香が振り下ろす棍棒を手の甲で往なし、もう片方の掌底で幻香を狙う。だが、その軌道上に突如現れる脇差を見て、即座に掌底を引きながら大きく後退する。真っ直ぐと撃ち出された脇差は途中から重力に従って落下し、遥か下にある地面に深々と突き刺さった。

チラリと見降ろした地面には、既に三十は超える刃物が突き刺さっている。さっきから似たような攻防が繰り返されている証拠だ。お互いに有効打がない。

だが、幻香は確実に妖力を消耗し、私は体力を消耗している。長期戦になるが、はっきり言ってアイツのほうが分が悪いだろう。ここまで派手に妖力を消耗する行為を繰り返していれば、あちらのほうが底を突くのが早くなる。

 

「…ふぅ。もう少し自棄になってくると思ってたんですがね。思ったより冷静で落ち着いてて…、拍子抜けだよ」

「そう言うアンタも随分と余裕ね。何が目的か知らないけれど、私の夢想天生に侵入しても、私にはまだ届いていないわ」

「いやぁ、わたしを殺すという割に、貴女は致命打を狙わないものだからね」

「それを言うならアンタもよ」

 

夢想天生に侵入し、何でもかんでも創造してしまう今のアイツなら、回避不可能な即死攻撃なんていくらでも出来るはずなのだ。分かってる。この殺し合いですら、アンタにとっては遊びに過ぎないことくらい。私は、遊ばれているのだ。

しかし、私の攻撃を受けるために刃物を創るあたり、今の私と違って殺すことに躊躇はしていないのだろう。私はアイツを殺す決意はある。だが、それを実行する覚悟が、未だ出来ていない。芯の甘みが抜け切らない。淡い理想を、棄て切れない。

 

「ま、いいよ。これでも貴女とのお別れはちょっと寂しいからね。思い出は少しでも多いほうがいい」

 

そう言いながら、幻香は棍棒を新たにもう一本創造し、両手に一本ずつ握る。

 

「ッ!?」

 

一瞬で肉薄され、顔面に真っ直ぐと突き出された棍棒を、上体を大きく逸らして避ける。続けて振り下ろされたもう一本の棍棒は、逸らした状態からそのまま回転しながら蹴り上げた。

跳び退りながら放った針は容易く避けられたが、これ以上の追い打ちは阻止出来た。それだけで十分な成果。

 

「霊夢!防御しろぉッ!」

 

そんな時だ。私達の遥か上空から声がした。見上げてみると、私達を丸ごと飲み込む真っ白な魔力が降り注がれていた。私は夢想天生をしているから防御の必要はない。だが、もう一人の幻香はそうはいかないだろう。

 

「星符『ドラゴンメテオ』ォ!」

「模倣『マスタースパーク』」

 

私を真っ直ぐと見ていた幻香の宣言と共に右腕を真上へ伸ばし、薄紫色の妖力を放った。白と紫がぶつかり合い、互いを飲み込み合い、そして相殺された。

 

「チィ!」

「おやおや。乱入かなぁ?」

 

そう言って、幻香は強襲してきた魔理沙を見上げて嗤った。

突然、魔理沙が胸をきつく押さえつけた。サッと血の気が失せ、グラリと体が大きく傾く。そして、そのまま魔理沙は跨っていた箒から落ちた。

 

「魔理――ィぎ…ッ!?」

「敵を目の前にそりゃねぇよ」

 

すぐさま落ちている魔理沙の元へ飛んでいこうとしたところで、背中に強烈な衝撃が走った。

 

「ゲホッ!――ヴ…ッ」

 

そのまま抵抗する余裕もなく吹き飛ばされた私は地面に叩きつけられ、それからすぐ落ちてきた魔理沙の下敷きとなる。

痛む体に鞭を打ち、私の上に圧し掛かる魔理沙を退ける。しかし、魔理沙にこれといった言葉も抵抗もなかったことに違和感を覚えた。そして、焦点の合ってない魔理沙の頬が赤い。

 

「…霊、夢」

「ちょっと魔理沙!どうしたのよ!?」

「体…、寒い…、熱い…、重い…、痛い…。どう、なってんだ…。…くそっ」

「寒くて熱い?…ッ!魔理沙、アンタ凄い熱よ!?」

 

額に当てた手がとても熱かった。明らかに重病人のそれ。さっきまでの威勢のよさは何だったのか。まさか無理してここにやって来たの?

 

「当たり前でしょ」

 

そこまで考えたところで、背後から声がした。すぐさま振り向き、幻香を睨む。対する幻香は嗤うのみ。

 

「アンタ、魔理沙に何したのッ!?」

「何も、と言いたいところだけど、したよ。わたしは鏡宮幻禍、しがない『禍』だからね」

「幻香…、だと?…霊夢、封印、解いたのか…?」

「説明は後!…さっさと吐けッ!」

 

息も絶え絶えな魔理沙の問いを後回しにし、大量の札を放つ。しかし、それらの札は地面から飛び出した壁に阻まれてしまった。そして、その壁を脇に投げ捨てた幻香は小さなため息を吐きながら答えた。

 

「吐け、って言われてもなぁ…。もう分かってるでしょう、人間代表?わたしは鏡宮幻禍、『禍』だよ?」

「だから何だってのよ!?」

 

思わず叫んだ私を、幻香は鼻で嗤った。

 

「『禍』は魂を削り、生気を削ぎ、不幸へ堕とす…。大規模感染症の原因であり、災厄の権化。…ねぇ、本気で分かってないの?」

「…!まさか、アンタ…」

 

すぐに魔理沙の魂を確かめた。…削れていた。僅かだが、確かに抉れていた。さっきも自分で思ったじゃないか。重病人のそれだと。でも、だけど!

 

「アンタはそんな妖怪じゃあないでしょう!?ドッペルゲンガー!」

「そう。わたしはドッペルゲンガーで幻影人。そして『禍』だ。…貴女達が望み、求めていたことだぜ、人間さん」

 

…そうだ。里の人間達は、確かに求めていた。全ての不幸の原因として罪を擦り付けられる存在。そんな都合のいい『禍』を。

 

「否定してたよ。けど、もういいや、って思った。だから、貴女達が用意した濡れ衣を、わたしは着た。これで白々しい真っ赤な嘘は肯定され、そして真実へ昇華する」

 

確かに言っていた。濡れ衣を着ると。しがない『禍』だと。だけど、そんな簡単に…?

そこで、私の脳に電流が走った。紫が言っていた、ドッペルゲンガーの特性。願いを奪い、代わりに叶える。願いは精神から奪う。精神は魂と密接している。それを奪う。…つまり、魂を削り取る。精神に対応した肉体を形成する。『病は気から』の究極形態。幻香は『禍』であることを求めた。その精神に肉体が対応し、精神が肉体を引っ張り、『禍』として新たに形成された。

そうして鏡宮幻香は『禍』と成ったのだ。里の人間達の願いを叶えながら。

 

「…幻香、アンタ、まさか、そんなッ!」

「気付いてくれて何よりだ。そう、わたしは元からそうだった。気付くのが遅過ぎただけで、いつでもそうだったんだよ。…そして、思った通りだ。わたしは、こうして『禍』と成った」

「幻禍ァ!」

「そう、わたしは鏡宮幻禍だ。ようやく呼んでくれたね、霊夢さん」

 

そう言って、幻禍は嗤う。私は立ち上がりながらそのむかつく顔面へ激情のままに掌底を打った。だが、体を捻じって躱されてしまい、横から迫る棍棒をまともに受けて地面を転がされる。受けた肩がいかれる衝撃。骨が砕けていないのは何故かと言いたくなる。

 

「霊夢…ッ!幻禍、テメ…」

「はじめまして、霧雨魔理沙さん。そう、わたしは鏡宮幻禍です」

 

重病で身体をまともに動かせないが、それでも幻禍を睨む魔理沙に、幻香は嗤いながら自己紹介をする。そこに霊力を纏わせた陰陽玉を投げつけたが、幻禍に当たる直前に粉砕された。飛び散る破片の奥に右腕を振るった後の姿勢で立っている幻禍がいて、ただただ嗤うのみ。

そして、幻禍は何故か私達に背を向けて上空を見上げた。

 

「…思ったより多いなぁ。これは」

 

そんな呟きが聞こえ、私も立ち上がりながら見上げる。

そこには、十六夜咲夜が、魂魄妖夢が、西行寺幽々子が、アリス・マーガトロイドが、東風谷早苗がいた。そして、幻禍に気付いた瞬間、各々が苦しみ始める。幽々子は特に苦しそうに見える。

しかし、それでも彼女達は舞い降りた。

 

「…神社から黒い柱が立ったから見に行って来い、とお嬢様に頼まれて来てみれば…。一体何なんですか、これは?」

「げほっ、ごほっ!…幽々子様、大丈夫ですか…?」

「はぁ、はぁ…。正直、全然大丈夫じゃないわ。…けど、あそこに紫がいるの。このまま、何もせずに去るわけにはいかないわ」

「魔理沙…っ。何よ、これ…。それに、まさか、幻香が…?」

「…これは早苗ピンチですか…?体は怠いし、動くのも億劫…。ですが、そんな時こそ私の奇跡の出番ですよねっ」

「ま、派手に打ち上げたんだ。来るとは思ってたよ」

 

そう言いながら、幻禍は新たな五人を見遣り、大きく伸びをしていた。

 


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