東方幻影人   作:藍薔薇

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霊夢視点。
左腕治療退院祝いの宴会の小話。


退院祝いの宴会

「全員酒はあるな?それじゃあ、霊夢の退院を祝って、乾杯!」

 

魔理沙の音頭に合わせて各々が乾杯をし、それぞれ酒を呑み始める。私も一緒に呑もうと口を付けた瞬間、鋭い視線が頬に突き刺さった。視線の元へ目を向けると、私の左腕を治してくれた永琳がヒヤリと冷えた目で睨み付けていた。…はいはい、分かってるわよ。呑み過ぎるな、でしょ?

永琳がこの宴会に来ている理由の大半が、私の監視だと言うのだから笑えない。…まぁ、酒の呑み過ぎが原因で左腕が不調になりました、では私も困る。事実、まだ日常生活で休みながら扱える程度。完治はまだ先の話なのだから。

左手を軽く開いたり閉じたりするのを見ていると、大きな日傘が近付いてきた。そのすぐ後ろに付いて来ていた咲夜に会釈をされ、私は日傘の主であるレミリアを見下ろす。その視線が私の左手に向かっているのが嫌でも分かる。

 

「それにしても、霊夢は人間でしょう?その左腕、本当に動くのかしら?」

「動いてるでしょう。人を妖怪みたいに言わないで頂戴」

「こう、スパッと斬られたのをこの目で見てしまったもの。私も少々驚いてるわ」

「これぞまさしく奇跡ですよ!…ささ、これを機に守屋神社を信仰しませんか?」

「しないわよ。もう一度ぶっ飛ばされたいかしら?」

 

突然左側から割り込んできた早苗を蹴飛ばし、それから持っていた酒を呑み干す。度が低めのものを選ばせてもらってはいるものの、だからといって呑み過ぎても問題ないわけではないのだが…。

痛たた…、と尻もちをついた早苗を見て、少しやり過ぎてしまった、と感じる。あれ以来、左側からの接近に過敏になってしまっている。今までなら無視を決め込むか、それとも少し押し退ける程度だっただろうに。

レミリアが咲夜に無茶ぶりを言い始めたところでこの場を離れ、距離を取ってから一息吐く。左腕をジロジロ見られるのは、正直言ってあまり愉快ではない。

 

「…お嬢様、それは流石に無理がございます」

「何よ、まさか出来ないって言うつもりかしら?」

「…姫様もああいう命令をしなければ楽なんですけどねー」

「幽々子様も調理中に食べたいものを言ってくるんですよ。…作りますけど」

「ぷはっ!…はっ、もうお終いかい?」

「はっ、そっちこそさっさとくたばるなんて興醒めだからね?」

「あやや、神の呑み比べですか!これはこれはいいネタになりそうです!」

 

一人になったところで、改めて私の退院祝いである宴会に来ている人達を見ていると、出会った時は敵同士だった者ばかりだった、と思う。けれど、今となってはこうして私の退院を祝い、そして酒を呑み合う仲。

ふと、砕け散った理想を思い返し、思わず苦笑する。

 

「――で、結局見つかったのかしら?」

「全ッ然見つからないわぁ!あぁんもーぅ、こぉれだけ探して見ぃつからないとなるとぉ、もぅ私の手の届かなぁい存在になっちゃったぁー、って実感しちゃうわぁん…」

「紫様、ヤケ酒は止めてください」

「藍。私がどぉーれだけあの子を欲していたか知ってるでしょーぅ!?…はぁ…、あの子にとって幻想郷は狭過ぎたのかしらぁ…」

 

ふと、興味を引く会話を耳が拾った。紫と幽々子の幻禍に関する会話。左腕の斬り離された場所がチリ、と疼いた。

自然と足がそちらへ向き、私はその輪の中に入る。酒瓶を一気呑みして酔っぱらい頬が赤くなっている紫が私に気付き、抱き着こうとした寸前で止まる。そして、代わりに両手で私の右手を絡み付くように握り締めた。

 

「あぁーら霊夢ぅー!ちゃぁんと治ったのねぇん?…まぁー、ここより早くとはぁ、いぃかなかったみたいだけどぉー?」

「うっさいわね、紫。これでも驚異的早さだ、って言われてんのよ」

「知ってるわよぉ、そぉのくらぁい!」

 

鬱陶しく絡み付いてくる両手を振り解き、ついでに擦り寄ってきていた紫の額に人差し指を弾く。ピン、とかなりいい音が鳴った。

 

「ぁうっ!」

「えぇい、酒臭い!」

「酷いわ霊夢…。私ってばこぉんなに傷心なのに…およよ」

「あらあら、傷付いた乙女の心は繊細なのよ。霊夢、もう少し労ってあげたらどうかしら?」

「これの何処が乙女なのよ」

 

芝居がかった仕草でさめざめと泣いている振りまでしている紫に付いていけない。幽々子はよくもまぁこんなかなり悪い酔い方をしている紫に付いていけるものだ。

しかし、いくら一升瓶丸ごと一気呑みしていたとはいえ、こんな酔い方をしている紫はハッキリ言って非常に稀有だ。何かあったに違いない。…まぁ、どうせ幻禍のことでしょうけど…。

けれど、付き合い切れないというだけで聞く耳を持てなくなるほど、私の興味は安くなかったらしい。紫が幻禍を欲していたことは知っているが、あんな化け物をどうやって手懐けるつもりだったのかが気になったのだ。

 

「ところで、紫。アンタ、あの幻禍をどうやって得ようとしてたの?」

「あら直球」

「知りたいのぉ?気になるのぉ?私の大失敗をぉ?けど教えちゃぁう!」

「…紫様、少々落ち着いてください…」

「こぉれが落ち着いてられるわぁけなぁいでしょぉーう?」

 

そう言いながらスキマから引っ張り出した洋酒を開けてカッパカッパを呑み始める。ROMANÉE-CONTIと書かれている葡萄酒のようだが、私は英字が苦手だ。何と読むかよく分からない。

そんなことを頭の端っこで考えながら、幽々子が勝手に注いでくれていた酒を一口含む。…う、強い…。その瞬間、首のあたりにチクリとした感覚がし、誰かが私を睨んでいることが嫌でも伝わってくる。それが誰かなんて、わざわざ考えるまでもない。

…まぁ、紫には悪いけれど、少しくらい酔っぱらってくれていたほうが口が軽くなってくれそうだ。鬱陶しいけど。

 

「あの子に必要なのはぁ、…常識よぉ。じょ、う、し、き!」

「常識?…そのくらい、いくらアイツでも持ってたでしょ」

「分かってないわねぇ霊夢ぅ。あの子はぁ精神がぁ全てをぉ決めるぅ身体をぉ持ってる…。そうであることがそうであってぇ、そうでないことはそうでないのよぉ?事実『食べなければ飢える』という常識さえ、とある時期まで持ちえなかったがゆえに、何一つ口にせずとも生きていたのよ?」

「それはもったいないわねぇ。こんなに美味しいものがたくさんあるのに」

 

は?絶食してなお生きていた?…それは生物としてあっていいことなのだろうか?少なくとも、私は一日だってしたくない。というより、そもそもそれは誰もが持つべき要求の一つのはずで…。

そんな小難しいことを考えていたのだが、紫は私なんか気にせず言葉を続けていく。酔っぱらってもなお、やはり幻禍のことに関しては相当饒舌なようだ。

 

「ものの複製だって『出来るから出来た』のよぉ?それだって『どのようにものが存在しているか』を知らなかったがゆえに、この世界の法則から大きく外れてた」

「ふぅん。だからあの包丁モドキに驚いてたのねぇ」

 

…何だろう。若干話が外れている気がしてならない。しかし、私が間に入る隙は一切なく、紫は言葉を連ねていく。

 

「複製が創造に昇華出来ることはあの子本人が証明してたもの。だから、私は常識で枷をはめたのよぉ。月の技術というこの世界の最高峰の知識で上限を定めて、私の手に収まるように。…まぁ、もののついでに向こうの知識も欲しかったしぃ?」

「あら、いつの間に侵入してたのね。気付かなかったわぁ」

 

上限、ね…。どうやら、紫は私の知らない場所で色々としていたらしい。ただ、正直に言えばもう少し簡潔に語ってほしい。

そんな私の思いは露知らず、紫はガックシといった音でも立てそうな感じに首を落としながら続ける。

 

「…けど、気付いたら既に自ら常識を破ってた。…力尽くで捕まえようとしても、もう遅かったのよ」

「だったら早めに捕まえておけばよかったわねぇ」

「…私だって最初から上手くいくとは思ってなかったわよぉ。…飼う意味のない愛玩動物は、いらないもの…」

 

そう言い残すと、紫は緩やかに横に倒れていく。慌てて藍が支えていたが、既に安らかな寝息を立てて眠っていた。

…きっと、語っていない部分はまだまだあったのだろう。けれど、今は聞くことは出来なさそうね。

残っていた酒を一気に呑み干し、一息吐く。すると、幽々子は私にまた酒を注ぎながら、なんとも言えない表情を浮かべながら言った。

 

「…紫は万能だわ。けれど、幻禍はきっと全能だったのよ。足りないところ、全部埋められる。紫が欲しがるわけねぇ」

「…味方にいてくれれば、これ以上ないほど頼もしかった、って言いたいわけね」

 

一度だけ、一緒に異変を解決したことがある。あの頃の幻香なら、もしかしたら――、

 

「…ないわね」

 

幻香は酒を呑まない。

私とアイツが同じ酒を呑み合うことは、最初から有り得なかったのだ。

 


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