東方幻影人   作:藍薔薇

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第446話

「おや、もう目覚めちゃいましたか。…まぁ、別にいいか。邪魔してこないなら」

 

幻禍は私の後ろにいる紫を見ながらそう言ってその場にしゃがみ込み、血の海の中から何かを拾い上げる。血の滴るそれは布に見えた。どうやら肌着だったらしいそれを、幻禍は平然と着始めた。袖を通した腕が血に濡れ、襟を通った顔や髪の毛も当然血に染まる。そんな光景を見せられ、私は素直に気持ち悪いと思った。

しかし、それでも私は言わなければならないことがある。訊かなければならないことがある。意を決し、私は声を張り上げた。

 

「何で生きてるのよッ!?」

「はい?」

「私はアンタの上半身丸ごと吹っ飛ばして確実に殺した!…そのはずなのに、どうしてッ!」

「死んだぁ?もしかして、わたしのことですか、それ?」

「当たり前でしょう!?」

 

何故生きてる。私の覚悟が完全に無駄になってしまう。また殺さなくてはならない。だが、一度殺した感覚が未だにこびり付いて、とてもではないが出来そうにない。…けれど、やらなくては、いけなくて、私は、博麗の巫女で、敗北は、二度と、許されなくて…。

頭の中をグルグルと回って気持ち悪い。けれど、私はせめて幻禍を睨み続けた。最後の戦う意志だけは折れてはいけない。

 

「んー、私はこの通り無傷ですし、そもそも痛くも何ともないですよ?」

「…アンタの、その周りに流れた血は、どう説明するのよ?」

「血ぃ?…あー、確かにそうですね。…一体何なんでしょうね?」

 

そう言って、幻禍は首を傾げた。…とぼけてるのか、コイツ。それとも、頭が吹っ飛んで記憶も一緒に飛んだのか。

両腕を組んでしばらくの間唸っていた幻禍は、唐突にあっ、と声を上げた。そして、何故か嬉しそうに微笑み始める。

 

「そう!わたしは貴女に殺されたんですよ!札から注がれた貴女の霊力によって内側から上半身を丸ごと吹き飛ばされて!いやぁ、死ぬかと思いましたよ。というより、あれは確実に死んでたね。わたしの精神、…魂が残された下半身から離れようとしましたから」

「なら――」

「ありがとうございました」

 

追究の言葉は遮られ、幻禍は私に礼を告げた。意味が、分からない。

そして、幻禍は私を見詰めながらゆっくりと口を開き、独白を始めた。

 

「時折、不思議に思ったんだ。『幻』の数は増えた。妖力弾も自在に操れた。力はどんどん強くなった。脚だって速くなった。視力の代理器官を得た。把握範囲は次元を超えて拡大した。失った腕を戻せた。さらに腕を増やせた。『禍』に成った。妖力から複製を創れた。複製の複製が出来るようになった。複製から創造へ昇華した。遂には世界そのものを創造してしまった。出来ないことは、いつか出来るようになっていた。これっておかしくないかな?出来ないことが、出来ないままになることだってあるはずなのに」

 

そう言う幻禍が私を見ながらまるで別のものを見ているようだと錯覚した。酷く遠くにいるように感じた。

 

「八雲紫の記憶を読んで、仮説は信憑性を大いに増した。そして、死んで蘇ったことでそれは証明された。この身体は魂が求めたことを忠実に叶えてくれる。この身体は痛みがなければ無傷と同義、なんてふざけた理論も満たしてくれるほどに、魂の思うがままだ」

 

戦慄する。精神に対応した肉体を形成する、と紫は言った。だが、まさかそこまでだとは思っていなかった。それと同時に、紫がこんな化け物を欲していたことに気付いて思わず震えた。

 

「おかげで確認は終わった。知りたいことも知れた。見たいものも見れた。改めて言いましょう。ありがとうございました」

 

そして、私は今最悪の化け物を敵にしていることを思い出し、足が竦んだ。殺せるのか、これを?…否、殺さなくてはならないのだ。私は、博麗の巫女だから。

竦む足を無理矢理前に出して地面を思い切り踏み締める。下がったら、きっと折れる。だから、一歩前に踏み出した。折れかけていた戦意が持ち治り、さらにもう一歩踏み出した。

対する幻禍は、嗤うのみ。

 

「…殺してやるわ。何度でも」

「もう死なないよ。二度と死んでたまるか」

 

私は幻禍へ走り出し、右腕を大きく引き絞る。夢想天生は進化した。単調に浮くだけだったものから浮き沈みが可能となったことで、幻禍が創るものを回避することが可能となった。もう捕らわれることはない。全てをすり抜け、全てを叩き込む。

 

「ハァッ!」

 

全力の掌底を打ち込み、パァン、と乾いた音が響く。

 

「…え?」

 

幻禍の手のひらから。掴まれた。私の手。引き抜く。動かない。なんで。どうして。

 

「きっと、いつか出来るようになった。けれど、見て学んだ方が圧倒的にやりやすい」

 

そう言って、幻禍は私に嗤い掛ける。グイ、と掴まれた手を引かれ、体が幻禍の方へと倒れていく。そして、幻禍の蹴り上げた脚が私の首に直撃した。

 

「ァ…ッ?」

「案の定、別次元軸の移動が出来るまで成長してくれたね。欲しかったんだよ、その技術が」

 

そう言って幻禍は片腕で私を振り回し、そして地面に叩きつけられた。息が詰まる。

この衝撃で動揺していた意識を取り戻し、僅かに浮くことで、幻禍に掴まれていた手をすり抜けて距離を取る。追ってくる幻禍の跳び蹴りはそのまますり抜けると思っていたが、足から脛あたりまではすり抜けていったが、膝の手前で接触され、無防備だった腹に衝撃が走る。

 

「げほっ!」

「おいおい、まさか自分の技術を理解してないのか?ちょっと移動した程度だと簡単に喰らっちゃうよ?」

 

蔑むような声色だった。絶対的優位が崩れ、ほぼ真横に引かれ、そして下に落ちた。それをこの僅かな攻防で理解してしまった。

だが、それでも負けるわけにはいかない。痛む腹に力を入れて痛みを抑え込み、回し蹴りを放つ。幻禍が私の夢想天生で触れることが出来るか判断するのは見てもよく分からない。だが、今まで寄り添い続けてきた勘が補ってくれる。

 

「ここッ!」

「アハッ…。いいねぇ、続けましょうか」

 

片腕で防御されたが、つまり当たったということだ。勘は当たった。なら、まだ戦える。

幻禍の攻撃を大きく浮くことですり抜けて回避し、沈みながらの掌底。が、幻禍が一気に遠ざかる感覚がし、そして掌底はすり抜けて空振りした。そんな私の背中に幻禍の踵落としが振り下ろされようとしたが、さらに沈み込んでどうにか回避した。

空振られた踵は地面を大きく陥没させる。…あんなもの、受けてたまるか。

 

「さぁて、付いて来れるかな?」

「アンタが付いて来たのよ…ッ!」

 

お互いの攻撃がすり抜けて空振りし、時折当たるのだが防御される。どちらがより多く当てられているかと言われれば、悔しいが幻禍の方が圧倒的に多い。それでも、私は攻撃を続けた。

 

「…はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「おや、お疲れのようですねぇ」

 

進化した夢想天生にまだ慣れない。幾度と繰り返した浮き沈みは、私の気力を徐々に削っていった。対する幻禍は何ともなさそうに見える。隠しているのか、それとも本当に何ともないのか…。

そんな迷いを断つべく、歯を食いしばりながら掌底を繰り出した。だが、その手はガッシリと掴まれた。そして、私の指と指の間に幻禍の指が無理矢理捻じ込まれ、さらにきつく握り締められた。

 

「…気付けば、他の方々も目覚め始めましたねぇ。ほら、見てくださいよ」

 

そう言われたが、私は幻禍を睨み続ける。しかし、一瞬骨が軋むほど握られ、口外に見ろと言われた。そのまま見回すのは癪なので、キッときつく睨んでから周囲を見回す。…確かに、幻禍が倒した面々が起き上がり、私達を見ている。手を出してこないのは、手を出しても無駄だと分かっているからだろう。

 

「今のわたしは貴女で手一杯なんだよなぁ…」

「させないわ、絶対に…ッ!」

「しないよ。わたしは、ね」

 

そう言った幻禍は、空いている腕を真横に伸ばし、人型のものを創った。人里を探せば何処にでもいるような、しかしあまりに普通過ぎて、凡庸過ぎて、平均過ぎて、逆に見つけられなさそうな容姿の少女。

そんな少女の眼が見開かれ、パチクリと瞬きし、そして幻禍を見詰めた。そして、深々と頭を下げてから口を開いた。

 

「私を誕生させていただき恐悦至極です。主様っ!」

「…あれ、こんな性格になるの?」

 

その少女は、生きていた。

 


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