東方幻影人   作:藍薔薇

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第444話

「錚々たる顔触れだ。いやぁ、久し振りですねぇ。…はじめまして、皆さん。わたしは鏡宮幻禍。しがない『禍』です」

 

幻禍は咲夜、妖夢、幽々子、アリス、早苗に自己紹介をして嗤う。その微笑みに苦い顔を浮かべたり、一歩後退ったりと反応はそれぞれだが、早苗だけは明らかに違うものだった。両眼を輝かせ、一歩どころか二歩三歩と自信満々に前へ歩み寄る。

 

「へー!貴女が噂の『禍』なんですか!あの霊夢さんが封印するしかなかったという?」

「まぁ、そうみたいですね。東風谷早苗さん」

「ふぅーん。なぁんだ、大した事なさそうじゃないですか!けど、ピンチはチャンス!『禍』を討伐すれば東風谷早苗と守屋神社の名を広める大チャンスですよね!」

 

大胆不敵。早苗の言葉に思わず頬が引きつる。嫌な予感しかしない。むしろ、この状況で好転すると思える奴はきっと異常者だ。

対する幻禍は表情を崩さず微笑み続けている。そして、両手に持った棍棒を回収してから乾いた拍手をした。

 

「いいねぇ。そうなんです。実はわたし、大したことないんですよ」

「やっぱり!けど、私のために倒されちゃってください!」

 

そう言って早苗はふわりと浮かび上がる。私達は誰も付いていけず、ただ茫然を見送るしか出来ていない。何も出来ない理由は、幻禍にまるで隙が無いからだ。あんなに平然としているのに、臨戦態勢を取っているわけでもないのに、私からすれば背中を向けているにもかかわらず、踏み出すのを躊躇してしまうほどに。

幻禍を見下ろす早苗は、声高らかに言い放った。

 

「弾避けの奇跡!ふっふーん、これで貴女の攻撃は私に通用することはありません!勝ち確ですね!」

「馬ッ鹿ヤローッ!げほっ!…早苗!弾避けなんざ、意味ねぇよ!」

 

魔理沙は叫んだ。だが、その返事はなかった。

 

「奇跡?知らんな」

「ぇ…?」

 

既に早苗は幻禍の踵落としを喰らい、地面に叩きつけられていたからだ。何が起きたかよく分かっていなさそうな顔を浮かべたまま、早苗は幻禍の追撃を背中にもろに受けた。右足で踏みつけられ、肺の中身を全部吐き出したような悲痛な声を上げる。

 

「まさかスペルカード戦なんて甘い決闘で勝敗を決めるとでも思ってたんですかねぇ…?」

「ッ!幻禍ァ!」

 

右脚を上げ、再び早苗を踏み潰そうとした幻禍に柄を握った妖夢が跳んだ。一瞬で肉薄し、楼観剣を煌かせる。すると、居合を受けた幻禍は吹き飛ばされた。

 

「斬れてない…!?」

 

楼観剣の刀身を呆然と見る妖夢を放っておき、私は早苗の元へと向かう。すぐに介抱してやるが、残念ながら既に気を失っていた。起こすことを諦め、代わりに倒れた早苗を結界で覆う。ないよりマシだろう。

吹き飛ばさながら体勢を戻し、両脚を地に付けて停止した幻禍を、周囲に突然現れたナイフが襲う。が、爆発したような音と共にナイフが散り散りに吹き飛ばされた。

そんな時、首の横のあたりがチリチリとする感触がした。勘に従い、すぐさま屈む。頭上を通り抜ける脚。攻撃された側を見れば、そこには私がいた。当然のように夢想天生に侵入している。だが、その目は明らかに生きたそれではない。

 

「コイツ、いつの間に!?」

 

右掌底を受け流しながら、私は周囲を見回す。咲夜には咲夜、魔理沙には魔理沙、とそれぞれ同じ姿の者がいて、戦い始めている。偽物は武器の類を何も持っていないから分かりやすいが、その体術は威力、速度共に相当強い。

 

「この程度ッ!」

 

そんな中、妖夢は早々に自身の偽物を斬り伏せ、その道中にいた幽々子の偽物を斬り伏せながら幻禍の元へ駆け出した。

妖夢はひとまず後だ。目の前の偽物の前蹴りを躱し、反撃の回し蹴りを叩き込む。が、見た腕で簡単に防がれてしまった。が、その防御されている脚から霊力を炸裂させ、防御の上から攻撃を加える。…案の定、これといって効いている印象はない。破壊して止めるしかなさそうだ。

 

「霊符『夢想封印』」

 

宣言と共に五色の霊力弾を放ち、偽物に叩きつける。相手が妖怪ではないから効果は薄いだろうが、壊す程度なら問題はない。予想通り被弾した箇所に大穴を空け、頭や左肩を消滅させた。

動きを止めた偽物が倒れたことを確認し、周囲の様子を伺う。偽物相手に負けそうなのはいない。フラフラな魔理沙は丸ごと消し飛ばし、その横にはアリスが付いていた。咲夜は大量のナイフで全身を突き刺している。幽々子は紫と藍の元へと向かっていた。

 

「うん、遅い。太刀筋が見える。分かる」

「はぁっ!…くっ!」

 

幻禍の方を見遣ると、妖夢の斬撃をヒョイヒョイと躱していた。助太刀すべく、私は幻禍の元へ駆け出した。

 

「ガ…ッ!?」

「残念でした」

 

瞬間、幻禍の姿が視界から消え、背後から声がした。そして咲夜の短い叫声。

しかし、何が起きたのかを考える暇はなかった。辺り一面からナイフが飛来したからだ。私は夢想天生で全てのナイフがすり抜けていき、百を超えるナイフが地面に転がる。

 

「な…んで…」

「確かに貴女の時間だ。だからわたしの時間だ」

 

咲夜と交戦する幻禍の元へ向かおうとするが、その前に咲夜が幻禍の肘を鳩尾に喰らい、それから十何本の腕の残像を見せるほどの速度で殴られ続け、最後の一撃を横っ面に受けて吹き飛ばされる。

そして、私と顔が合った。相変わらず、嗤っている。そんな幻禍の真横に妖夢が跳んできた。妖夢の腕が動く。が、居合で抜いた楼観剣は親指と人差し指の二本で止められていた。

 

「なッ!?」

「もう知ってる。だから、さよなら」

「が…ッ!?」

 

そして、地面すれすれから噴き上がる右拳を妖夢は腹に喰らい、そのままグッタリと動かなくなった。

そんな妖夢を投げ捨てた幻禍は、改めて私に顔を向けた。両手にあの棍棒を創り、ゆっくりと私へと歩き出す。お互いの間合いに侵入した瞬間、横から迫り来る棍棒を屈んで躱しながら足を払う。幻禍の体が浮く。すぐさま追撃の手を打つが、その軌道に数多のナイフが出現して跳び退る。対する幻禍は、浮かんだ体を一回転させて着地していた。

 

「…幻、禍ァ!」

「ん?」

 

突然叫んだ魔理沙の方へ顔を向けた幻禍はニヤリと頬を吊り上げた。魔理沙からただならぬ雰囲気を感じた私も魔理沙の方を向いた。アリスに背中を支えられながら立つ魔理沙は、真っ直ぐとミニ八卦炉を幻禍に向けている。

 

「…しっかり支えてくれよ、アリス!」

「…えぇッ!」

「はぁ、はぁ…。喰らいやがれぇ!魔砲『ファイナルマスタースパーク』ッ!」

 

宣言と共にミニ八卦炉から放たれた圧倒的な魔力が幻禍に向かって迸る。対する幻禍は、自身の周囲に数え切れないほど膨大な数のふわりとしたものを浮かべた。

 

「独創『カウントレススパーク』」

 

そして、その一つ一つから薄紫色の妖力が放たれた。その一つ一つが重なり、混ざり合い、まとまった妖力が、魔理沙の魔力とぶつかり合う。

 

「ウギ、ギ…。踏ん、張れ…っ、アリス…!」

「分かってる、わよ…ッ!」

 

拮抗する魔力と妖力。激しい衝撃で周囲を巻き込みながら、お互いを打ち消さんとしている。

 

「必死ですねぇ」

「ッ!?」

 

突然、私の耳元から幻禍の声がした。すぐさま裏拳を放つが、棍棒で受け止められてしまう。硬いものを打った手の甲に痛みが走る。

ニヤニヤと嗤う幻禍は、棍棒で上を見上げるように促した。そちらに目を向けると、そこには幻禍の周囲に浮かんでいたものに酷似したものがいくつも浮かんでいた。…魔理沙とアリスの上に。

 

「アンタッ!魔理沙、アリス!逃げ――」

「アハッ!遅いっての」

 

薄紫色の妖力が魔理沙とアリスに降り注ぐ。一歩早く気付いたアリスが大盾を持った人形を出して防御したが、それすら丸ごと飲み込んでしまった。そして、拮抗していた魔力と妖力は魔力を妖力が押し退け、そして貫いた。

 

「あ…あぁ…」

 

しばらくすると妖力が収まり、そこに残ったのは倒れて動かなくなった魔理沙とアリスだけ。傷だらけで、血だらけで、見るからに、痛々しい。

 

「…ま」

「いやぁ、不運だねぇ。不幸だねぇ。一体、誰の仕業かな?」

「幻禍アァァアアァァァ!」

「そう。わたしの仕業だ」

 

もう、許せない。許すわけにはいかない。コイツを、野放しにするわけには、いかないッ!

決意は一歩踏み出され、一線を越え覚悟となる。

 

「幻禍ァ!私は!アンタを!『禍』を!この手で!絶対に!殺すッ!」

 


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