さとりにとある仕事を頼まれた小話。
夕暮れの空を見上げながら、私は建材を手に取る。…茜色の空どころか、空自体を見るのが久しい。ふと、これから夜になることを思い出し、それが当たり前であることを思い出し、私には地底が染み付いていることを思い知らされる。
そんなことを考え、私は一つ大きなため息を吐いた。そして、思わず口が開く。
「…なぁんで私達がこんな事させられてんだか」
「…勇儀。文句を言わずに働いてほしい、と頼んだはずですが?」
「ここまでくると一つや二つくらい言いたくなるわ」
「建材は全て向こうが準備してくれていて、見取り図も完成予想図も完備してあって、これ以上何が必要だと言うんですか?」
…いや、そこには不満はないんだがな。私はそれ以前のことに不満があるんだよ。
さとりに指名されて付いて来たと思ったら、碌な説明もなしに地上で神社を建築させられていた。しかも、命じたさとりは木陰で休みながら私達を見守るだけ。せめて何か手伝え、とでも言ってやりたいところだが…、非力だしいてもいなくても大して変わりゃしないか…。
そう考えていると、さとりはハッとした表情を浮かべた。スッと立ち上がり、木陰から出て私の近くまで歩み寄ってくる。
「…あぁ、そういえば大した説明もなしでしたね。急ぎでしたので、つい」
「つい、じゃねぇよ。働かされてる身にもなれ」
「私も働いてるんですが…。まぁ、いいです。説明してあげますから、働きながら聞いててくださいな」
休ませるつもりは毛頭ないらしい。私は大丈夫だが、一緒に指名された三人の妖怪は少しへばってきている。せめて、こいつらは休憩させてやりたいんだが…。
チラリとさとりを伺うが、視て視ぬ振りされた。…あー、はいはい、そうですか、っと。代わりと言っちゃあ何だが、障子作りなど力仕事ではないものをするように伝えておく。そして、私はあいつ等の分まで建材を肩に担いだ。
「簡単に言えば、八雲紫に依頼されたんですよ。博麗神社の建設をしてほしい、と。…ま、相手は式神でしたがね」
「はぁ?紫がぁ?…どうして?」
「私達が都合のいい人材だからですよ。報酬が建材と食料という大安値で済みますからね。…まぁ、本来は萃香に頼むつもりだったのを断られたからのようですが」
そう言ってから、さとりはわざとらしくため息を吐いた。つまり私達は萃香の代わりか。あと、どうやら建材が貰えるようで、ただ働きというわけではないようだ。そりゃあよかった。
ほぼ更地になった旧都に建材はほとんど残されていない。ほとんど原形を留めていない地霊殿にあったなけなしの建材を使い、旧都に住む妖怪達半分くらいが横になれる程度の仮宿舎があるだけで終わってしまうほど。ちなみに部屋なんてものはなく、だだっ広い大広間があるだけだ。食事だってまともな量がないし、いつ枯渇してもおかしくない現状。当然、旧都の妖怪達の不満は破裂しかねない状況であり、一刻も早く復興を始めたいと思っていたのだ。
「…ま、他にはいわゆる慰謝料のようなものも兼ねていますね。幻香さんが八雲紫をズタボロにしましたので」
「私達は幻香の尻拭いかい」
「私の、でもありますね。八雲紫と旧都がああなったのは、実行した幻香さんが八割、許可した私が一割、原因の八雲紫が一割、といったところでしょうか」
「アンタのもかよ!」
思わず叫ぶが、さとりは既に耳を塞いでいやがった。…こんにゃろう。
それにしても、幻香が八割、さとりが一割、紫が一割、ねぇ…。旧都を丸ごと吹き飛ばすようなことを幻香にさせてしまう紫。幻香と紫の間に何があったんだか。
「…結論から言えば、八雲紫は幻香さんの所有権を奪おうとしたんですよ。いわゆる奴隷ですね」
「はぁ?」
「どの程度縛るつもりだったかまではあまり知りませんが、幻香さんは便利な道具として有能だそうですから」
「…道具、ねぇ」
そう言われ、何とも言えない気分になる。確かに、幻香は一度旧都の半分を一瞬で復興させた実績がある。そう考えると、さとりの言い分は理解出来てしまう。…道具、という言い方はあまり好かないが。
「詳しく話しましょうか?」
「…いや、いい」
私はさとりの言葉を断り、首を振る。詳しく知ったところで意味のない話だ。それに、いい気分になれるような話ではないことくらい、誰にでも分かる。なら、聞かんでいい。
「それと、これは貴女達のためでもあるんですからね?」
「私達のためだぁ?…何処がだよ?」
「あそこにいる三人は、地上に興味を抱いていましてね。だから彼らを指名しました」
…あぁ、だから建築仕事のあまり携わっていない妖怪も選ばれたのか。…しかしなぁ。
「…初の地上が仕事で一杯じゃあ寂しいと思わねぇか?」
「全然。どうせこれから地上と地底の不可侵条約は緩和されていきますので」
「おいちょっと待て。初耳だぞ」
「言ってませんでしたので、初耳でないと私が驚きます」
待て待て待て。そんなサラッと言っていいもんじゃないだろ。しかも、堅物なさとりの口からこんな言葉が出てきたのか。二重三重に驚愕だわ。
その事実に思わず作業の手が止まってしまう。だが、さとりの目が途端に細くなったことで、私の動きが止まっていることに気付き、慌てて作業を再開する。
「まぁ、あちらも思うことがあったのでしょうね。…とにかく、この一件は不可侵条約の緩和の足掛かりですから。貴女にはもしもの時に取り押さえの役目もあるんですから、キチンと見張っていてくださいね」
「はぁ…。何かドッと疲れた…。分かったよ、見張りゃあいいんだろ」
「えぇ、そうしてください。私も貴女達の見張りを続けますので」
そう言うと、さとりは私の元から離れ、木陰に腰を下ろした。…最初に働いている、と言っていたのはそれか。あと、指名された妖怪達はどちらかと言えば非力な部類な者ばかり。こう言うところも見て選ばれたんだろうな…。心をさとりが、体を私が押さえつける、ってわけか。
それにしても、地上と地底の不可侵条約の緩和、か…。何百年も続いていた条約が終わりを迎えようとしている。そう思うと、何だか嬉しいような、寂しいような、不思議な感情が胸の中を渦巻く。
いつか、地上に上がっていった萃香と自由に酒が呑める日が来るのだろうか?萃香の友人である妹紅と再び手合わせする日が来るのだろうか?そう思うと、寂しさよりも嬉しさが膨れ上がっていく。
「…あぁ、そういえば」
そんなことを考えていた矢先、さとりの言葉が割って入ってきた。…何だよ。せっかくいい気分に浸ってたっていうのに。
「言い忘れていましたが、この仕事の期日は十二月三十日の正午です。急いでくださいね」
「…なん…だと…?」
十二月三十日の正午だぁ…?今日の日付は十二月二十九日。…おいおいおい、待てよ。待ってくれ。
空を見上げれば、既に濃紺色に染まっている。夜だ。明かりとして焚き火があるとはいえ、かなり暗い。しかも、当然のことながら寒い。
「なんでも年越しの際に人々がここを訪れるそうで、遅れることは許されないそうですよ。ですから、頑張ってくださいね」
「お前らあーっ!チンタラやってんじゃねぇーっ!一秒たりとも休めると思うんじゃねぇぞぉーっ!?」
即座に三人の妖怪に向けて叫ぶと、ビクリと体を振るわせた後で気の弱い返事がくる。…滅茶苦茶頼りねぇ。せめて後二人くらい多くてもよかったんじゃあないか、さとりよぉ!
その後、私達は不眠不休で馬車馬のように働き続け、どうにか正午一歩手前で終わらせることが出来た。
何が不可侵条約緩和の足掛かりだ!もう少しいいもんがあっただろ!?